国際結婚はたいへんだった(第2章)

ボリビア人女性との国際結婚に至るまでの道のりを記録するために立ち上げたブログです。最近は妻との日常生活を綴っています。

はじめに

私(Yasuhiro)とボリビア人のLinda(通称)は2015年9月29日にニューヨークで結婚しましたが、翌2016年の1月3日にも妻の実家があるコチャバンバで式を挙げました。3ヶ月以上もの日を措いて2度結婚することになった訳ですが、その「たいへんだった」経緯については「結婚@NYまで」のカテゴリーにまとめています。

明日もこれで

2023-12-31 | 日記
17時前から調理開始

Lindaは十八番の筑前煮。

そして私は鳥手羽先の甘辛煮。

あと一緒に圧力鍋で柔らかくしてから味付けした大根と鶏軟骨の味噌煮。


これらで先ほど夕食を済ませました。1年前のようなお節料理は作りませんでしたが、これで十分です。
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夜の部も

2023-12-31 | 日記

先ほどから酒盛りを始めました。肴は函館旅行で買った生サキイカ。絶品です。(賞味期限は1週間前に切れていましたけど。)Lindaが来日して8度目の大晦日ですが、こういうのは初めて。あと30分したら二人とも調理を始めるので程々にします。
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掘り出し物

2023-12-30 | 日記
午前中ブックオフオンラインに注文した本を取りに行きました。それが下画像左ですが、例によって支払い時に当日限り50円引きクーポンをくれたので110円の文庫本を物色。

いつものように(ひとまず時間潰しにはなるので)アンソロジー集を探したのですが、あいにく目ぼしいものは見当たらず。それで帰ろうとしたところ、音楽本のコーナーで上右画像の品を見つけたため即刻レジへ。

帰宅後に本を開いてみたら前の所有者が買った時のレシートが挟んでありました。定価3800円+消費税です。それが中古としてしばらくの間税込1550円で売りに出されたものの買い手がつかず、結局私が末端価格(?)の170円で入手することになりました。ただし気懸かりはダブり買い。このシリーズはアマゾンのマーケットプレイスなどでせっせと集めていましたから。

それで棚をチェックしたところ幸いにも既所有ではありませんでした。

とはいえ「こうもり」のDVDを持っているのは知っていたので、残りのオペラDVDおよびBlu-rayのコレクションも出してみましたが、その中にも見当たらず。

判ってみれば上のDVDボックス(注)のDISC10でした。ただし、こちらは外国語字幕のみ。(注:これですね。全てが超名演です。ただし1〜5枚目はオーケストラのコンサートなので問題ないですが、歌劇と喜歌劇を収めた6枚目以降はちょっと困ります。)

ということで今日手に入れた格安品はそれだけでも十分価値がありました。たぶんこの正月休みに観ます。
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地元ネタ

2023-12-30 | 日記
昨日読んだ記事の一つがこれでした。たしかに最初は難読。私は自転車琵琶湖一周時に必ず岩熊(注)トンネルを通るので知っていましたが。(注:この本当の読みでちゃんと漢字に変換されたので少し驚きました。)二つ目の「山階町」はどこが難しいのかまるで不可解。(「高階」という姓だってあるし。)そして三つ目「小谷丁野町」は合併前の旧町区域ということで知りませんでした。合併といえば少し前に「滋賀県長浜市で60cm以上の積雪」といったニュースが流れましたが、それは豪雪地帯で知られる旧余呉町の話。こちらでは1cmも積もりませんでした。明らかに広域合併の弊害です。

続いて何度も取り上げた都道府県ランキングですが、つい最近というか、昨日「暮らしやすさが自慢の都道府県」「幸福度の高い都道府県」の結果が立て続けに掲載されました。いずれも滋賀県が2位ということで悪い気はしませんが・・・・この手のランキングは年によって、そしてリサーチした会社によって順位がガラッと変わります。それどころか、こちらの「街の住みここちランキング」は大東建託と同系列の「いい部屋ネット」によるものなのに全然違う(東京都が4年連続1位)。評価項目や調査対象(年齢層や人数など)が一緒ではないので当然といえますが。そういう訳で私は額面の半分も受け取っていません。
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悪酔いしそう

2023-12-29 | 日記

昨日の夕方受け取った品です。(配達指定してありました。)ここで採り上げるのは初めてだったようですが、実は今年2回目の購入になります。昨年度が勤続25年ということで、そのご褒美としてここなどで県産品を購入すると最大2万円までキャッシュバックしてくれるというありがたい通知を受け取っていました。それであちこち、いろいろ探しましたが、結局お値打ち感が最もありそうな近江牛を選びました。(訂正追記:既にここで紹介していました。)なお本来は焼肉用とすき焼き用の500g入りが1パックずつなのですが、二人では多すぎるので注文時に小分けを依頼しています。消費期限が今月30日なのでとりあえず全部冷凍しましたが、この年末年始休み(しつこいですが、たったの6日間)に半分食べるつもりです。

ところで上の同梱されていた紙類で遅ればせながら販売元の「カルネジャパン」という別名(?)を知りましたが、このチャンポンにはものすごい違和感が。やはり「カルネハポン」(Carne Japón)、「カルネジャパオ」(Carne Japão)、「カルネジャッポーネ」(Carne Giappone)などにしとかないと私的には座りが悪いです。(順に「肉+日本」のスペイン語、ポルトガル語、イタリア語ですが、さらにうるさいことを言えば "Carne japonesa" とか "Carne giapponese" のように後半部が形容詞でないと文法的にペケです。)何でわざわざこんな統一感のないネーミングをするのか理解できません。そういえば(どこかに書いていたはずですが)某人気ドラマシリーズの「スリーアミーゴス」などはその最たるもの。字面を眺めているだけで気持ち悪くなります。

おまけ
 「そういやフランス語の肉は『カルネ』じゃなかったな」と思い出したので調べてみたところ、やはり "viande" でした。(忘れてた。)ただし、"carne" という単語もちゃんと存在し、こういう意味でした。うっかり現地の肉屋で "Vends-moi de la carne." などと言ったら悲惨な目に遭うかもしれません。

おまけ2




こちらは既に国際的に認知されていますから当然でしょう。
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1勝1敗

2023-12-27 | 日記

今月初めの日記で触れた「しが割」第2回の抽選結果が今朝届きました。第3クール(左)は落選、第4クール(右)は当選でした。今のところとくにこれといった利用予定はありません。
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4日目

2023-12-19 | 日記
最終日は(フライトが13:20発だったので)午前中に赤レンガ倉庫やはこだて海鮮市場で土産物を買うだけの予定でしたが、それも2日前に済ませてしまったため、どう過ごそうかいろいろ考えました。

とりあえず朝食のため外へ。駅前(徒歩2分弱)ながら未だ足を踏み入れていなかった函館朝市に向かいました。

ここに入るのは後回しにして朝市ひろば、駅二市場と回りました。

他に個別の店舗も数多く、思っていたよりずっと広くてビックリ。


やはり観光客向けの市場ゆえ客引きが非常に積極的でした。なおチラシを部屋に置き忘れたのを思い出し、同じものをホテル1回のロビーへ取りに戻りました。前日買えなかったさきいかの店で使えるクーポン(2000円以上購入でとろろ昆布プレゼント)が付いていたからでした。

決して安くはないですが、試食して非常に美味だったので購入を即決。さきいか(普通のと燻製)の他にも2品買って計4320円になりました。

上は小袋入りの干物を次から次とおまけにもらっているところ。おそらく値切ればある程度まで安くしてくれたのでしょうが、それを全然しなかったので代わりにサービスしてくれたということでしょうね。


2日前に食べた自由市場にも未練はありましたが(注)、市電で往復するのも億劫なので、先のどんぶり横丁で朝食を摂ることになりました。(注:厚切りの鮭が8切れで1000円、炭火代が500円、ご飯と味噌汁が各200円×2で合計2300円という見積もりでした。)両サイドに奥までずっと店が並んでいるのを一通り見て回りましたが・・・・・・・

結局、価格的に納得がいった入口近くの店に戻って注文。私が選んだのがおすすめ丼(左、ご飯の大盛りは無料)、Lindaが食べたのが特A丼(右)。それにおかわり自由の味噌汁(岩海苔入り)が付いて二人分が2000円ちょっとですからコスパはかなり良いと思いました。(というより私はいかに豪勢でも海鮮丼1人前に2500円とか3000円 (あるいはそれ以上) を払う気はないです。だったら寿司を食べます。)

ホテルの部屋に戻り、読みかけの文庫本を開いたのですが・・・・・思い直して先にGoogleマップで見つけていた場所を訪れることにしました。私にとって自宅外の読書というのは、あくまで鉄道や飛行機による移動中や待ち時間など、他に選択肢がない場合の暇つぶしであり、積極的に行うものではないからです。

先に来た朝市の前を通ってもう少し海側へ進むと港に係留された大きな船が見えます。1988年に引退した青函連絡船摩周丸で現在は記念館として公開されています。(入館料は500円。当地でそれまでに入った施設では100円もしくは300円でしたが、ここはそれなりに維持費もかかると思われるので妥当でしょう。)以下、適当に貼っときますね。





現役の船なら絶対入れてもらえない操舵室にも。


こちらは通信室。モールス信号の体験もできます。(自分が知っているのはSOS、それに「イトー、ロジョーホコー、ハーモニカ」ぐらいですが。)



最後は甲板に上がりました。函館山とも今日でお別れ。

再度ホテルに戻り、これ以上時間つぶしもできそうにないのでチェックアウトしてバス乗り場へ。11時ちょうどのシャトルバスで空港へ向かうはずが40分早くなりました。なお、お昼はラッキーピエロ函館駅前店で再度テイクアウトしたらどうかと提案しましたが、時間が経つとソースが袋から染み出して酷いことになるという理由でLindaが却下。事前リサーチでは空港内にこれといって食欲をそそる飲食店が見当たらなかったため、結局コンビニで買ったパンや揚げ物で済ませました。あとは何事もなく帰宅できましたので、もうこれ以上書くことも思いつきませんが、その時食べたカレーパンが初日のそれ(五島軒)の半額以下だったにもかかわらず自分にはより美味しく感じられたことを付け加えておきます。結局、私には繊細な味の食べ物は無縁というか「猫に小判」なのでしょう。
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3日目

2023-12-18 | 日記
このツアーには朝食が1回だけ付いていました。どの日でもOKでしたが、ゆっくり出ても良いこの3日目を選びました。

とりあえずご飯に塩辛を載せましたが、その後画像左上にある海産物(一つはイクラ、マグロなど、もう一つはウニ、サーモンなど)の小瓶を・・・・・

二つとも空けて豪華な海鮮丼に。あまりに美味だったのでお代わりしました。


あと数量限定ながら、この瓶入り牛乳も濃厚な味を堪能しました。このビュッフェ式朝食は、通常の税込2640円に対して宿泊客は同2200円(現金払いのみ)ということでコスパは悪くないと思います。さすがに毎日だと飽きるでしょうが。(魚卵の摂りすぎなど飽食による生活習慣病も怖いし。)

あまり早く行っても仕方がない(終着駅前の道の駅が開いてない)ということで、道南いさりび鉄道は始発の次(函館8:53発)に乗ることにしました。ところで私は1日乗車券の利用可能区間が(函館〜木古内でなく)五稜郭〜木古内である理由がしばらく理解できませんでした。「なぜ函館〜五稜郭を除外するんだろう?」と。その区間は函館本線といさりび鉄道が(JRと私鉄のように)並走していると錯覚していたのでした。が、元は同じ国鉄の路線ですから、そんな不経済な敷設をするはずもなし。判ってみれば当然ながら、いさりび鉄道がJR線に乗り入れているというだけの話です。何にしても五稜郭〜木古内の運賃は片道でも980円なので、往復すれば文句なしに1日乗車券の元は取れます。

とはいえ一駅だけに250円払うのは癪といえば癪。「もし五稜郭までチェックされなかったら・・・・」などと良からぬ考えも頭を過ります。

しかしながら、ここは大人しく買いました(注)。そういえば無賃乗車の動画を自慢気にアップロードしたアホ旅行者がいたみたいですが、そんな輩と同じ狢になりたくはありませんからね。(注:少し後に気付いてみれば、乗車券なしには自動改札を通れないので最初から無理でした。ただし、さらに後で考えてみれば、入場券で通って・・・・というセコイ真似はできたかも。もっともJR北海道のそれは他地域よりも高い200円なので50円浮くだけ。ハイリスク・ローリターンとしか言いようがないです。)

先の記事に画像を貼りましたが、私たちが乗ったのは旧国鉄時代のディーゼル気動車。他に着いたばかり、あるいは逆方向のホームでカラフルな車両(上下画像)も見ました。・・・・と一度は書いたのですが、こちらにある通り古そうに見えたのも実は復刻車両でした。(なーんだ。)

なお、カラフル車両の側面には "South Hokkaido Railway" の文字が。「いさりび」は無視かい!(訳しにくいとは思うけど。)

ついでながら「いさりび」をLindaに説明すべく翻訳アプリを使ったらまたしても笑わせてくれたので貼っときますね。

固定式の対面ボックスシートは久しぶりかも?

出発直後、「道南いさりび鉄道に乾杯!」と発声し缶ビールを開けるつもりだったのですが、朝飯の食べすぎで食欲ゼロ。飲み物も遠慮したい気分だったので先送り。つまり写真は寸止めです。(なお、この日は純粋に鉄旅を楽しむつもりだったため文庫本は宿に置いてきました。)

ワンマンカーで停車時にはほとんどの駅で前のドアだけが開いていました。つまり無人駅ということですが、このように味のある駅舎(撮り鉄さんには格好の被写体)がいくつもありました。

これは明らかにキリスト教会を模していますね。という訳で、トラピスト修道院の最寄り駅、渡島当別駅でした。(後の祭りですが、ここにある通り徒歩20〜30分で行けるのなら、下車観光して1本後の列車に乗るという手はありました。)ここで乗客の多くが降り、私たちを含めて4人だけになりました。

あとこんな左右非対称の屋根も印象的でした。おそらく雪対策でしょうね。

終点の木古内駅に到着。

この先もずーっと線路は続いていますが、(北海道新幹線開通に伴う廃線により)列車が走ることはありません。

列車はそのまま残っていましたので折り返し運転をすると思われました。奥にJR木古内駅が見えます。ボロボロの跨線橋とのあまりの落差に頭がクラクラする思いでした。

あちこちの駐車場には山積みにされた雪が残っていました。

キーコという名の町公式キャラクターらしいです。

とりあえず海岸まで歩きました。霞んではいたものの対岸(津軽半島?)が何とか見えました。


引き返して道の駅でしばらく休憩。「ミニ水族館」でほっこり。

再び駅へ。道南いさりび鉄道の駅舎も新しくなっていますが、やっぱり奥のJR駅とのギャップが凄まじい。(それは糸魚川でも感じましたが、ここまで極端ではなかった。)というか、新幹線の発着のためだけにここまで立派な建造物が必要なのか、納得いきません。(ダメ押し的ですが、こちらに載っている1日平均乗車人員は2桁で道南いさりび鉄道とドッコイドッコイ。隣のこれよりはマシですが。)



待合室は「ミニ博物館」のごとく江差線時代の看板などが展示してありました。

発車までまだ時間があったので新幹線駅にも足を運んでみましたが・・・・・

こちらは何も面白いものはなし。次に列車が来るまで2時間以上あるみたいですが、4時間足らずで東京に着けてしまうのはやっぱスゲーと思いました。

帰りは敢えて書くこともなしですが、右手に見える函館山がだんだん大きくなっていきました。恥ずかしいことに往路ではこれを対岸の下北半島と勘違いしていたのでした。(我ながらどういう距離感しとるんだ?)

五稜郭駅で下車しJR函館本線に乗り換えます。この時も手持ちの切符(函館→五稜郭)だけで乗車し、後で乗越料金を払った方が安上がりになるかも、という良からぬ考えが浮かびましたが(注)、乗り継ぎ時間も十分あるので素直に出て買い直しました。(注:ただし切符には発券時刻が印字されているので駅員から不審に思われる可能性があるし、ワンマンカーでの現金払いとなれば運転手を煩わせ、他の乗客を不要に待たせることにもなります。止めましょう。)

ここの跨線橋には往年の名車両の写真が。ただし・・・・・

下にはこのような依頼文が。迷惑行為が後を絶たなかったんでしょうね。

函館駅から来たのは案の定ワンマンカー(1両編成)でした。

ここからの乗車についてプランを練る際には紆余曲折がありました。詳細はこちらこちらに任せるとして、函館本線の七飯〜大沼、大沼〜森にはそれぞれ二つのルートがあり、8の字を描いています。そのため乗車時にどのルートを通るかを確認しておかないと、例えば新函館北斗駅で新幹線に乗り換えたい人がそっちには行かないと知って大慌てする(時間のロスで指定席特急券の指定席分を無駄にする)ということにもなりかねません。それはともかく、私はこの路線図を見てどうせなら全部乗ったろかと思いました。森駅で有名ないかめしを買って食べ、帰りは鹿部経由で戻る。(時間があれば鹿部の間歇泉も見物する。)けれども乗換案内であれこれ検索した結果、普通列車の本数の少なさゆえ1日がかりでないと無理なことが判明しました。(また道の駅しかべ間歇泉公園はJR沿線にはなく、バスで行っても帰りの足の確保が難しいことも。)つまり、道南いさりび鉄道を諦めるか、今回のように午後から函館本線乗車なら帰りが夜になるのを覚悟する(16時早々の日没なので車窓からの景色もへったくれもなくなる)かのどっちにしても嬉しくない二択。それで本当に訪れたかった大沼公園だけにしました。

山間部(トンネルも複数)を抜けたら「小沼」という名の湖が目前に。琵琶湖の北湖と南湖ほど面積に違いはないものの、くびれを境にして大沼と小沼に分かれています。次の大沼駅で下りると無駄に歩く羽目になるので、その次で下車するよう注意喚起のアナウンスが流れました。

ということで大沼公園駅で降りました。

(ここは正真正銘の単線というか、待避線もないんですね。これではすれ違いも特急の通過待ちもできません。地元では無人の小さな駅でもこういうのはあまり見た記憶が。)

駅を出てまずはここで名物のさきいかを買うつもりでした。ところが、あいにくの閉店。売り切れたので閉めたのか、元から定休日だったのかは不明ですが。

それで記念撮影だけに。

29年前に来た時はレンタサイクルで大沼をグルっと1周しました。調べてみたら約14kmなので1時間もかからなかったはず。しかしながら寒がりのLindaが同伴してくれるはずもないので、徒歩で散策することに決め、このマップを印刷&持参していました。距離感が掴めず所要時間も不明でしたが、可能なら線路より東(大沼側)にある3コースを制覇するつもりで、まずは「森の小径」から。

積もりに積もった落ち葉を放り投げたところ。ちょっとシャッターが早すぎました。

出発した時には知る由もありませんでしたが、そして肉眼ではこのようには全く見えないのですが、湖をバックにLindaを撮影しようとして思わず息を呑みました。スマホの画面では上空の雲がクッキリと。

別名「鏡湖」の余呉湖も湖面は静かなことが多いのですが、こういうのは滅多に撮れません。やはり閉ざされた場所の小内湖だからこそでしょうね。

という訳でこれでもかとセルフィーを。(載せるのはこれだけにしましたが。)


「島巡りの道」は遠方の駒ケ岳が見事でした。続く「大島の道」は期待外れでそそくさと帰還。

散策の前からLindaが所望していたソフトクリーム(夕張メロンミックス)を。この寒いのによく食べる気になるなぁ。(「別腹」とは違いますが、こういうのは何と言うんでしょう?)

手探り状態のまま歩き始めましたが、大沼公園駅14:44発に乗り遅れたら次の普通列車は16:41発(それも大沼止まりのため函館着は17:43)なので、その場合は1.5kmを歩いて大沼駅15:55発で函館に戻るつもりでした。が、十分に景色を堪能しても余裕で戻って来られました。

今度こそ呑み鉄三昧。実は駅の待合室で既に日本酒を飲んでいました。

帰路は行きとは別ルートということで新函館北斗駅にも停車。(今更ですが、私はこちらに来るまで北海道新幹線が函館まで来ていると思い込んでいました。こちらにあるように乗り入れの構想はあるようですが。)

これは車庫の前。さすがに動いている新幹線は撮れないでしょう。

方角はぜんぜん違うのに、こちらも帰りは右手に函館山が見えるのが面白いと思いました。

終点の函館駅に到着。線路もここで終わっています。明るい内に戻って来られました。

これにて観光は終了し、残すは夕食。北海道にはラム肉の名物料理(ジンギスカンのこと)があると先にLindaに言ったところ、よく焼いたのが食べたいと答えていました。(ミディアムでもダメ出しするし、ローストビーフは生だと言い切る人です。)野菜の上で蒸し焼きにするジンギスカンがそれに該当するかは微妙ですが、何はともあれホテルで少し休んでから予定していた店(徒歩3分)へ向かいました。着いたのは開店(17時)の数分前。待っている間、入口の貼り紙に目を通したのですが、その約束事の多さに嫌気が差してしまいました。(たぶんマナーの悪い客が腹に据えかねていたのでしょうけど。)

それで前日食べた居酒屋の隣の店に急遽変更。注文時に焼き野菜はどうするか聞かれましたが断って肉だけ。(他にサラダとソフトドリンク。)

多言語によるジンギスカンの作り方指南書も置いてありましたが、完全に無視して普通の焼肉に。食べ放題は言うに及ばず、外で焼肉を食べる際に野菜やライスで胃の空き容量を減らすのは愚の骨頂と考えている私にもこれは望むところ。結果として支払額は最初に入ろうとした店よりちょっとだけ高くなりました。が、そちら(先述の注意書きから肉の重量は把握)よりも多量&多様のラム肉を味わうことができたのは確実なので不満はないです。

おまけ(前回の続き)
 本文に記した通り、大沼公園も29年前に訪れているのですが、それが函館市内散策の前だったのか後だったのかがどうしても思い出せません。札幌での学会終了後、フェリーで帰る人達と別れ、さらに一人になりたいという理由でJRで一緒に来た留学生とも別れ、ワイド周遊券で乗れる在来線特急の自由席で函館へ向かったことは間違いないのですが、大沼公園はその途中に下車したのか、それともいったん函館に着いてから戻ったのか? そういった前後関係が記憶からスッポリ抜け落ちています。大沼公園が朝方、函館山が日没後だったのは何となくながら憶えていますので、前者の可能性が高いですが、学会が終わったのは午後なので札幌で1泊しない限り午前には着けない。しかし、予定を変更して滞在を1日延ばしたという記憶はない。となれば当時は数多く存在していた夜行の特急列車に乗った、あるいは駅構内などで一晩を過ごしたのかも。(ちなみに函館では1泊もしませんでした。)
 また函館から先の記憶も飛んでしまっています。青函トンネルを通る快速列車で青森まで行ったのは確実ながら、そこから夜行の急行八甲田(上野行き)と普通列車を乗り継いで名古屋の下宿に戻ったのか? それとも日本海回りで新潟へ行き、そして急行きたぐに(同じく夜行で大阪行き)で長浜の実家へ帰ったのか? 思うに当時の私は将来の見通しが全く立たず「お先真っ暗」「八方塞がり」の状態で、これまでの人生を振り返っても精神状態が最もよろしくない時期でした。そのため防衛本能として忌まわしい記憶を残さないよう脳の無意識領域が働いたということかもしれません。
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2日目

2023-12-17 | 日記
前日に五稜郭を消化したお陰で余裕ができました。次の訪問予定地だった熱帯植物園は当然繰り上げですが、そこへは開園時刻の9時半までに着ければ十分ということで、外でゆっくり朝食を摂ってから向かえば良いだろうと考えていたのですが・・・・・直前に気が変わりました。7時半に出発。既に夜明け前から雨が降っていましたが、4日間も滞在すれば1日ぐらい天気が崩れるのは織り込み済。それよりも寒さが案じていたほど厳しくないのが助かりました。

植物園とは逆方向の市電に乗り、停車中に1日乗車券を買いました。そして魚市場通で下車。9月訪れた氷見では見学したいと思いながら休場で叶わなかったからです。




中に入ってみれば、そこは小売店とか飲食店の関係者が買い付けに来る場所のようで、食堂も観光客も全く見ませんでした。

停泊中のイカ釣り漁船が数隻。

奥には立ち並ぶ赤レンガ倉庫群。さらに遠方には函館山が。この後、出口を探していた時に呼び止められました。ここは許可なくして立ち入ってはいけない場所(ただし一般人も事前に入構許可を取ればOK)だったとは! 全く知らなかったとはいえスンマセン(平身低頭)。

再び市電に乗って移動。傘は差していましたが結構濡れました。左腕のポケットに入れていた乗車券もいつしかグッショリ。

新川町で降り、真ん前のはこだて自由市場へ。

ここは駅前の函館朝市ほど観光地化していない(地元の人が買いに来る)ため割安というレビューを見ていました。

一回りして生タコ、イカ刺し、マグロ中落ちのパックを購入し・・・・・・

それらをイートインスペースで買ったご飯に乗せて即席の海鮮丼。(ここでは釧路の勝手丼のようにネタを一切れ単位で買うことはできないようです。)あとアオサの味噌汁も。

計算してみたら一人当たり1200円。十分お値打ちな朝食で、とくに大きめにぶつ切りされた生タコが絶品でした。ちなみに500円払えば炭火を使うこともでき、ホッケやLindaの大好物のサーモンなどを網で焼くことも可能。それで後日もう1回来ようということになりました。

函館競馬場の前を通過。私が人生で最も競馬場に近づいた瞬間だったかも。(競輪場なら自転車琵琶湖一周時に大津で必ず前を通るのですが。)レースはたまにテレビで観ても馬券は一度も買ったことがありませんからね。

終点の湯の川で降り、そして徒歩で1kmほどの植物園へ。(1日乗車券を買っていなければ駅からバスで直に来ることもできました。)入場直後、左前方に人だかりが見えたので目当てだとすぐ判りました。

温泉に入る猿といえば長野の地獄谷の方が有名でしょうし、それをテレビで観たLindaからもせがまれていましたが、関西からはちょっと行きにくい。(東京からは大手旅行社のバスツアーが出ているようですが。)それでひとまずこれで満足してもらうことにしました。とはいえ、雨足は一向に弱まる気配がなく、それ以上に参ったのが強風。

それで温室内に避難。

実際にも雨粒が落ちてきました。




ヘラクレスオオカブトなど外国の甲虫の展示も。

この多肉植物の学名(種名)が・・・・・

パラグアイに由来するとは全然知りませんでした。マテ茶の原料であるIlex paraguayensisは講義でもちょっとだけ触れているので頭に入っていますけど。(他にサボテンやオオトカゲにも。ちなみに同国原産のステビア (Stevia rebaudiana) やパラグアイオニバス (Victoria cruziana) には入っていません。)スマホで雨雲の動きをチェックしたところ10分後(10:50頃)に雨が止むという予報だったのですが見事的中。外に出ました。

手を叩いて餌(入口にて1袋100円で販売)をおねだりしています。

ここでLindaが最も印象に残ったものを話してくれたのですが(私も同意)、そして動画にも写っているのですが伏せときますね。その代わりに現地でも上映していたこちら(埋め込みは禁止らしいのでリンク)を貼っときます。

前日スーパーに寄る途中に場所を確認していたネパール料理店で昼食。3年前の道東旅行では結局食べ損なってしまったスープカレーを是非にと思っていました(ここがランチでも出しているのは確認済)。あとノーマルなチキンカレーも。ところが予想外の事態が。スープカレーはサラサラのインディカ米と合うので当然それですが、チキンカレーに添える方はナンを頼んだはずなのに出てきたのはともにライス。言えば代えてくれたかもしれませんが、時間が勿体ないし、言った言わないで揉めるのも嫌だったのでそのまま食べました。ちょっと残念。飲食店での注文時の「復唱します」が煩わしいと思ったりする私ですが、やっぱり必要かなあと思ったのでした。

停留場で多言語によるこういう表示を何度も見かけました。その理由を後で知らされることになります。(予想はついたのでLindaに話しました。)


何度もスマホを構え、ようやく決定的瞬間(大袈裟)が撮れました。既に語り尽くされていることとは思いますが、関西人にはやはりインパクトがありますわ。(後の街歩きツアーでもガイドさんがしっかりそれに言及していたし、私たちと同じく阪急交通社のツアーで参加したと思しき人達も一様に頷いていました。)「よっぽどイライラが溜まってたんやなぁ」とあれこれ想像してしまったのは決して私だけではないはず(苦笑)。

北方民族資料館の近くで下車。旧日本銀行函館支店だったそうで、たいそう立派な建物です。

天井は高いし、大正15年(1926年)建築当初の設備等も一部残されていました。


そして興味深い展示物も多数。前日の繰り返しですが、これで入館料金300円は安すぎ。

(隣の文学館は「石川啄木生誕百年記念」の文字も見えましたが、既述した通り興味がないのでパス。)


続いて郷土資料館にも。


漢字は右から読みます。元は旧金森洋物店だったそうですが・・・・・

その金森さんは赤レンガ倉庫の創業者でもありました。

最終日の午前中にここでショッピングのつもりだったのですが、午前中に遠目から見たLindaが行きたがったので。二人ともお土産をタップリ買いました。

このツリーを見てもLindaは冷淡な表情。(馬鹿騒ぎするだけのハロウィンはもっと酷いですが)日本のクリスマスはイエスも十字架もそっちのけで盛り上がっているのが非常に気に入らないようです。おっしゃる通りで返す言葉もありません。

このままブラブラして街歩きツアーの集合時間まで過ごすはずでしたが、デイパックが土産物で重くなってしまい、それを背負っての長時間歩きは辛い。時計を見たらまだ1時間あるので一旦ホテルに戻ることにしました。この判断は正解でした。

遅ればせながらですが、画像左がそれです。

新選組最期の地ということで、こういうのもありました。

元はデパートだったという函館市地域交流まちづくりセンター(写真を取り損なったので代わりにこちらを)のロビーがツアーの集合場所。ところが本日2度目となる想定外の事態が。受付の人に名前を告げたところ私たち(泉夫妻)はリストに乗ってないとのこと。んなアホな! で手持ちのクーポンを見たら、たしかに日付は10日(翌日)となっていました。でも・・・・・

これは旅行社サイトのマイページに掲載されていた日程表で、同じものが自宅にも郵送されていました。(後でツアーの紹介ページを確認したところ「2日目又は3日目のご選択日での参加となります」と書かれてはいたものの)それゆえ私は2日目がガイドツアーで3日目が完全フリーと思い込んでいました。それでちょっと不安に。(翌日使用予定で日付変更不可の道南いさりび鉄道1日乗車券をパーにしたくはありません。)それで「今からでも入れてもらえますか?」と尋ねたらOKの返事だったのでホッと一息。また函館山ロープウェイの乗車券もクーポンの日付と違っていても交換できると聞きホッと二息。(以下憤懣:クーポンが届いた時点で確認すべきだったのでしょうが、旅行社にも混乱を招いた原因の一端があることは明らか。帰宅後にアンケート依頼のメールを受け取ったので文句を言ったろと思ったのですが、自由回答の欄がなく残念。)

定刻の16時にボランティアガイドさんの先導でツアー開始。まちづくりセンター向かいの歩道に日本最古(大正12 (1923) 年建造)のコンクリート電柱が立っていました。右画像の方が新しい(昭和)にもかかわらず、混ぜ物のせいでヒビが入っているのが面白いという説明でした。

このような和洋折衷様式(1階が和、港から見える2階が洋)という建物がそこら中にありました。

続いてレンガ倉庫へ。18時ジャストに始まるツリーのライトアップに合わせてくれたんですね。さすがのLindaもこの魅力には抗し難かったようです。

東日本大震災の時、津波がここまで(背の低い自分の首辺りまで)押し寄せたと説明されているところ。全く知りませんでしたが、函館でも一人亡くなられたそうです。


坂の上に見える旧函館区公会堂まで歩きました。2週間前は路面が凍結し、手すりを掴まなければとても登れなかったそうです。そういえば(これまた写真を撮らなかったのでリンクで代用しますが)こちらで紹介されている「すべり止め砂」を収納したボックスをあちこちで見ました。私はそんな恐ろしいところで車を運転するのは絶対嫌です。

その坂道の脇には銅像がいくつも建っていましたが、「ガイドになるには試験にパスする必要があり、誰の銅像なのかも問われるので全部覚えたけれど、合格して3年経ったら全部忘れた」とのこと。わかります。私もLindaの受験勉強(運転免許学科試験)に付き合って道路交通法を必死で勉強しましたが、果たしてどれだけの知識が残っているやら?


数多い坂の中で最も人気がある八幡坂にて。そこそこ見られるセルフィーも何とか1枚撮れました。

その後は上のハリストス正教会(ロシア正教)など、キリスト教や仏教の建造物を巡ってツアー終了。そのまま帰る人は坂を下り(注)、私たちと同じく函館山に登る人はロープウェイ乗り場まで案内してもらいました。(注:その下り切る少し前に前日触れた五島軒の本店があり、そこで晩餐を楽しんだ人もいるでしょう。その高級レストランは私も検討しましたが、コース料理は予約が必要だし値段は5桁。セットメニューもコスパが悪そう。記念に手頃な価格のカレーを食べる手はありましたが、リンク先の写真を見る限り量が足りなさそうなので見送り。)着いて間もなく、18時開始の打ち上げ花火が見られ皆大喜び。時間を合わせてくれた訳でもないでしょうがガイドさんには感謝です。

ロープウェイ乗り場は人、人、人。けれども一度に積み込める人数が多いため次の便に乗れました。

4年前の長崎旅行では自撮り棒がなかったのでいいのが撮れませんでした。今回はバッチリ。フロントカメラは単一レンズゆえピントがどうしても甘くなりますが。

夜景の美しさではやっぱりこっちです。これで2日目の観光は終了。市電で函館駅に戻り、事前リサーチしていた回転寿司(非大手のちょっといいチェーン店)で晩飯を食べるべく、店舗のある地下1階に降りてみたら入店待ちの人、人、人。そして順番待ちの発券用タッチパネルを見たら「21組」と表示されていたので「こらアカン」と退散。

それでホテル向かいの建物内にある居酒屋で(前回の道東旅行の最初の食事と同じく)ザンギ定食を食べました。注文時に少々時間がかかる(大ぶりの鶏もも肉にしっかり火を通すため)と言われましたが、待った甲斐は十分ありました。

おまけ
 この日は市電の1日乗車券購入時にもらった市街マップを片手に歩いたのですが、午後資料館巡りをしていた時、「亀井勝一郎」の文字が目に入ってハッと思い出しました。函館に初めて来たのが29年前だったことは先に書きましたが、当時の私が小林秀雄と並んで傾倒していた文芸評論家の名前です。(今や「それ誰なん?」という扱いでしょうけど。小林ですらそうなりつつあるような。)それで亀井氏の生まれた地を是非ともこの目で確かめたいと思ったことが当地を訪れることにしたそもそもの動機でした。(もう長いこと氏の著作から遠ざかっていたこともあり、それを完全に忘れていました。)文学碑や生誕の地碑はもちろん、氏のエッセイにもしばしば登場する教会や寺院仏閣も巡り、最後は徒歩で函館山の頂上まで登って夜景を見たのでした。けれどその時の私の気分はといえば・・・・・景色に感動するどころではなく気分はずっと沈んだまま。いや、むしろ半ば自暴自棄の心境だったと思います(つづく)。
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ひとまず解決

2023-12-16 | 日記

今晩画像左のCDを再生する必要があるので、過去記事で触れたBOSE社のBluetoothスピーカーを引っ張り出してきたのですが、大小ともどうしてもスマホとの接続ができませんでした。長いこと使っていなかったのでバッテリが空っぽなのは当然ながら、それでも電源アダプタを繋げば作動するはずなのに・・・・・いくら充電してもダメ。困りました。

それであちこち検索し、こちらで見つけたミュート長押しで解決しました。そうか、リセットが必要だったのか。なお両機とも買ってから何年も経っているので、満充電を示す緑ランプが点灯しても電力供給を絶てばすぐ切れるはずです。

追記

という訳で、昨晩開かれた日本語教室のクリスマス会の最後にみんなで「きよしこの夜」を歌うために再生装置を持って行ったのですが・・・・・・結局、歌はなしになりました。聞いたところでは、あるインドネシアの生徒さんが「自分はイスラム教徒なのでクリスマス会には行かない」と言ったという話ですし、参加者はベトナム、インドネシア、ミャンマー、フィリピン、台湾と全てアジア出身(かつて多かった中南米はゼロ)でキリスト教徒(カトリック)が多いのはフィリピンのみ。加えて歌詞カードも日本語、英語、ドイツ語(原語)、スペイン語、ポルトガル語、および中国語版しか用意していませんでした。


ところで乾杯前に飲み物を取りに来てもらったところ、ソフトドリンク(ジュースやコーラ)は少数でフィルター式のホットコーヒーを淹れた生徒さんが大多数でした。寒かったこともありますが、何といってもベトナムとインドネシアはコーヒーの生産大国(それぞれ世界第2位と第4位)ですから当然かもしれません。
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