S Yさん、S Aさん、
このたびは、本当にありがとうございました。
今回お逢いして、あなたたちは、明るく、勁い(つよい)人たちだなー、との率直な感想でした。
それは、お二人とも3.11以来、震災後の厳しい試練を経てきた結果だろう、と思いいたりました。
それは、太宰治ではないですが、「噴火した火山の後の静けさ」、といったものかもしれません
(法学部文芸学科の出身なもので)。また、失礼ながら、どうしても父親の視点になってしまいますが、あなたたちの立居振舞は礼儀正しく、粗飯にも素直に喜んでいただき、ほほえましく大変うれしい思いでした。
このたび、あなたたちとの話の中で、ナショナリズムの話になりましたが、以前、私が「BSフジ動画」を見たときの話ですが、時事問題の対談番組で、覇権国家中国が、尖閣列島を手始めに国境を侵犯し(現実的にいつでもある話ですよ。)戦時体制になったらとの話で、出演していた大学生(一回生)(あとで「YM」さんというK大学の学生さんでもあることを知りました。)の女の人だったと思いますが、「私は、前線には出られないので、後方から支援する」と言ったのに対し、某名門官立大学出身の若手社会学者が「ぼくは逃げる」、「成熟した近代国家では、そのような自由が許される筈だ」と発言し、視聴者の失笑(嘲笑) を買ったそうです。
彼は、「知識人」(そのような場所に出れば当然です。)として、現在国家間の戦争が現にありうること、もし、国家間の紛争があれば、まず、弱者、老人・婦女子が犠牲を払う(シモーヌ・ヴェイユが言っています。)ことなど、考えたこともないのでしょう。全く、知的に退廃しているというべきです。
お話したように、まず、「健全な」ナショナリズムの立場で考察すれば、中野剛志ではないですが、身勝手な「東京」のために、野菜や肉や様々な食料品、労働力を供給し、使用電力の3分の1といわれた電力を供給していた(もちろん福島です。)東北地域が、未曾有の災害に襲われれば、政府の義務を抜きにしても、首都圏行政委員会、住民は、当然、心から支援し、復旧に全力をささげるべきだった、ということなのです。これは、国内の他の地方・地区にも波及していく、政府は別にして、日本全体の問題なのです。心ある日本人は、「脱・原発」とかいう、極端な利己主義、愚劣な論理破たん・責任逃れに加担したり、国民国家全体に飛び火する重大なエネルギー問題を矮小化すべきではないのです。私の敬愛する知識人たちは、東北大震災の際に、村上龍を含め、「(外国や西日本などに)逃げなくて良かった」(逃げないことで同国民としての責任と尊厳が保たれた)といっていました。
その官立大学出の若手社会学者(例のF.Nです。最近はバラエティ番組にも出てるんですね。)
が、はるかに若い世代に、完膚なきまで敗北しているということに意識的でないならば、彼の学者としての命運は尽きている、というしかないような気がします。社会学者としては、個人としては、現在の日本の政治的な状況、国際的な状況と現状分析、その中で自分がどう働けばいいのか、〈世界〉に対し説明できるまじめな視野と考察が出来ていなければ、人間として恥ずかしいことです。
彼が仕事でかかずらっており、あなたが在学する大学創立者の、「一身独立し、一国独立す」という福澤諭吉先生の遺訓にも背いてもいます。
このたび、お二人にお会いして、私は18歳の時に、20歳の時に何をしていたかと、恥ずかしいような思いでした。
あなたたちが、中学生に話された、① 何気ない日常生活の幸せを意識して欲しい、② 感謝の言葉を亡くなった家族に伝えられない悔い、③ そのまま変わらず続くと思っている日常に何が起こっていくかは全くわからない、私たちの体験をきっかけに(家族で)よく話し合ってみて欲しい、という話は、体験談としてよく理解できる、感動的な話でした。
自然災害のみならず、現代の、アメリカ発グローバリズムは、世界中に紛争ばかり引き起こしています。その中で、前述した彼女のように、視野を高く持ち、まず自国の平和を希求し、自国・世界を見据える、大人の視点を持つことは本当に尊いことです。あなたたちのひととなりにも、同様なものを感じました。しっかりとした意見と態度を持つ若い人に会うのは楽しくうれしいものです。
今後、日本全体が、国民国家日本の国民が、どのような困難に遭遇しようが、直接立ち向かうのは、あなたたちの世代になって行きます。政府に過ちを犯させないように、無責任なつまらない知識人や浅薄な意見に振り回されないように、お互いに勉強していく必要があります。
ところで、PHP出版という会社がありますよね、その意味をご存知ですか?
昔、生意気盛りだった高校生の頃、私は、資本家が何言ってやがる、と思っていました。
しかしながら今この言葉を思い返せば、このPHPとは、「Peace and Happiness through Prosperity 繁栄を通じ、平和と幸福を」、という松下幸之助さんの言葉に由来します。利益追求が全てでないという理念の実現のために、彼は出版社を設立したのです。
現在の、「持つもの」と「持たざるもの」の果てしない断絶という今の世界状況をみれば、これは、正しい理念ですよね。明治の人は偉いと思います。また、PHP新書には個人的に、いろいろお世話になっています。
「教育の目的は、(知育とか徳育とかではなく)、自立心を培うことと、視野を広め他者世界に対する想像力を養うことであり、一方が他方を互いに支えあうことある」、と私の好きな批評家(小浜逸郎)が、福澤諭吉論(「日本の七大思想家」)の中で言っていました。(私も、自己教育についてそうありたい、ものです)。視野を高く持ち、自分や〈他者世界〉に前向きの人間には、他者を誹謗したり、中傷したりする暇はないのです(議論は別でよ。)。
ナショナリズムは「感情」から始まる、とも言います。あなたたちの体験に涙し、共感する経験は、西日本の私たちにとっても決して軽いものではありません。
また、あなたたちが言っていた、近くの川で遡上する鮭を、それぞれが捕まえ、みんなで調理して食べる、という体験は、私たちにとって夢のような話です。豊かな自然に囲まれたそれぞれ地区地区での住民のエートスというか、改めて、「日本」に対する愛着がわきます(私、「新日本風土記」ファンです。)。
今回は短い時間でしたが、私はあなたたちと色々な、意見の投げかけ、対話をしました。
今後も対話が成り立つように希望しています。
今までで、承服できない点、疑問点、いつでも返してください。
「右であれ、左であれ、わが祖国」、といいますが「東であれ、西であれ、わがふるさと日本」なのですから。
天 道 公 平
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斜体部分は、後日付け加えました。
このたびは、本当にありがとうございました。
今回お逢いして、あなたたちは、明るく、勁い(つよい)人たちだなー、との率直な感想でした。
それは、お二人とも3.11以来、震災後の厳しい試練を経てきた結果だろう、と思いいたりました。
それは、太宰治ではないですが、「噴火した火山の後の静けさ」、といったものかもしれません
(法学部文芸学科の出身なもので)。また、失礼ながら、どうしても父親の視点になってしまいますが、あなたたちの立居振舞は礼儀正しく、粗飯にも素直に喜んでいただき、ほほえましく大変うれしい思いでした。
このたび、あなたたちとの話の中で、ナショナリズムの話になりましたが、以前、私が「BSフジ動画」を見たときの話ですが、時事問題の対談番組で、覇権国家中国が、尖閣列島を手始めに国境を侵犯し(現実的にいつでもある話ですよ。)戦時体制になったらとの話で、出演していた大学生(一回生)(あとで「YM」さんというK大学の学生さんでもあることを知りました。)の女の人だったと思いますが、「私は、前線には出られないので、後方から支援する」と言ったのに対し、某名門官立大学出身の若手社会学者が「ぼくは逃げる」、「成熟した近代国家では、そのような自由が許される筈だ」と発言し、視聴者の失笑(嘲笑) を買ったそうです。
彼は、「知識人」(そのような場所に出れば当然です。)として、現在国家間の戦争が現にありうること、もし、国家間の紛争があれば、まず、弱者、老人・婦女子が犠牲を払う(シモーヌ・ヴェイユが言っています。)ことなど、考えたこともないのでしょう。全く、知的に退廃しているというべきです。
お話したように、まず、「健全な」ナショナリズムの立場で考察すれば、中野剛志ではないですが、身勝手な「東京」のために、野菜や肉や様々な食料品、労働力を供給し、使用電力の3分の1といわれた電力を供給していた(もちろん福島です。)東北地域が、未曾有の災害に襲われれば、政府の義務を抜きにしても、首都圏行政委員会、住民は、当然、心から支援し、復旧に全力をささげるべきだった、ということなのです。これは、国内の他の地方・地区にも波及していく、政府は別にして、日本全体の問題なのです。心ある日本人は、「脱・原発」とかいう、極端な利己主義、愚劣な論理破たん・責任逃れに加担したり、国民国家全体に飛び火する重大なエネルギー問題を矮小化すべきではないのです。私の敬愛する知識人たちは、東北大震災の際に、村上龍を含め、「(外国や西日本などに)逃げなくて良かった」(逃げないことで同国民としての責任と尊厳が保たれた)といっていました。
その官立大学出の若手社会学者(例のF.Nです。最近はバラエティ番組にも出てるんですね。)
が、はるかに若い世代に、完膚なきまで敗北しているということに意識的でないならば、彼の学者としての命運は尽きている、というしかないような気がします。社会学者としては、個人としては、現在の日本の政治的な状況、国際的な状況と現状分析、その中で自分がどう働けばいいのか、〈世界〉に対し説明できるまじめな視野と考察が出来ていなければ、人間として恥ずかしいことです。
彼が仕事でかかずらっており、あなたが在学する大学創立者の、「一身独立し、一国独立す」という福澤諭吉先生の遺訓にも背いてもいます。
このたび、お二人にお会いして、私は18歳の時に、20歳の時に何をしていたかと、恥ずかしいような思いでした。
あなたたちが、中学生に話された、① 何気ない日常生活の幸せを意識して欲しい、② 感謝の言葉を亡くなった家族に伝えられない悔い、③ そのまま変わらず続くと思っている日常に何が起こっていくかは全くわからない、私たちの体験をきっかけに(家族で)よく話し合ってみて欲しい、という話は、体験談としてよく理解できる、感動的な話でした。
自然災害のみならず、現代の、アメリカ発グローバリズムは、世界中に紛争ばかり引き起こしています。その中で、前述した彼女のように、視野を高く持ち、まず自国の平和を希求し、自国・世界を見据える、大人の視点を持つことは本当に尊いことです。あなたたちのひととなりにも、同様なものを感じました。しっかりとした意見と態度を持つ若い人に会うのは楽しくうれしいものです。
今後、日本全体が、国民国家日本の国民が、どのような困難に遭遇しようが、直接立ち向かうのは、あなたたちの世代になって行きます。政府に過ちを犯させないように、無責任なつまらない知識人や浅薄な意見に振り回されないように、お互いに勉強していく必要があります。
ところで、PHP出版という会社がありますよね、その意味をご存知ですか?
昔、生意気盛りだった高校生の頃、私は、資本家が何言ってやがる、と思っていました。
しかしながら今この言葉を思い返せば、このPHPとは、「Peace and Happiness through Prosperity 繁栄を通じ、平和と幸福を」、という松下幸之助さんの言葉に由来します。利益追求が全てでないという理念の実現のために、彼は出版社を設立したのです。
現在の、「持つもの」と「持たざるもの」の果てしない断絶という今の世界状況をみれば、これは、正しい理念ですよね。明治の人は偉いと思います。また、PHP新書には個人的に、いろいろお世話になっています。
「教育の目的は、(知育とか徳育とかではなく)、自立心を培うことと、視野を広め他者世界に対する想像力を養うことであり、一方が他方を互いに支えあうことある」、と私の好きな批評家(小浜逸郎)が、福澤諭吉論(「日本の七大思想家」)の中で言っていました。(私も、自己教育についてそうありたい、ものです)。視野を高く持ち、自分や〈他者世界〉に前向きの人間には、他者を誹謗したり、中傷したりする暇はないのです(議論は別でよ。)。
ナショナリズムは「感情」から始まる、とも言います。あなたたちの体験に涙し、共感する経験は、西日本の私たちにとっても決して軽いものではありません。
また、あなたたちが言っていた、近くの川で遡上する鮭を、それぞれが捕まえ、みんなで調理して食べる、という体験は、私たちにとって夢のような話です。豊かな自然に囲まれたそれぞれ地区地区での住民のエートスというか、改めて、「日本」に対する愛着がわきます(私、「新日本風土記」ファンです。)。
今回は短い時間でしたが、私はあなたたちと色々な、意見の投げかけ、対話をしました。
今後も対話が成り立つように希望しています。
今までで、承服できない点、疑問点、いつでも返してください。
「右であれ、左であれ、わが祖国」、といいますが「東であれ、西であれ、わがふるさと日本」なのですから。
天 道 公 平
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斜体部分は、後日付け加えました。
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