寝転がって気ままに想う事

 世の中ってこんなもんです・・
面白可笑しくお喋りをしましょうか ^^

幸運の女神様(完)

2010年09月10日 09時02分52秒 | 日記
『はいアミーです』
『はい、いらっしゃいますよ♪』
ママは受話器を被せると川中部長に視線を送りました。
『ゴクリ…』川中部長は電話を睨み付けるようにして止まり木から立ちました。
受話器をママから受け取ると肩を二三度揺らして『川中です』低過ぎるくらいに丁重な電話です。
鬼塚課長は思わずカウンターにうつむきました。
『うん、うん』うなずくだけで言葉がありません。 恐らく高辻主任の話を聞き入っているのでしょう。
『うん、うん』しばらくして
『そうか!』何か凄い声がしました。
ギョと顔を上げた鬼塚課長は満面の笑みを見せる川中部長を発見しました。
『……』一体なにがあったんだろう、ポカンとしている鬼塚課長に川中部長は『ハハハ♪大逆転だ♪』
『えぇ…』
『分からん奴だなぁ~高辻君、今鬼塚に替わるよ』
身体いっぱいに喜ぶ仕草、今の川中部長のことを言うんですね。
カウンターに戻ると水割りをグイッと飲み干しました。 一方事態が把握出来ていない鬼塚課長は半信半疑で受話器を取りました。
『はい鬼塚だけど…』受話器の向こうからは控え目ながら躍るような高辻主任の声がありました。
『うん、うん』
川中部長と同じくうなずきです。 『うん、うん…』
『そうか!』
『いや~本当!』 感激に声が上がりました。

カウンターの向こうにはニッコリ微笑むママの姿がありました…

…新幹線東京発下り新大阪行きにぎりぎりで佐伯本部長は乗り込みました。
今回の急の出張は大阪営業所でした。 この指令があったのは二時半…… 播磨役員からの直々の指示でありました。
役員も乗っていらっしゃるのだろうな。確かめるも何も佐伯本部長は指定席、役員はグリーン車と決まっています。まあ名古屋辺りで挨拶に行けばいいだろう…
そう思って目を閉じました。
今日はいろいろあったなぁ、
川中や鬼塚はさすがに抵抗していたけれど、こうして播磨役員が動けばどうしょうもないよ。可哀相に…
新幹線は今と違って出来た当初はほとんど揺れがありませんでした。
昼間の疲れからか佐伯本部長はトロトロとなりました。
…『優夫、優夫』誰かが呼んでいます…『あっお母さん』遠くに笑顔の母がいました。
『お母さん』叫ぼうにも声がでません。 身体は縛られたみたいに動きません。
ただ母は和やかな笑顔で黙って佐伯本部長を見詰めていました。
もう一度『お母さん』叫んだ声で目が醒めたのです。
『うーん夢か…』辺りを見渡すと新幹線のなかでした。母親には苦労かけたなぁ…
父親を早くに亡くした佐伯家では学資の工面で母親は大層苦労しました。そのせいか十年前に母親も亡くなったのでした。
母親は常日頃正直に生きなさい…口癖のように話していました。
又、正直にしていたら恐い物は無いから…とも聞かされてました。
…だから…
佐伯本部長は今日まで派には入らず媚びもせず、なにが正しいかと心の中で問い詰めていました。 そんな態度が冷淡とも冷静ともみられたのでした。 間違ったことは受け入れませんから、 冷徹とも指を挿されたこともありました。
今回だって社命に背く態度が佐伯本部長には許せませんでした。
『あんなの言い訳だろー』
そう高を括っていたのです。
静岡を過ぎた頃乗客がきました。 佐伯本部長は隣り座席に置いていたカバンをのけました。
いつもよりカバンが重いなぁ…
『ああそうか!さっきの資料だな』 直ぐに資料に気が付きました。
新大阪まではまだ時間もあるし、そう思って資料を手に取りました。
A4サイズの分厚い綴りになっていました。
『こりゃあ読み応えがあるぞ』
退屈しないですみそうだ(笑)
佐伯本部長はゆっくりとページをめくっていきました 『名古屋~』名古屋で止まった新幹線は大勢の人が乗り降りします。
ハッとした佐伯本部長は我に返りました。一時間近くこの書類に没頭した事になります。 最初はこんなもの、と見下していた資料でしたが読めば読むほど引き込まれていきました。それくらい精緻に資料は作られていました。
『こりゃあ優秀だぞ』この場では全てを精査できませんが、ほぼ間違いのない資料でした。
ただ腑に落ちないのはこれだけの資料ならば、新しく配属された者でも直ぐに活用できるのです。
まさかババ引きになるつもりでこの資料を渡したとしたら…
渡された新任者には感謝されるだろう…
川中や鬼塚はどう思うだろうか…
佐伯本部長は考え込みました。
目を閉じるとさっきの母親の笑顔が出てきました。
ただニッコリ微笑んで何も語りません。
…『お母さん俺には出来ないよ…』佐伯本部長はつぶやいていました。そうだ!…間違った事、筋の通らない事は断固 できないぞ!
佐伯本部長はカッと目を見開くと立上がりグリーン車へと向かいました。
新幹線は米原を過ぎていました。
急がねば!
大阪の営業所に着くまでに播磨役員を説得しなければなりません。(パチパチ♪)

…グリーン車中で佐伯本部長の熱意ある説得が功を奏したようでした。普段【三冷】と揶揄されていた佐伯本部長の熱弁に播磨役員も根負けした形になりました。
*三冷…冷徹・冷淡・冷静を言います(笑)
新大阪に着くころにはすっかり押し切られました。
ただ播磨役員もただ者ではありませんでした。
佐伯本部長に『今回は君に免じて猶予を与えてやろうしかし半年経って成果が無かった時はこれだよ』
播磨役員は首の辺りを指で切る真似をしました。
その仕草に佐伯本部長もゾッとしました。けっして間違った判断ではなかったつもりでも『いざとなると人間は駄目だなぁ』 後日佐伯本部長は笑ってこう話されたそうです。
因みに佐伯本部長は副社長まで出世されました。
(パチパチ♪)

…戻ってここは新宿アミーの店です。
播磨役員の電撃作戦でてっきり鬼塚は地の果てにでも飛ばさてしまうのか、となげいていたのでした。
それが大阪の高辻主任からの電話で思わぬ結果を聞いたのです。
播磨役員曰く…
『この難局を乗り切るためには今の社員一同粉骨砕身で乗り切ってもらいたい』
(パチパチパチ♪)
事情を知らない者は『わざわざ残ってまでの話じゃあないよ』ブツブツぼやいておりました(笑)

『さあ乾杯よ♪』アミーのママは高々とグラスを差し上げました。
『おう!乾杯だ』 川中部長もグラスを取り上げて歓声を上げました。
『さあ!鬼塚さんも、』ママに急かされた鬼塚課長!慌ててグラスを持ちました。
『乾杯♪』『乾杯!』
『今夜の酒は忘れられんよ』タバコを片手に川中部長は笑顔です。
『良かったね笑)』ママが鬼塚課長の前に来てグラスを重ねました。
カチリ小気味良い音が響きました。
『今度は結婚だね』ママが冷やかすと鬼塚課長はハッとしました。
(広子か…)
広子が幸運の女神様と思っていたよ、それがまさかアミーのママがそうだったなんて…
そう考えていた時不思議なことに気が付きました。
前の昇進祝いの帰り…確か効力は三か月なんて言っていたなぁ。
『ママ、聞きたいんだけど…』グラスをカウンターに置くと鬼塚課長は座り直しました。 『えっ!何?』
ママはわざと知らない顔になりました。
『どうして…』言いかけてママは遮りました。
『聞いちゃあだめよ』
口ごもる鬼塚課長を横目にニッコリ笑いながら声を潜めました。
『私は、ま・じ・ょよ!』ケラケラケラ♪
『?』唖然としている鬼塚課長のグラスにビールを注いでいました。
『私も効力を貯めて置かなきゃあ』 『貯める…?』
『そうよ、普通三か月かかるのよ』 『そうそう今度来る時はお嫁さんになる人も連れていらっしゃい♪』
『え!いいの…』ママがヤキモチを妬かないかと思いました。『ハハハ妬くはずないでしょう』ずばり鬼塚課長の胸の内を見抜きました。
『妬くどころか私の魔力を伝授して上げるから』
どこまで本気なのか分かりませんが 悪意の無い事には違いありません。
どたキャンした広子きっとふくれているだろうなぁ! そう考えると急に広子の声を聞きたくなりました。
『今日は悪かったなぁ…』そんな素朴な鬼塚課長に幸運の女神様が二人ついていたのでした。
コメント
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