ウインカーで会話 🚗
最近運転中の車の合図について思うことがあります。合図の時期、合図の省略、法に定めのない合図、等々です。
合図の問題は、今に始まったことではないのでしょうが、最近は著しく多くなった気がします。進路変更の3秒前とか交差点の右左折は30m手前とかは、法令の初歩の初歩ですよね。しかし、現状は著しく守られていません。円滑な交通を阻害するレベルくらいにはなっています。
でも、譲ってくれた後車にハザードランプを点滅させて謝意を表する行為は、法令に定めが無いのに、日常的に履行され一般化しています。これをやらないドライバーは礼儀知らずと思われかねない状況です。この、車という自分だけの個室空間はネット社会におけるSNSの匿名性の空間と心理的に似たところがあるような気がします。ネットでは、利用者同士の暗黙のルールに従わないと炎上したり、逆に緊密なグループの繋がりでは、返信・既読ひとつの扱いで関係が壊れかねません。車の運転を、個室や匿名のSNSと同列にとらえ、更に無意識であることから、運転中の合図も自己表現のツールと考え、周りの人や車との間に合図で会話していると認識されていないのではないでしょうか。うつむきながらスマホに集中し、生きた人間を見過ごすのと似ている気がしてなりません。
表情がない故怖し野の埴輪・・・しろ猫