少し時計の針を戻します。私は婚約の翌日にK君へ報告のメールを送っていました。もう消してしまったと思っていたのですが、残っていたのでここに載せることにしました。これまでの経緯の要約になっています。(重複はご容赦下さい。)
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H様(彼の姓のイニシャル)
リンダがAさんと連絡を取り合っているようなので、私もこれまでの経緯をしたためることにしました。
3月に東京であった際に貴兄が尋ねてきた通り、既にその時にはこのサマースクールを利用してリンダと会うことは考えていました。ところが引率役に名乗り出たものの、当初は希望者が6名(注:5名の誤り)しか現れず(7名以下ならばその年はキャンセルしても良いという取り決めにより)流れかけた時には「やっぱりこういう運命なんだな」と一度は思いました。が、後の追加募集で8名に達して開講が決まった時には「こういう運命なら」と逆に割り切ることができました。「どうせ乗りかけた船、行けるところまで行ってみよう」と腹が据わったという訳です。
折を見て「日本に来て一緒に暮らさないか」と持ちかけてみるつもりでしたし、展開によっては必要になるかも、と考えて指輪も買って持って来ていました。そう尋ねるのは最後の晩餐の後を考えていたのですが、思いもかけず昨日の午前中にすべて片が付いてしまいました。
これで私たちは一応婚約者の間柄になりました。とはいえ、いざ一緒になるとすれば踏まなければならないステップがまだまだ残されているようですね。(私は日本に呼んで届を出して終わり、とあまりにも簡単に考えていました。)何はともあれ、あちらに出向いて先方の家族への挨拶をしに行かなければならない。その時間が私にいつ取れるのか?(毎年恒例のナミビア出張さえなければ卒論・修論提出から卒業式までの約3週間が絶好のタイミングになるのですが・・・・)それ以前に出不精(誰かがアレンジしてくれなければ飛行機に乗ってみようという気には到底ならない)の私には考えただけで気が重いです。(ちなみに今日の午前中にネット電話で家族一同と面会することになっており、今少しナーバスになっています。)
とりあえず来るだけ来てもらって頃合いを見てボリビアに渡って式を挙げるのはどうか、とも考えましたが、それだと彼女の在留資格がネックとなる可能性があります。ならば籍だけ入れて式は後日というのはアリなのか? この辺りについて先輩として何かアドバイスをいただけたらありがたいです。よろしくお願いします。
(中略)
ひとまずここで筆を置きます。今朝は1時半に目が覚めてからほとんど眠れませんでした。
どうかご自愛下さい。Aさんにもよろしく。
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その返事でお祝いの言葉を述べてから彼はこう書いていました。
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まずはリンダさんをどのような形で、そしていつ日本に呼び寄せるか、ですね。米国の日本大使館に婚姻届を出したらと一瞬思ったのですが、彼女は基本的に不法滞在という形なので、国籍証明などボリビアから取り寄せることができるのかどうか。やはり一度ボリビアに帰るのが先決でしょうね。そしてコチャバンバでボリビアの法律に則って結婚をし(いわゆるCivil)、その自治体で発行された証明書を元にボリビアの日本大使館で改めて婚姻届を出す。この作業と同時に日本への渡航ビザを所得し、晴れて日本へ、という形になるでしょう。
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私はこれを読むまで「あとはエスカレーター式に日本での同居が実現するはず」と簡単に考えていたのでした。
これがテレノベラ(連続ドラマ)ならシーズン最終回で「続きは来シーズンをお楽しみに」となるところかもしれません。ということでブログタイトルの終わりを(中編)に変えることにしました。起承転結に準えるとLindaに会うまでが「起」、婚約するまでが「承」でいよいよ「転」が始まるといったところです。(本当に予期せぬことが次々起こりました。)これを乗り越えて「結」(日本での同居実現)にまで漕ぎ着けられることを心から願っています。
では次回から始まる中編をお楽しみに。(当事者は楽しんでばかりはいられませんが。)
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H様(彼の姓のイニシャル)
リンダがAさんと連絡を取り合っているようなので、私もこれまでの経緯をしたためることにしました。
3月に東京であった際に貴兄が尋ねてきた通り、既にその時にはこのサマースクールを利用してリンダと会うことは考えていました。ところが引率役に名乗り出たものの、当初は希望者が6名(注:5名の誤り)しか現れず(7名以下ならばその年はキャンセルしても良いという取り決めにより)流れかけた時には「やっぱりこういう運命なんだな」と一度は思いました。が、後の追加募集で8名に達して開講が決まった時には「こういう運命なら」と逆に割り切ることができました。「どうせ乗りかけた船、行けるところまで行ってみよう」と腹が据わったという訳です。
折を見て「日本に来て一緒に暮らさないか」と持ちかけてみるつもりでしたし、展開によっては必要になるかも、と考えて指輪も買って持って来ていました。そう尋ねるのは最後の晩餐の後を考えていたのですが、思いもかけず昨日の午前中にすべて片が付いてしまいました。
これで私たちは一応婚約者の間柄になりました。とはいえ、いざ一緒になるとすれば踏まなければならないステップがまだまだ残されているようですね。(私は日本に呼んで届を出して終わり、とあまりにも簡単に考えていました。)何はともあれ、あちらに出向いて先方の家族への挨拶をしに行かなければならない。その時間が私にいつ取れるのか?(毎年恒例のナミビア出張さえなければ卒論・修論提出から卒業式までの約3週間が絶好のタイミングになるのですが・・・・)それ以前に出不精(誰かがアレンジしてくれなければ飛行機に乗ってみようという気には到底ならない)の私には考えただけで気が重いです。(ちなみに今日の午前中にネット電話で家族一同と面会することになっており、今少しナーバスになっています。)
とりあえず来るだけ来てもらって頃合いを見てボリビアに渡って式を挙げるのはどうか、とも考えましたが、それだと彼女の在留資格がネックとなる可能性があります。ならば籍だけ入れて式は後日というのはアリなのか? この辺りについて先輩として何かアドバイスをいただけたらありがたいです。よろしくお願いします。
(中略)
ひとまずここで筆を置きます。今朝は1時半に目が覚めてからほとんど眠れませんでした。
どうかご自愛下さい。Aさんにもよろしく。
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その返事でお祝いの言葉を述べてから彼はこう書いていました。
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まずはリンダさんをどのような形で、そしていつ日本に呼び寄せるか、ですね。米国の日本大使館に婚姻届を出したらと一瞬思ったのですが、彼女は基本的に不法滞在という形なので、国籍証明などボリビアから取り寄せることができるのかどうか。やはり一度ボリビアに帰るのが先決でしょうね。そしてコチャバンバでボリビアの法律に則って結婚をし(いわゆるCivil)、その自治体で発行された証明書を元にボリビアの日本大使館で改めて婚姻届を出す。この作業と同時に日本への渡航ビザを所得し、晴れて日本へ、という形になるでしょう。
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私はこれを読むまで「あとはエスカレーター式に日本での同居が実現するはず」と簡単に考えていたのでした。
これがテレノベラ(連続ドラマ)ならシーズン最終回で「続きは来シーズンをお楽しみに」となるところかもしれません。ということでブログタイトルの終わりを(中編)に変えることにしました。起承転結に準えるとLindaに会うまでが「起」、婚約するまでが「承」でいよいよ「転」が始まるといったところです。(本当に予期せぬことが次々起こりました。)これを乗り越えて「結」(日本での同居実現)にまで漕ぎ着けられることを心から願っています。
では次回から始まる中編をお楽しみに。(当事者は楽しんでばかりはいられませんが。)
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