今日は朝からモヤッとしています。って何の事だか分からないですね。
春でもないのに『黄砂』が懸かっているんです。晴れているのに視界も悪く目の前に膜が張っているようです。
気温は高めで20度はありそうです。
7日のお出かけの続きです。
陽目渓谷を後にして、次は白水の滝に行くのですが、その前に近くにある『円形分水』を見学しました。
『音無井路十二号分水』です。
この音無井路十二号分水は取水口である頭首工から円形分水に至る約2000mの暗渠(トンネル)に十二箇所の窓(廃土の搬出口)があることから十二号分水といわれている。
取水口から約2000mの暗渠(トンネル)を通ってきた水はここで初めて地表に出てくる。
この円形分水の中央が出口である。現在の円形分水までの通水は明治25年に完成したが、
ここから三線の幹線水路に分配する水の量で、お互いに反目し合い、連日のように水争いが繰り返され騒動を起していたため、昭和9年にこの円形分水が造られたものである。
この円形分水により適正な水の分配ができるようになり水争いも無くなった。
適正な水の分配とはそれぞれの水路の耕地面積に比例した水の量を配分することである。
水の出る四角な穴は全部で20個あり、1着線には5個、2着線には8個、3着線には7個の割り当てがされている。
先人の智恵の結晶である円形分水はC級近代土木遺産に指定されている。
円形の真ん中から懇々と湧き出す水が幅の違う窓から三つに区切られたそれぞれの水路に分かれていくさまは、実際にこの目で見ると納得と言うかその知恵に感心させられてしまいます。
『水で争いが起きる』昔は本当に大変だったのでしょうね。
春でもないのに『黄砂』が懸かっているんです。晴れているのに視界も悪く目の前に膜が張っているようです。
気温は高めで20度はありそうです。
7日のお出かけの続きです。
陽目渓谷を後にして、次は白水の滝に行くのですが、その前に近くにある『円形分水』を見学しました。
『音無井路十二号分水』です。
この音無井路十二号分水は取水口である頭首工から円形分水に至る約2000mの暗渠(トンネル)に十二箇所の窓(廃土の搬出口)があることから十二号分水といわれている。
取水口から約2000mの暗渠(トンネル)を通ってきた水はここで初めて地表に出てくる。
この円形分水の中央が出口である。現在の円形分水までの通水は明治25年に完成したが、
ここから三線の幹線水路に分配する水の量で、お互いに反目し合い、連日のように水争いが繰り返され騒動を起していたため、昭和9年にこの円形分水が造られたものである。
この円形分水により適正な水の分配ができるようになり水争いも無くなった。
適正な水の分配とはそれぞれの水路の耕地面積に比例した水の量を配分することである。
水の出る四角な穴は全部で20個あり、1着線には5個、2着線には8個、3着線には7個の割り当てがされている。
先人の智恵の結晶である円形分水はC級近代土木遺産に指定されている。
円形の真ん中から懇々と湧き出す水が幅の違う窓から三つに区切られたそれぞれの水路に分かれていくさまは、実際にこの目で見ると納得と言うかその知恵に感心させられてしまいます。
『水で争いが起きる』昔は本当に大変だったのでしょうね。
日本は豊かな国で安心な飲み水も当たり前の如く確保されていますが、(そう思い込んでいましたが)実際には多くの昔人の苦労から今があるのだと思い知らされます。
いくつになっても教えられますね。
中高地では何処も水利権争いが頻繁に起こっていたのでしょう。
このような分配方法を考え付いた人にも拍手です。
雲仙も高地なのでやはりこの方法で水の分配をしているのでしょうね。
実際農家の方達にとっては切実で観光化するようなものではないのかも。。
私らの見た円形分水も入り口にどなたかが「立ち入り禁止」の看板を立てておられましたよ。
いろんな歴史のあるものなんですね。
水の争い、どこにでもある話だったようですね。
こちらでも用水を作った人の話など、学校で子供たちが習っていました。
円形分水は雲仙にも有ります。
最近見ましたが水は有りませんでした。
別所ダム(おしどり池)の下にあるんですが
道路より低い所にあり、車を停めるような場所でも無いので
あまり知られていません。
残念です。