熊本の川柳人 大嶋 濤明 おおしま とうめい(1890~1970)
大嶋濤明は戦後、昭和25年に熊本の川柳噴煙吟社を創立しました。戦前の活動にも注目すべき点がありますが、ここでは省くことにします。「川柳は人間修養の道場であり、宗教である」という信念を持っていました。代表句として例にあげられることの多いのは次の句です。
太陽をまん中にしてみんな生き
鉄拳の指をほどけば何もなし
敗戦後の川柳復興期にあって、心の拠りどころを求めて川柳に集う人々に大きな共感をもって受け入れられました。
しかし、次に拾った句は誰もが知っている濤明句とは違った佇まいです。身の底からふっと湧き出たような味わいの深い句や、詩の一行のような句を詠んでいたことも忘れてはなりません。人が誰しも持っている複雑で曖昧な心の機微が句を味わいの深いものにしています。(Y)
紙の雪紙の重さで落ちてくる
大声で笑う男の憎まれず
山彦は自分の声を聞き戻し
人の世と硝子一重の金魚鉢
流行に負けて中折れ棚の隅
満開をねたむがごとく宵の雨
菊人形菊の心になって立ち
砂にいる間は金も砂のうち
ぬれるだけぬれてしおれる糸柳
片足をあげて鶏所在なし
終点へ電車もホッとしたかたち
『大嶋濤明の川柳と言葉』吉岡龍城編(新葉館出版 平成16年2月1日初版)から