小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

パナマ文書問題を論じて「新々三本の矢」を提案す(その2)

2016年04月15日 14時02分31秒 | 経済

        




 前回、陰謀論合戦がこの稿の目的ではないと述べました。今回は初めに、陰謀論合戦にはあまり意味がないと私が感じているその理由について簡単に述べます。推理小説ファンやスパイ小説ファンの方には申し訳ありませんが。
 まず私には、どういう力がどのように作用してこうした結果を生んだのかということについて、たしかなことを言えるインテリジェンスの持ち合わせがありません。
 それに、そもそも陰謀論は、一つの明確な目的意識を持った有力な人物や組織や勢力がその目的を達するためにあることを目論んで、そのとおりの結果を生み出したという前提に立っていますが、この前提自体が疑わしい。
 世界の動きは、恐ろしく多元的な作用の交錯によって一つの結果を生むので、本当は、私たちの一元的な因果的思考(の組み合わせ)を超えているところがあります。陰謀を仕組んでもその実現のプロセスで思わぬ作用が入り込んできて反対の結果になってしまったとか、思わぬ方向に展開してしまったいうような例は、歴史上いくらもあるでしょう。
 ところで今回の騒ぎで危惧されるのは、アメリカ(や日本)以外の著名な政治家の名前がこれだけ出ることによって、世界の関心が、この驚くべきスキャンダルに対する関係者の直接的な対処や、分析家の謎解きや、各国の感情的一時的な反政府デモなどに集中してしまうことです。なぜなら、そういうことに関心が終始することによって、本当の問題への目がそらされてしまいかねないからです。
 本当の問題とは何か。
 言うまでもなく、世界のグローバル資本が想像も絶するほどの巨額の資金をタックスヘイヴンにプールして税金逃れをやっているというわかりやすい事実です。これは明らかに、国家の財布を貧しくして、そのツケを増税や福祉削減などのかたちで、富裕層でない一般国民に押し付けていることを意味します。グローバル資本は自国の国益のことなどまったく考えていませんから、この歯止めの利かない流れが続く限り、近代国家の防壁と秩序は崩され、貧富の格差はますます開き、大多数の国民は貧困化していくでしょう。
 今回のパナマ文書には、日本の一部上場企業時価総額上位五十社のうち、四十五社までが記載されているという情報もあります。電通、ユニクロ、ソフトバンク、楽天、バンダイ、三菱商事、三井物産、三井住友FG、みずほFG……。これ自体は、どうやらガセネタの可能性が高いようですが、ICIJは五月に日本の企業名も発表すると言っているそうなので、いずれ真偽のほどは明らかとなるでしょう。しかしいずれにしても、火のない所に煙は立たぬ、タックスヘイヴンは、何もパナマやヴァージン諸島だけではなく、世界中にいくらでもありますから、日本のグローバル企業がこれを大いに利用していないはずはありません。
 井上伸氏の次のブログに書かれていることは、かなり信頼がおけます。ここには、タックスヘイヴンとして有名なケイマン諸島における日本企業の投資総額についてのグラフ、および、これに正しく課税すれば消費税が不必要になる事実についての記述があります。ケイマン諸島への投資額については、日本銀行の「直接投資・証券投資等残高地域別統計」という公式サイトに掲載されている数字にもとづいています。
http://editor.fem.jp/blog/?p=1969(井上伸ブログ)
【グラフ】


(ポインターを当ててクリックすると拡大できます。)

【記述】
 このケイマン諸島で税金逃れした60兆9280億円に、現時点の法人税率23.9%を課すとすると、14兆5617億円の税収が生まれることになります(中略)。増税前の消費税率5%のときは、消費税の税収は10兆円程度でした。消費税率8%になって直近の2016年度予算で消費税の税収は17兆1850億円です。これに対して、大企業のケイマン諸島のみで14兆5617億円の税収が生まれるので、これに加えて、ケイマン諸島での富裕層の税逃れと、ケイマン諸島以外での大企業と富裕層のタックスヘイブンでの税逃れ(中略)を加えれば、現在の消費税率8%の税収をも上回ると考えられるのではないでしょうか?
 そうだとすると、庶民には到底活用など不可能なタックスヘイブンにおける大企業・富裕層の税逃れをなくすだけで、消費税そのものを廃止することができるのです。これが当たり前の「公正な社会」ではないでしょうか?


日本銀行【直接投資・証券投資等残高地域別統計】
https://www.boj.or.jp/statistics/br/bop/index.htm/

 おまけに、経団連など財界は、政府に、自分たちがろくに払ってもいない法人税の減税を要求しています。これは減税すれば日本で生産してやるという条件提示と、外資を呼び込みやすくする規制緩和との二つの意味がありますが、前者は当てにならない単なる脅しであり、デフレ脱却ができていない現在では、実際には浮いた部分、内部留保を増やすだけでしょう。また後者は、TPPと同じように、日本の農業、医療、保険など、国民生活にとってなくてはならない分野の安全保障を根底から脅かすことになります。
 こうしてタックスヘイヴン問題は、じつはナショナリズム(国民主義)に対するグローバリズムの経済的な侵略以外の何ものでもないのです。
 タックスヘイヴンは一応合法的ですから、個々の企業を道徳的に非難してもあまり意味はありません。要は法制度の問題です。財務省が一般国民を苦しめる消費増税に固執することをやめ、政策の矛先をタックスヘイヴンに対する厳しい規制に向けかえればよいのです。先述のように、二〇一四年七月から米政府のFATCAが実施に移されているので、日本もこれに積極的に協力して、グローバル企業からの徴税の道筋をぜひともつけるべきです。
 これによって、国民の消費性向は強まり内需が高まりますから、企業もデフレマインドから目覚めて国内向けの投資を増やすようになるでしょう。そうすればGDPの成長率は期待どおり伸び、税収も余裕で確保できます。
 もちろん、企業の国内投資を牽引するために、政府が新幹線網、高速道路網などのインフラ整備を中心とした大幅な財政出動をすべきであることは論を俟ちません。これは三橋貴明氏や藤井聡氏らが繰り返し説いているように、首都一極集中を避け、防災体制を固め、生産性を向上させ、疲弊した地方を甦らせることにも貢献します。
 アベノミクス三本の矢のうち、第一の矢である「大胆な金融政策」は、黒田バズーカとマイナス金利政策によって、もう十分すぎるくらい行われました。いま貸し出されない資金がすでにジャブジャブあり、長期国債の金利までがマイナスとなりました。政府はまさに財政出動に打って出るチャンスを手にしているのです。
 ちなみに、「新三本の矢」なるものは、安倍政権の経済政策の失敗を糊塗するためのものです。目的を掲げただけで、それを達成するための具体的な手段をなんら提示できていません。的と矢をはき違えているのですね。
 そこで、ここに真にデフレ脱却を果たすための「アベノミクス新々三本の矢」を提案します。

①消費増税の廃止、または5%への減税、最低でも凍結
②20兆円規模の建設国債の発行によるインフラの整備
③タックスヘイヴンへの投資の規制による適正な税の徴収