Design Manhole Cover

Design manhole cover that gathered throughout Japan

エイヴィ 平成町店

2005年10月21日 | 情報日記(スーパー他)
横須賀市平成町6-13-2
電話 046-821-4600
営業時間 10:00~19:00
駐車台数 600台   売場面積 3,000坪

いつもの事ながら入口からの青果のボリュームに圧倒される。
食品売場だけでも1,000坪はあるでしょうか、料理素材中心の売場作りで惣菜や弁当と云ったものは品揃え程度。
ここのお客さんはスローフード派なんでしょうね。
殆どのお客さんがカートにカゴを3個セットしている。
レジも混んでいました。14台の各レジに6~7人並んでましたが、まだ開けてないレジが2台ありました。
もう、レジを打つ人がいないのかこれ位混雑するのはいつものことなのか、どうなんでしょうか。


こっち側の出口から出て、隣のLIVINも見ようかなと。

神奈川のスーパーマーケット
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魚がし食堂「はま蔵」

2005年10月21日 | 食堂・レストラン
所用で横須賀に来たので、横須賀魚市場にある食堂に寄って昼飯を食べることにした。
食堂は市場入り口の2階にある。
メニューを決めたら券売機で食券を買う。
カウンターへ行き食券を渡し、番号札を貰い出来上がりを待つこと暫し。
お茶やお水はセルフです。
やがて出来上がり番号を呼ばれる。

「地魚丼、1番のお客さ~ん」

はい、はい、私のですね、どうでしょうか、この手前の大葉の上に乗ってるのが生しらす、良い感じですよ。
それからしめ鯖、赤身の魚、白身の魚、何の魚か解りませんが旨いことは確かです。酢飯のご飯でみそ汁付き850円、ダイエット中の私には危険な昼食でしたが、まあ、これくらいはたまには許してやろう。

食事後、腹ごなしに隣のエイビイを覗きに行きました。

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富士ガーデン 柿生店

2005年10月18日 | 情報日記(スーパー他)
川崎市麻生区上麻生5-40-1
電話 044-981-0061
営業時間 10:00~20:00
2005年9月15日開店
紳士服コナカ跡に出店
店舗面積は100坪くらい、レジ2台
ニュークイックが出してるお店なので、このお店も精肉のみ対面販売です。
鮮魚は「うおしち」こちらは冷ケースでパック販売でした。

競合店

マルエツ柿生店(直線距離 30m)
ゆりストア柿生店(直線距離 100m)


マルエツ 柿生店

川崎市麻生区上麻生5-41-1
電話 044-989-1211
営業時間 10:00~01:00(深夜1時)

店内に入ったら、惣菜・弁当コーナーとベーカリーがあり、あとは衣料品と家庭用品だけの変わった売場だなと思ったら、食品売場は地下だった。

昨日パ・リーグはロッテの優勝が決まったが、店内はホークス応援感謝セールを遣ってました。
ベーカリーでは選手の背番号を書いたユニホーム型のパンを売ったり、歌詞をソフトバンクに変えて♪ワカタカぐんだん~♪の音楽を流したりしてました。


ゆりストア 柿生店

川崎市麻生区上麻生5丁目39-12
電話 044-987-3939
営業時間 10:00~21:00

寒い!
店内がやたらに寒い、外は冷たい雨、店内に入ってきたらこの寒さじゃ白熊さんやペンギンさんだったら喜ぶかもしれません。
寒冷地仕様のお客様向け店舗です。


神奈川のスーパーマーケット
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草笛の音次郎

2005年10月08日 | 読書
草笛の音次郎
山本一力
文藝春秋

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今戸の貸元、恵比須の芳三郎の名代で佐原への旅に出る音次郎。
一見優男の音次郎だが遣ると決めたら後へ引かない肝っ玉を持っている。
「可愛い子には旅をさせろ」を地でいくように、旅の先々での試練に揉まれ一人前の渡世人へと成長していく姿を描いた股旅もの。

テンポの良い展開に遂々時を忘れて読み進んでしまった。
脇役で登場する人々が、音次郎の飾りのない真っ正直な態度に好感を持ち、手を差し伸べる姿が目に見えるようでした。
こういう、正直な人々の物語が好きです。

★★★★☆(5★満点で星4.5です)

サミット ラプラ中央林間店

2005年10月06日 | 情報日記(スーパー他)
大和市下鶴間1598-1
電話 046-271-3330
営業時間 10:00~01:00(深夜1時)
(日曜日) 09:00~01:00
駐車場 300台  売場面積 818坪
2005年10月5日開店
東急田園都市線・小田急江ノ島線「中央林間駅」下車徒歩5分

去年IYが撤退した跡のラプラショッピングセンター1階への出店。

青果から始まり、鮮魚・精肉・惣菜・ベーカリーと回るオーソドックスなスタイル。

競合店

オリンピック中央林間店(直線距離300m)
中央林間とうきゅう(直線距離400m)
オオゼキ中央林間店(直線距離600m)

神奈川のスーパーマーケット
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ミアクチーナ並木あおば店

2005年10月06日 | 情報日記(スーパー他)
相模原市並木3-3-1
電話 042-758-2141
営業時間 10:00~17:00
駐車場 86台
2005年10月 6日開店

本日開店で、午前中は入場制限をしなければならないような混雑、1フロア300坪未満のお店です。写真では二階に見えるのは入口の天井を高くしたからです。
入口、入ると右壁面が惣菜、左側冷ケースと島が青果、突き当たりコーナーが鮮魚、その先バックストレート壁面が精肉、突き当たりから最終コーナーまでデイリー、リカーも扱っていてコンパクトに商品をギッシリ詰め込んだって感じ。
青果からグロサリーの売場に中通路が無いので買い回りがし難いかな。

高質型のミアクチーナ店舗はコープの組合員には不評っだったようで、この店舗はあえてCOOPマークを前面に出し、内装・品揃え等庶民派にしたようです。

競合店

三和並木店  (直線距離200m)
スーパー五光相模原店(直線距離500m)
グルメシティ光が丘店(直線距離800m)
オーケー相模原店 (直線距離1km)

神奈川のスーパーマーケット
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映画「蝉しぐれ」

2005年10月04日 | 映画
藤沢周平の時代小説を映画化したんですが、やはり先日読んだ原作とは少し違ってました。
映画の中に奉納試合が無かったので、興津新之丞が登場しない。
秘剣村雨の伝授場面がないので、加治織部正が登場しない。
杉内道蔵が登場しないので、ふくが大八車を押し、欅御殿へ乗り込むときに布施鶴之助が居ない。
後半の山場、秘剣村雨で刺客を倒す場面もない。
と云うように、長編の多くの部分を削って作られていますが、2時間の映画に収めるにはやむを得なかったんでしょうね。

映画としては、月日の経過を美しい自然で見せるところは気に入りましたよ。
しかし、蝉しぐれの夏の暑さが今一伝わって来ない。文四郎(市川染五郎・子役石田卓也)が謀反人の子として周囲から虐げられている描写が少ない等、全体的に説明不足のように思います。

加治織部正が登場しないので、ふく(木村佳乃・子役佐津川愛美)を匿う先を追っ手が見張っている危険がある横山邸にしてしまったのは少し安易だったかな。
五間川を舟で下り城下の横山邸へ向かう際、橋の上に与之助を出したのは演出の失敗でしょうな。
身分制度の厳しい時代にお互いを想いながら別々の道を歩まなければならなかったふたり、二十年の時を経て結ばれたラストシーン、それを映像に表さなかった手法は観る者の感性に任せたということか。

緒形拳(父・牧助左衛門)、原田美枝子(母・登世)、大地康雄(青木孫蔵)等の脇役の演技が良かっただけに、ふかわりょう(小和田逸平)、今田耕司(島崎与之助)の演技にはがっかりですな。しかし、子役の佐津川愛美の演技には胸を打たれるものがありました。

折角の良い作品なのに作りが荒いので、★★★☆・(5★満点で星3.5です)

追記
小説 蝉しぐれ

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水口宿

2005年10月02日 | 東海道自転車ぶらり旅
ここから国道と分かれて左の東海道を進む。

水口の町の中は人通りが少なく駅への道を聞こうにも人が歩いていない。
適当に曲がり角を曲がって走っていたらお城が見えた。

水口城趾

水口城は徳川家光公が上洛の際の宿泊所として建てられた城で天主閣はなく、その後加藤水口藩の居城になり、明治維新の時、廃城され石垣と堀だけが残ったが、近年、櫓が再建されたらしい。

地図を持たない旅人は駅への道が解らない。
たまたまバス停の前に座り込んで居た女子中学生らしき二人連れに「水口駅にはどう行ったらいいんですか」と聞いたら、そんな駅は無いとの答え。
私しゃ思わず、何だ?何だ?状態に陥ってしまった。
困ってしまって♪わんわんわわん状態で居たら、その原住民の一人が「水口城南駅なら直ぐそこにあります」なんぞと仰ってくれちゃいました。
まあ、何でも駅なら良いやってんで、教えられた道を進むと、ホントに直ぐそこでした。

水口城南駅

15:00 本日は、ここまで。
ここは、近江鉄道の無人駅でした。
駅名の表示を見たら水口駅はここから二つ目でした。
二つ目の駅も知らないとは、さっきの原住民はどうやら電車には乗らないんだな。

この近江鉄道は単線運転です。
乗ってみて解ったんですが、この電車ワンマン電車って書いてありました。
乗車したら入口の発券機(バスに付いてるのと同じ様なやつ)から整理券を取ります。
電車が無人駅で停まると、運転手が運転席から出て来て降りる人の乗車券をチェックします。
暫くしたら、とある駅から自転車を押しておっさんが電車の中に乗り込んで来ました。
私しゃ、何だ!何だ!状態で興味津々おっさんを見ていたんですが、他の乗客はあまり興味を示しません。
おっさんは自転車を押して車内の通路を歩いて行きます。実に不思議な光景です。
私も自転車と一緒に電車に乗ってますが、私のシルバー号は今は袋の中に収まって大人しくしています。

米原駅

米原駅に降りてから解ったんですが、この電車はサイクルトレインと言って9時~16時までなら特別に料金はかからず、乗車券があれば自転車を乗せても良いようです。
じつに面白いことを考えるもんですな。
駅の改札で整理券を出したら「フリーきっぷ」ってのをくれました。
550円で近江鉄道なら土曜・日曜・祝日に限り1日乗り放題だそうです。
通常運賃970円だったんですが、儲かりました。

ローカル色溢れる近江鉄道から新幹線に乗り換えて帰宅します。


石薬師宿・庄野宿・亀山宿・関宿・坂下宿・土山宿・水口宿


二日間の経費
交通費 22,440円
飲食費 2,826円
雑 費 7,350円(宿泊・お土産)
 計  32,616円

二日間の水分摂取量 3リットル

東海道自転車ぶらり旅 その1
東海道自転車ぶらり旅 その2
東海道自転車ぶらり旅 その3
東海道自転車ぶらり旅 その4
東海道自転車ぶらり旅 その5
東海道自転車ぶらり旅 その6
東海道自転車ぶらり旅 その7
東海道自転車ぶらり旅 その8

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土山宿

2005年10月02日 | 東海道自転車ぶらり旅
道の駅の横の道を進むと直ぐに土山宿の入口です。

この辺りで、東海道の旅人に出会った。
旅人と人生の大先輩でお歳は70才を過ぎているとか、東海道の旅は始めてから2年が過ぎたそうです。
若輩者の私めは、只々感心してお話しを伺うばかりでしたが、旅人同士の気安さから話が弾み、先輩から貴重な情報をいただきました。


宿場の町並みの中に電柱が見えますが、街道の狭さやゆるやかな坂道が良い雰囲気を出してます。

一里塚跡

新しい家も町並みの景観を考慮した造りになってます。

古い家が沢山残っている

お茶屋さんの昔の商売は油屋さんですか。

昔の屋号

東海道土山宿
油屋平蔵
土山の町並みを愛する会
とこの様に書かれた木の板が古い家屋には全て付けられている。

さど屋


土山宿本陣跡

この先を少し行くと国道に出る。
旅人を乗せたシルバー号はここから国道をひたすら走るのだった。

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あいの土山 道の駅

2005年10月02日 | 東海道自転車ぶらり旅
広重五十三次 土山(春之雨)
「坂は、照る照る鈴鹿は、曇る あいの土山雨が降る」と唄われた鈴鹿馬子唄をご存知でしょうか?
私しゃ知らなかったんですが。

この「あいの土山」の「あい」って何なんでしょうか。
ちょっと調べてみました。

相の土山説 坂下宿と相対する土山宿
間の宿説 宿駅制度ができ、土山が本宿に設定される前は、間宿であった。
鈴鹿の坂説 峠の頂上付近に土山という土盛りがあった。
間の土山、松尾坂説 坂を鈴鹿の坂でなく松尾坂とする説
藍の土山説 藍染が盛んであった。
鮎の土山説 鮎漁が盛んであった。
あいのう土山説 「間もなく」という意味の「あいのう」という方言。
とまあ、いろんな説が有るもんですな。

にしんそば

丁度昼飯時で結構混んでまして、食堂の自動食券販売機の前には列が出来て居りました。
初めての「にしんそば」体験です。
丼に顔を近づけるとにしんの香りが食欲をそそります。
にしんは甘辛く煮込んであり、思ったより柔らかかった。
甘辛のにしんとそばを交互に味わいました。
にしんとそば、仲々良い取り合わせじゃないですか。

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坂下

2005年10月02日 | 東海道自転車ぶらり旅
広重五十三次 坂之下(筆捨嶺)
午前中に道に迷った旅人は、鈴鹿峠越を東海道ではなく国道に決めたので坂下宿は通らない。

峠を目指し旅人は必死にペダルを踏み込む。
さっきまで曇っていたのに、峠に差し掛かった途端に陽が照りつけてくるなんて、日頃の行いのせいでしょうか、暑いったらありゃしない。

さっきから同じ様な車が何台も追い抜いて行くなと思っていたら、ローリング族の同じ車が峠道を走っていたんだ。上りと下りの一方通行を利用して周回コースにして遊んでいるんですが、まあ、事故らないように遣って下さいな。

峠越えはトンネルです。
狭い歩道を走るのは危険です。
慎重に走りますが、緊張で肩に力が入り顔もこわばってしまった。

トンエルを抜けたら、一気に下ります。

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関宿

2005年10月02日 | 東海道自転車ぶらり旅
国道の右側にこの関宿の表示が有ったので、東海道へと右の道を進む。

東の追分

重要伝統的建造物群保存地区(国文化財)だそうだ。
ここから、西の追分まで約2km木崎・中町・新所の町並みが続きます。

この辺りの家を眺めていて気が付いたんですが、所々の家の玄関に正月飾りが付けられているんです。
何で今頃、正月飾りなのかと気になって気になって仕方がありませんよ。
遂に我慢できなくなった旅人は、日曜日にノンビリと庭先で植木の手入れなどをしていた地元の方に声を掛けてしまったのでした。
その方のお話では、その正月飾りは「お伊勢さん」(伊勢神宮)で買ってきたものだろう、伊勢地方には正月飾りを一年中飾って置く風習があるらしく、その伊勢地方の風習を真似しているのではないかとのことでした。

成る程ね、そう云う風習があるなんて、聞いてみないと解らないもんですね、地元の方とお話しが出来て、大変勉強になりました。有り難う御座いました。

黒瓦屋根

東海道をここまで旅してきましたが、この関宿が往時を偲ばせる風景としては一番でしょう。
道路は舗装されているとは言え、街道に電信柱が無いんです。東の追分けの前までは道路脇に電柱があり、電線が張り巡らされていたんです。

関宿スケッチコンクール

道の脇にしゃがみ込んで画用紙に筆を走らせている人が大勢居ました。

11月6日の「関宿街道まつり」で表彰式を行うそうです。
「あなたも一枚描いて行きなさいよ」と薦められたのですが「先を急ぎますんで」と言い逃れて参りました。

百五銀行

銀行も町並みに溶け込んでいます。
良く見ると、道路のガードポールも周りの色に合わせて塗られていたり、家の窓や玄関がサッシになって居るんですが、色は周囲と同じ色で統一されているので、全く違和感が感じられません。
商店の看板も昔風になってます。

広重五十三次 関(本陣早立)

関宿食事処

食事処を見つけたが、まだ食事には早いのでパス。
この近辺にもスケッチをする人が大勢居ました。

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近鉄鈴鹿市駅

2005年10月02日 | 東海道自転車ぶらり旅
快調に走りすぎた自転車シルバー号はいつしか、伊勢街道をひた走っておった。
これは、シルバー号が道を間違えたのだ。
適当な交差点で進路を多分あっちだろうと思う方向へ向け、シルバーにムチを入れた。
「ハイヨ~、シルバー!」
しかし、トントは居らず当然「キモサベ」とは言ってくれない。
突然こんな事を口走っても、こいつ暑さのせいでおかしくなったか、とかまた病気が出たかと思われるかもしれないが、私達の年代の者は、ハイヨ~、シルバーと言えばトントであり、トントと言えばキモサベと言うようにテレビ映画のローンレンジャーの世界にタイムスリップしてしまうのだ。
他にもあの当時のテレビ映画の西部劇を覚えてますよ「ララミー牧場」「ローハイド」「拳銃無宿」「バット・マスターソン」「ライフルマン」「ボナンザ」「テキサス決死隊」「ガンスモーク」「アニーよ銃をとれ」「保安官ワイアット・アープ」
家にはテレビが無かったんで、隣の家の白黒テレビを毎日観せて貰いに行きましたっけ。
いや~、西部劇も沢山ありましたが、私しゃ特に「拳銃無宿」の賞金稼ぎのジョッシュ(スティ-ブ・マックウィーン)のニヒルなところとライフルを短く切ったランダル銃の格好良さに惹かれましたね。
買って貰ったおもちゃのホルスターとコルト45で拳銃の早撃ちの練習も随分やりましたな。

え~と、道と話が大分逸れてしまったので元へ戻しましょう。

そうです、交差点を曲がりずんずん進みます。
やがて線路に出ました。ここは近鉄の鈴鹿市駅前、ってことはあっち方面に進めば亀山方面だなと、地図を持たない旅人は適当に見当をつけてシルバー号を進めるのであった。
「ハイヨ~、シルバー!」

手押しポンプ

町の中を流していたらお米やさんの前で手押しポンプを発見。
ジッと見つめてしまいました。
横浜で育った私は、この手押しポンプってやつを一度もガチャコン遣ったことがありません。
これは果たして水が出るのだろうか、試したい衝動に駆られるのを必死に堪える旅人でした。



川や田圃の自然の景色を観ながら、鈴鹿から亀山を目指してひたすら走り続けました。

そんな訳で東海道から外れてしまったので、
石薬師宿(石薬師寺)庄野宿(白雨)には寄れなかった。

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東海道自転車ぶらり旅 その9

2005年10月02日 | 東海道自転車ぶらり旅
7:00 ホテルでバイキングの朝食を済ませ、亀山駅へ向け出発。今日も良い天気だから暑くなりそうだな。
ここから昨日の四日市駅まで戻る。

四日市

8:00 四日市駅に到着
町中に大きな壺を発見、「港と萬古焼の町四日市」と書かれていた。

四日市萬古焼より引用
四日市萬古焼は、元文元年(1736)沼波弄山が三重郡小向村(現在の三重郡朝日町)に窯を開いたのが始まりです。
「萬古焼」の名は、弄山が、作品がいつまでも残るようにと願いを込め、「萬古」あるいは「萬古不易」の銘を押したことによります。「萬古」とは「いつまでも変わらない永遠の生命を持つ─」という意味です。
弄山の死後一時中断していたが、天保3年(1832年)に桑名の森有節が同村に窯を再興し、茶器・酒器などを焼き「有節萬古」と称しました。
当地域に地場産業として定着したのは明治からであり山中忠左衛門が四日市(末永村)に始めて窯を開き、製陶に成功しました。特に大正元年に、水谷寅次郎が半磁器を完成したことが画期的な効果を生み、機械化がはかられ、室内装飾品や食器類が大量に輸出されるようになりました。
現在、生産量は美濃、瀬戸焼等に次いで全国4位を誇っており、土鍋や花器の生産が多く、特に土鍋は全国シェアの7割以上を占めています。急須では紫泥急須が有名です。又、工芸品としても高い評価を受けており、昭和54年には伝統的工芸品の指定を受けました。引用ここまで

壺を後に休日の朝の道を自転車は快調に走るのだった。

東海道自転車ぶらり旅 その1
東海道自転車ぶらり旅 その2
東海道自転車ぶらり旅 その3
東海道自転車ぶらり旅 その4
東海道自転車ぶらり旅 その5
東海道自転車ぶらり旅 その6
東海道自転車ぶらり旅 その7
東海道自転車ぶらり旅 その8
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