魔女のひとりごと

★ 魔女になろう!

大阪歴史博物館 近代・現代編

2025-03-08 | 博物館・美術館・建築など

近代の大阪は「東洋のマンチェスター」
と呼ばれるほどの大発展を遂げ
近代都市としての基盤が整備された。

この時代を「大大阪 (だいおおさか) 時代
と呼ぶとのことだが、初めて聞いた。

石川県の田舎で生まれ育ち
18歳で京都に出てきた私にとっては
大阪はそれくらい関わりが薄く
「大阪の歴史を知りたい」
などと思うことも、ほとんどなかった。

「大阪のことをもっと知りたい」
と思うようになったのは 2022-03-09 
「大坂城の豊臣石垣を見てみたい」
と思った頃から。

そんなことから、中央公会堂・大阪歴史博物館と
見学に出歩くようになった。

7階で展示されているのは
明治から現代の大阪の街や人々の様子。

このような洋館が建ち、その中から
工場や町の様子が見られるように設営されている。

道路・電車・地下鉄などの交通インフラが整備され

店や娯楽施設などもたくさん作られ

実寸大に作られている八百屋や魚屋は

20年ほど前の 天満市場 とあまり変わりない。

今は ぷらら天満 となって
少し近代的にはなっているが
天満市場の面影は残っている。

洋服を着る女性が増え始め

子ども服専門店もでき

郊外には住宅地が造成され、電車で通勤し
空気の悪い街中ではなく
緑が多い住宅地に住むサラリーマン家庭が増えて来た。

経済的に裕福な家庭が増え、専業主婦が生まれ
「男は仕事、女は家を守る」
という生活スタイルが生まれて来た。

綺麗な着物を着た母親が洋服を着た子どもを連れて

歌舞伎や芝居などを楽しむ人達が増えて来た。

田舎で戦後に生まれ育った私は
自分の給料で服を買えるようになるまで
きれいな洋服を着たこともなかったし
芝居・歌舞伎・踊りなどもを
見に行ったこともなかった。

戦後生まれの、田舎の貧乏人の子と
昭和どころか
大正時代の大都会で働く裕福な家の子とでは
大違い。羨ましいね~。

昭和6 (1931)  年、大坂城天守閣が
大阪市民の寄付により
鉄骨鉄筋コンクリート工法で再建され

今の大阪のシンボルができ上った。

庶民の暮らしの様子も展示されていて
足踏み式ミシン・白黒テレビ・黒いダイヤル式電話…

どれも、私が小学校高学年頃から目にしたもの。
これらも
「歴史博物館に展示される時代になったんやな~
「ずいぶん長く生きて来たんやな~」と笑えて来る。

その隣には、酒造業⇒両替商⇒大名貸と
幕末、日本最大の豪商となり
明治以後は男爵の地位にまで登りついた
鴻池家についての解説があり

調度品や食器などが展示されている。

東大阪には鴻池新田という町があり
それを開墾したのも鴻池家。

何も知らない私は
「鴻池組が農地として開発した所なのかな?」
などと思っていたが
鵜池組と鴻池家とは全く関係ないのだと。

7階では、大阪造幣局内に、迎賓館として建てられた
日本初の洋館「泉布観」の

特別展示も開催中。

明治天皇が訪問された際に使用された椅子や

後年、昭憲皇太后が訪問された際に作られ
使用された椅子などが展示されていた。

造幣局の通り抜けの時にでも
泉布歓の内部も見学させてくれたらいいのに…。

と思いつつ、腹ペコ、足腰もクタクタになり
エレベータで1階へと移動した。


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