■日本語教育能力検定試験の失敗にもかかわらず今回は勉強したいという意欲が衰えない。むしろ、ようやく本格的に勉強する意欲が強まっている。受験勉強という性格上、気になる小さい疑問点を解明する手間をあえて避けてきたこともある。早速、図書館を回って関連書籍を借り回って、特に文法に焦点を合わせて読んでいる。
ようやく見えてきたのは、国文法と言われるものの不合理さだ。妙に気になる本を見つけた。「現代日本語文典」の著者、小泉保は82歳で今までの知識の蓄積を下に21世紀の文法の叩き台となるべく世に問う、と宣言しているとおり、これは相当に異端の学説みたいだ。というのも僕はまだ日本語文法の学説を評価できる能力はないが、いかにもこの内容は革命的に思える。著者は音韻論、音声学、言語学の碩学でフィンランド語ウラル語統語論等の専門家で神話など民俗学的研究も多い。
未然、連用、終止,連体、、、とは全く違う動詞の活用構造を提案している。目からうろこが至るところに散りばめられている、、といった印象だ。これをちびちび読みながら僕も並行して各種の文法書と比較して考えを整理していくつもりだ。
ところで、この本のタイトルだが、はロドリゲスの「日本大文典」を意識しているのでは?と思った。17世紀に言語学者である外国人宣教師によって書かれた最初の日本語学習書。
思うに、小泉氏は古文から日本語の成り立ちを示す国文法の限界を見極め、文法は本来外国語を習得する人のためのものであるという立場からの文法革命を企てたのではないだろうか。最新のチョムスキーの生成文法を取り込んでいるようで興味が尽きない。しばらくはこの方向に没頭しそうだ。