「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子著)を読んだ。
どうやらAIというのは人間に代わって真理を発見するエンジンになるわけではないらしく、人間の仕事をいくらか肩代わりしてくれるだけのようだ。
子どもの読解力については、試験問題などの文章そのものをきちんと読めない子どもたち(大人もだが)の衝撃的なリポートでもある。
私が読書前に考えていたのは、さまざまな文章に含まれる事実や意見、感想、願望を選り分ける能力とか、社会派ドキュメンタリーにありがちな極端なあるいは特異な事例をもとに過度の一般化などを結論づけていないかみたいに批判的に読書をする技術なのではないのかと予想していた。
ところが、書かれていること文そのものが正確に読み取れない子どもたちという話なのである。
とはいえ子どもたちを馬鹿にしてる場合ではなく、自分も果たして正確に文章を読めるのか、本書を読み進めていくと自信がどんどんなくなってくる。
結局自分の読解力も大したことはなく、だから自分は一流大学に入れなかったのかと諦めはついた。これからも汗流して働くしかないね。
いまさらだけど(笑)
これを読んでひとつ思い出したことがある。
むかし外国人に日本語を教えていたことがあるのだが、学習者(生徒)によくこの質問をした。
「質問にハイかイイエで答えてください。あなたは日本人ですか?」
このように聞くとかなりの割合で「わたし日本人じゃない(です)」というように回答する人が多かった。
答えとしては間違いでも会話としては通じてしまう。しかしそれでは将来確実に困るから何とかしたかった。悪戦苦闘したがあまり上手くいった記憶がない。彼らはいまどうなっているのだろうか(無責任)
で本は面白かったけどタイトルはちょっと変だなあと思いました。
どうやらAIというのは人間に代わって真理を発見するエンジンになるわけではないらしく、人間の仕事をいくらか肩代わりしてくれるだけのようだ。
子どもの読解力については、試験問題などの文章そのものをきちんと読めない子どもたち(大人もだが)の衝撃的なリポートでもある。
私が読書前に考えていたのは、さまざまな文章に含まれる事実や意見、感想、願望を選り分ける能力とか、社会派ドキュメンタリーにありがちな極端なあるいは特異な事例をもとに過度の一般化などを結論づけていないかみたいに批判的に読書をする技術なのではないのかと予想していた。
ところが、書かれていること文そのものが正確に読み取れない子どもたちという話なのである。
とはいえ子どもたちを馬鹿にしてる場合ではなく、自分も果たして正確に文章を読めるのか、本書を読み進めていくと自信がどんどんなくなってくる。
結局自分の読解力も大したことはなく、だから自分は一流大学に入れなかったのかと諦めはついた。これからも汗流して働くしかないね。
いまさらだけど(笑)
これを読んでひとつ思い出したことがある。
むかし外国人に日本語を教えていたことがあるのだが、学習者(生徒)によくこの質問をした。
「質問にハイかイイエで答えてください。あなたは日本人ですか?」
このように聞くとかなりの割合で「わたし日本人じゃない(です)」というように回答する人が多かった。
答えとしては間違いでも会話としては通じてしまう。しかしそれでは将来確実に困るから何とかしたかった。悪戦苦闘したがあまり上手くいった記憶がない。彼らはいまどうなっているのだろうか(無責任)
で本は面白かったけどタイトルはちょっと変だなあと思いました。