数日後、押川のアルバイト先近くの喫茶店で、真澄と向かい合った押川に、
「デートみたいですね、先輩。」と、真澄はニコニコしてコーヒーを注文した。
「バカ言え。俺はこれからバイトだ。」
「今日はお前に確かめたいことがあって来てもらったんだ。」
それを聞いた真澄は怪訝そうな顔で、「なんですか、確かめたいことって?」
「実はな。」と言って押川は一瞬口ごもった。
対象が坂平と気づかせずに聞き出すにはなんと言ったらいいのか、迷ったのである。
そんな押川を、真澄は特徴の大きな澄んだ眼でじっと見つめている。
「俺がサークル内での恋愛は禁止と言ってるだろう。それでも、もしお前が部員の誰かを好きになったらどうする。」
押川の言葉の意味を推し量るように、しばらく考えた後に、
「その人が私のことを好きでいてくれるなら、一緒に部を続けたいですけど、いまのところそんな人はいないです。」
「じゃあ、逆の場合はどうなんだ。もしそいつがお前に告白して、お前自身は何とも思っていなかったら、どうする」しつこいと思ったが押川は続けた。
「誰かそんな人がいるんですか。」と問いかけた真澄はハッと気づいたように、
「押川さん、誰かから話しがあったんでしょう。」、と逆に押川を問い詰めてきた。
「いや仮定の話さ。今後の参考にしたくてな。」、押川は強引にその話題を打ち切って、幾分気まずい雰囲気で真澄と別れた。
それからしばらくして、役員交代の時期が来た。
サークルを実質的に退く押川は、部室に来ることもそう多くないだろうと、
感慨深く部室を見回しながら、部のコンパに向かった。
2次会が終了すると、そこでほぼ解散となって、
押川が行きつけのスナックの扉を開けたとき、何故か真澄だけがついてきていた。
あまり酒に強くない真澄にしては珍しいことだった。
マスターの、
「おや珍しい。今日は女性同伴ですか。」という声に、押川が、
「女性ってほどのもんじゃないですよ。部の後輩です。」と言うと、
「いえ、私は立派な女性です。もう20才になった大人の女性です。」と真澄が怒ったような口調で返した。
「きれいなお嬢さんですね。」マスターが小さく押川に耳打ちするように言ったのに、
「なに内緒話しているんですか。」と真澄は突っかかるように押川を睨んだ。
「おまえって、絡み上戸だったか?」押川はいなすように真澄をはぐらかした。
しばらくして、おとなしくなった真澄を見ると、カウンターに突っ伏して眠そうにして、何か呟いている。
「なに言ってんだ、聞こえないぞ。」と押川が言うと、真澄はスッと頭を起こして、
「私、押川さんのこと大嫌いです。」と言って再びカウンターに顔を伏せた。
押川は、真澄から感情的な言葉を聞いたのは初めてだったので、驚きを隠せなかった。
苦笑しながら、マスターに、
「嫌われちゃったようです、俺。」と言うと、マスターは、
「そんな朴念仁なところが嫌いっていうことでしょう。」と返した。
すっかり酔った真澄を、押川はタクシーに押し込むと、アパートまで送り届けた。
その翌日から、来年卒業を控えた押川たち学年の部員は、
部室に行く機会もめっきり減って、真澄と会うこともほとんどなくなった。
あの夜、スナックで真澄が押川に言った言葉の真意も、
いや、それ自体が戯れだったのかどうかも確かめることなく押川は卒業した。
15年ぶりの真澄との再会から、飲み会の会場へ行く間に押川は、
あの時のことを真澄は覚えているだろうか、
覚えているとしたら、自分が問うたら、その真意を明日話してくれるだろうか、そんなことを思いながら歩いていた。
決してそんな問いを発することはないだろう、と自分では分かっているのに。
※この話及び登場人物はフィクションです。
「デートみたいですね、先輩。」と、真澄はニコニコしてコーヒーを注文した。
「バカ言え。俺はこれからバイトだ。」
「今日はお前に確かめたいことがあって来てもらったんだ。」
それを聞いた真澄は怪訝そうな顔で、「なんですか、確かめたいことって?」
「実はな。」と言って押川は一瞬口ごもった。
対象が坂平と気づかせずに聞き出すにはなんと言ったらいいのか、迷ったのである。
そんな押川を、真澄は特徴の大きな澄んだ眼でじっと見つめている。
「俺がサークル内での恋愛は禁止と言ってるだろう。それでも、もしお前が部員の誰かを好きになったらどうする。」
押川の言葉の意味を推し量るように、しばらく考えた後に、
「その人が私のことを好きでいてくれるなら、一緒に部を続けたいですけど、いまのところそんな人はいないです。」
「じゃあ、逆の場合はどうなんだ。もしそいつがお前に告白して、お前自身は何とも思っていなかったら、どうする」しつこいと思ったが押川は続けた。
「誰かそんな人がいるんですか。」と問いかけた真澄はハッと気づいたように、
「押川さん、誰かから話しがあったんでしょう。」、と逆に押川を問い詰めてきた。
「いや仮定の話さ。今後の参考にしたくてな。」、押川は強引にその話題を打ち切って、幾分気まずい雰囲気で真澄と別れた。
それからしばらくして、役員交代の時期が来た。
サークルを実質的に退く押川は、部室に来ることもそう多くないだろうと、
感慨深く部室を見回しながら、部のコンパに向かった。
2次会が終了すると、そこでほぼ解散となって、
押川が行きつけのスナックの扉を開けたとき、何故か真澄だけがついてきていた。
あまり酒に強くない真澄にしては珍しいことだった。
マスターの、
「おや珍しい。今日は女性同伴ですか。」という声に、押川が、
「女性ってほどのもんじゃないですよ。部の後輩です。」と言うと、
「いえ、私は立派な女性です。もう20才になった大人の女性です。」と真澄が怒ったような口調で返した。
「きれいなお嬢さんですね。」マスターが小さく押川に耳打ちするように言ったのに、
「なに内緒話しているんですか。」と真澄は突っかかるように押川を睨んだ。
「おまえって、絡み上戸だったか?」押川はいなすように真澄をはぐらかした。
しばらくして、おとなしくなった真澄を見ると、カウンターに突っ伏して眠そうにして、何か呟いている。
「なに言ってんだ、聞こえないぞ。」と押川が言うと、真澄はスッと頭を起こして、
「私、押川さんのこと大嫌いです。」と言って再びカウンターに顔を伏せた。
押川は、真澄から感情的な言葉を聞いたのは初めてだったので、驚きを隠せなかった。
苦笑しながら、マスターに、
「嫌われちゃったようです、俺。」と言うと、マスターは、
「そんな朴念仁なところが嫌いっていうことでしょう。」と返した。
すっかり酔った真澄を、押川はタクシーに押し込むと、アパートまで送り届けた。
その翌日から、来年卒業を控えた押川たち学年の部員は、
部室に行く機会もめっきり減って、真澄と会うこともほとんどなくなった。
あの夜、スナックで真澄が押川に言った言葉の真意も、
いや、それ自体が戯れだったのかどうかも確かめることなく押川は卒業した。
15年ぶりの真澄との再会から、飲み会の会場へ行く間に押川は、
あの時のことを真澄は覚えているだろうか、
覚えているとしたら、自分が問うたら、その真意を明日話してくれるだろうか、そんなことを思いながら歩いていた。
決してそんな問いを発することはないだろう、と自分では分かっているのに。
※この話及び登場人物はフィクションです。