「東都両ごく」
隅田川が武蔵国と下総国の境界だったことから名づけられた両国橋は、1659年に架けられた、隅田川下流域で最初の橋である。いつの頃からか橋詰の広小路は仮設の見世物小屋や茶店がひしめき合う江戸随一の盛り場として発展し、人々は橋下を流れる隅田川で舟遊びを楽しんだ。屋根舟から見上げる芸者は、奥に座る男性らの川遊びの接待役でしょう。着物の裾をたくし上げて船着き場に立つ女性も舟に乗り込むところの様です。両国橋上には大名行列をはじめとする多くの人々が往来していて、両国の賑わいぶりを伝えているが、川面も茶船、帆掛け船など、多種多様な船で埋め尽くされている、中央に見える一人の客を乗せた舟は猪牙舟といって、水上タクシーの様に利用された快速の小舟である。スピードが出るよう細身に造られていで、形が猪の牙に似ている所から付いた名称で隅田川ではもっぱら吉原通いに重宝されていた。
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