ひねもすのたりにて

阿蘇に過ごす日々は良きかな。
旅の空の下にて過ごす日々もまた良きかな。

暦のしずく (沢木耕太郎)

2025年03月26日 | 最近読んだ本
実はこれは本ではないし、まだ読み上げてもいない。
だから最近読んだ本というジャンルの中で語ることはできないのだが、
それでも、これが一冊の本として世の中に出ることを願って・・・。

沢木耕太郎と言えば、「深夜特急」という本を一番先に思い浮かべることができる。
バックパッカーのバイブルとまで言われたこの本は、1970年に作者がインドのデリーからロンドンまでをバスで行くという、
今の時代でも二の足を踏むような体験を元に書かれている。

1970年という年は日本では大阪万博が開催された年で、70年安保で学生運動が再燃した年でもある。
この年私はまだ学生でありながら、所属サークルの関係でアフリカのタンザニアに1年間滞在することになった。
沢木耕太郎ほどの冒険心はなかったものの、結果的には私の10ヶ月に及ぶアフリカ滞在はハプニングの連続で、
図らずも当時では冒険とも呼べる体験をして、翌年の1971年2月に帰国したときは、
日本を出る前の自分が嘘のように逞しくなっていたように思う。
それ故にか、「深夜特急」が後年発刊されて読んだとき、私は既に若いという年齢ではなかったものの、
作者と同年にアフリカに渡った自分の体験を重ね合わせて、大いなる共感を持って読んだことを覚えている。
当時「深夜特急」の一節にいたく共感を覚えた文章があったことを思い出して、
それがどんな内容だったかを図書館で改めて調べてみたその一節は、

「さて、これからどうしよう……
そう思った瞬間、ふっと体が軽くなったような気がした。
今日一日、予定は一切なかった。
せねばならぬ仕事もなければ、人に会う約束もない。すべてが自由だった。
そのことは妙に手応えのない頼りなさを感じさせなくもなかったが、それ以上に、自分が縛られている何かから解き放たれていくという快感の方が強かった。
今日だけでなく、これから毎日、朝起きれば、さてこれからどうしよう、と考えて決めることができるのだ。
それだけでも旅に出てきた甲斐があるように思えた。」
そして後年、私はこの一節のような目的がないことを目的とした旅に何度も出かけることになる。

閑話休題

さて、「暦のしずく」は2022年から朝日新聞の土曜版におよそ2年にわたって連載されたもので、
その新聞を私の友人がそれこそ2年に渡って保存していてくれたのを先日、
「読んでみませんか」といって渡してくれた。
作者には珍しい時代物で、江戸時代の講釈師とそれを取り巻く人々との物語と言えばあまりに簡単すぎるが、
この講釈師が、その内容によって罪に問われ処刑されるというのが序章において語られ、
これは推理小説では倒叙ミステリーといわれるジャンルによく似ており、
最初に結果が示され、あとはそこに至るまでの経過を物語っていく手法である。

私は最近時代物を読むことが多く、このブログでもいくつか書いているが、
それらに勝るとも劣らぬくらい「暦のしずく」は面白い。
まだ読み上げてはいないものの、2年間の新聞の束を次々に捲ることになる。
私はこの連載を欠かさず保存しておいてくれた友人に深く感謝したい。
そしていつかこの物語が本になって多くの人の目に触れることを願うものである。 
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京極夏彦の本 Ⅱシリーズ

2024年10月09日 | 最近読んだ本
もう30年前になるか、「姑獲鳥の夏」でデビューした京極夏彦の本に驚愕したのは。
それまでのミステリーとは全く異なる設定は非常に新鮮だった。
この作品で一躍ミステリー界の寵児となった作家だが、一つだけ欠点があった。
本が分厚いのである。
分厚いということは、作品が長いということであり、読むのに時間がかかるということでもある。
時には読み疲れの状態にもなる。
ということもあって、ここ20年程は彼の作品からは遠離っていた。

しかし、因果なことに又京極夏彦に出会ったのである。
その出会いの本は、「書楼弔堂 そのⅠ 破暁」
何故因果な出会いなのか、やはり本がやたらと分厚いのである。
最近寝転がって本を読むことが多く、寝転がって読むために本を支える腕が疲れて、時に本を読んだ後で手が震えたりするのだ。
書楼弔堂は3部作で、その2が「炎昼」その3が「待宵」で、本の厚さはほぼ同じの持ち応江あり。

普通、3冊の本だと1週間から10日で読み上げるのだが、2週間以上かかってしまった。
書楼弔堂シリーズは明治初期が舞台の弔堂という本屋が舞台である。
1部は高遠という日々無為に過ごしている、裕福な家庭の謂わば現在のプー太郎、
2部では、塔子という良家の女学生、
3部では、幕末に暗殺者として坂本龍馬を切ったという世捨て人となった老人、
これらが舞台の狂言回しとなって、
泉鏡花、田山花袋、平塚らいてう、徳富蘇峰、岡本綺堂、竹久夢二、柳田国男、そして勝海舟等が登場する。
柳田国男は学生時代の旧姓松岡国男で2部に登場し、塔子と共に狂言回しの一躍を担っている。



これらの登場人物はそれぞれに面白いのだが、勝海舟はいかにもという感じで、思わず頬が緩む。
作者は、弔堂の主人の言葉を借りて、南方熊楠のことを博覧強記の傑物という表現をしているが、
私に言わせれば、作者こそが博覧強記であることを弔堂の主人の語りに覗かせている。
本の分厚さと重さに負けず、是非一度読んで頂きたい。

もう一つは「巷説百物語」シリーズで、これは7部作となっている。
いわゆる百物語なので、妖怪や化け物が出るオカルト本かと思われるかも知れないが、
なんのなんの、とんでもない仕掛けをされたシリーズである。
一作目を読んだら続きを読まずにはいられない程面白い。
「巷説百物語」「続(つづきの)巷説百物語」「後(のちの)巷説百物語」、
「前(さきの)巷説百物語」「西(にしの)巷説百物語」「遠(とおくの)巷説百物語」
そして今年6月に発行された「了(おわりの)巷説百物語」
現在、「了巷説百物語」に取りかかったばかりである。
これはそれまでの1~6部までより1.2倍程分厚い。さて何日で読み上げるのか、支える腕は大丈夫か。



京極夏彦氏は結構な多作家で、これからも読み残した本を楽しめるなぁ、しかし分厚いよなぁ、
と読書の秋に思うのである。
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幻の声

2024年01月17日 | 最近読んだ本
1995年にオール讀物新人賞でデビューした宇江佐真理さんのその受賞作が
「幻の声」という短編で、その主人公である髪結いの「伊三次」をシリーズにした、
髪結い伊三次捕物余話はその代表作か。
此の捕物余話は事件の解決を話の主とはせず、その事件にまつわる人間模様に話の主体がある。



ふとした偶然で、図書館で彼女の作品を見つけ、試しに読んだのが、
「古手屋喜十為事覚え」という小説で、古手屋(古着屋)のどちらかというさえない主人の喜十が、
隠密同心の捜査に心ならずも巻き込まれて捜査の手伝いをするという話だが、
これもどちらかというと事件の解決に主は置いていない。
その事件に纏わる人々の哀感や喜びを描いている。
隠密同心の身勝手に振り回される喜十と温和しげながら芯の強い女房の遣り取りも微笑ましく、
2作目(このシリーズは2作のみ)の最後にはほのぼのとした読後感となる。



この本を最初に読んだおかげですっかり此の作者の本を読みたくなった。
次に読んだのは、「夜鳴きめし屋」。
あまり商売気のない主人が商う飯屋に集まる人々の哀歓を描いた連作短編集で、



因みに、「髪結い伊三次捕物余話」と「古手屋喜十為事覚え」も連作短編集である。
「髪結い伊三次捕物余話」は15冊を数え、宇佐江真理さんの代表作と言っていいだろう。
現在第一巻の「幻の声」から第5巻の「黒く塗れ」まで完読した。
あとは阿蘇市立図書館の閉架書庫にある物を予約しよう。

宇佐江真理さんは、残念ながら病気を得て2015年11月に他界された。
今後は彼女の新作を読めないかと思うと残念である。
遅ればせながら、愛読者の一人としてご冥福をお祈りします。
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霜月記ほか

2023年09月01日 | 最近読んだ本
読んだ本の前回で少し触れた砂原浩太郎さんの「霜月記」。
神山藩シリーズの第3作になる。
今回の主人公は、神山藩の町奉行に18歳で就任せざるを得なくなった草壁総次郎と、
かって名奉行と言われたその祖父が関わっていく事件の話。



同じ神山藩シリーズではあるが、主人公の職責はそれぞれ異なり、それぞれの面白さがある。
私としてはやはり初めて接した「高瀬庄左衛門御留書」を一押ししたい。

そのほかには、宮部みゆきの「青瓜不動 三島屋変調百物語九之続」。
三島屋シリーズの最新作で、第5作までは不思議物語の聞き役は「おちか」で、
第6作目からは三島屋の次男坊「富次郎」に替わり今回は第9作になる。



実はこのシリーズは数年前にNHKで主演が波留でドラマ化されて放送されている。
宮部みゆきさんの作品はミステリーからSF風のもの、怪談物など多岐にわたるが、
三島屋シリーズは、得意分野の一つである怪談物に分類されるだろう。
そのドラマを見たせいか、波留の「おちか」が今でも鮮明に残っていて、
主人公が富次郎に替わってからは、場面が脳の中で映像的に結ばない気がして、今ひとつ入り込めない。

最後に、太田 愛さんの「未明の砦」。
巨大自動車産業に仕事する非正規社員、契約社員、季節労働者を取り上げたミステリーで、
社会派ミステリーと言っていいのかな、太田愛さんの弱者に注ぐ温かいまなざしが感じられる作品になっている。
この本を読むと、労働者に関する日本の法律がいかに企業に都合のいいように作られているのか驚くことになるだろう。



政治は常に強者に優しく、弱者に厳しい。
何故なら強者は声高で、弱者の声は小さくて届かないからである。
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インザプール

2023年06月23日 | 最近読んだ本
奥田英朗さんの本はほとんど読んだことがなかった。
食べ物に食わず嫌いというのがあるように、本にも何という理由もなく近寄らなかった作家がいる。
奥田英朗さんの作品は多分そんな感じかな。

阿蘇市立図書館の新刊紹介で、彼の新刊「コメンテーター」の概要を読んで借りてみようと思ったのがきっかけ。
で、探してみるとこれは神経科医者「伊良部一郎」シリーズが既に3冊刊行されている。
その第2作の「空中ブランコ」はなんと直木賞を受賞している。
新刊は最後の「町長選挙」から17年ぶりのシリーズ第4作ということだった。

    

伊良部一郎というキャラクターが実に際立っていて、様々な患者との関わりもハチャメチャ。
読んでいると思わず「クックッ」「ムフフ」と笑い声が出て、隣にいる奥方が「何読んでるの?」と訊く始末。
ということで読んだ後は奥方に回すと、めったに本を生まない彼女が2冊を完読。
1作目の「インザプール」は既に返却していたので、図書館に再度予約を入れておく。

どんな話か?
「インザプール」に納められている一作に「勃ちっぱなし」という話がある。
「立ちっぱなし」ではない、「勃ちっぱなし」なのだ。
女性には理解しがたい内容だが、男どもには抱腹絶倒の話で、最初から最後まで含み笑いをせずに読むことはできない。

    

最新作の「コメンテーター」は予約しているが、他の人が借りていてまだ読めていない。
実はワクワクしながら待っているのだ。
ハチャメチャではあるが、その結末には思わず納得する温かいものがあって、
現在、私のお勧めナンバーワンのこのシリーズ本である。
まだ読んでいない方々、悩みを抱えている方々、是非にご一読を。

さて、蛇足ではあるがもう1冊。
かって紹介した砂原浩太郎さんの最新作「藩邸差配役日日控」がいいです。



彼らしい安定感のある時代物で、この作品の後には7月に神山藩シリーズ「霜月記」が刊行予定。
これもまた大いに楽しみです。
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