新型コロナウイルス関連の情報を調べていると、どうしても「免疫」についてもっと知らなければという気になる。
これまでに当ブログにアップした話題の中にも、何度か免疫に関する用語が登場した。「集団免疫」、「T細胞免疫」、「抗体」などであった。私自身は用いなかったがTV報道などで頻繁に登場する用語には「自然免疫」、「獲得免疫」、「IgM抗体」、「IgG抗体」、「サイトカインストーム」といったものも出てくる。
ウイルスなどの外敵と戦う我々の体の働き、それが免疫であるということは理解するものの、その具体的な仕組みはとなると私はよくわからない。
感染者数と死者数のデータを見ていると、今回の新型コロナウイルスに限らないが、糖尿病、高血圧、肥満などの基礎疾患を患う人や老人は、健康な若者に比べて致死率が著しく高いとされているが、それはどのような理由によるものか、といったことなどを知りたくなる。
そうしたことを改めて勉強してみようと思い、書棚を探して、「免疫の意味論」(多田富雄著 1993年青土社発行)を見つけた。見つけたというのは変な話だが、以前堀文子さんの随筆を読んでいて、著者の多田富雄さんのことを知り、ある時古書店でこの本を見つけて買ったのであったが、内容が難しすぎて、すぐに本棚にしまい込んでいた。
今回は、新型コロナウイルスと免疫という具体的な課題が出来たので、あらためて読み直すことになった。進歩の著しい免疫分野のことなので、内容がやや時代遅れになっているのではと著者に失礼なことを思ったりしたが、まずは基本的なことを知っておこうと、読み始めた。
相変わらず難解ではあるが、読書100篇、繰り返すうちに次第に用語にも慣れてくるであろう。
この本のずいぶん後の方に、気になっていた、若者と老人との違いを、インフルエンザウイルスへの感染を例にとり比較した文章があるので、まずそれを紹介すると、次のようであった。
「冬の朝、同じバス停でバスを待っている青年と老人が、同じインフルエンザウイルスに曝されたとしよう。青年がインフルエンザウイルスに曝された場合、青年はインフルエンザにかかりにくいが、かかったとしても、定型的な一次免疫反応の経過をたどって、数日のうちに治癒してしまう。一時免疫反応というのは、はじめてこの抗原(インフルエンザウイルス)に出会った時の定型的な反応である。
ウィルスが細胞内に入り込み自己複製を開始すると、まずインターフェロンの合成が始まり、ウィルスの増殖を抑えようとする。
マクロファージが異常を察知して、IL1などの炎症性物質を出す。IL1は発熱物質なので、熱が出、体は汗をかく。ウィルスの粒子や蛋白はマクロファージに取り込まれ、消化された断片はクラスⅡ抗原に結合してヘルパーT細胞を刺激する。
ヘルパーT細胞からは、B細胞やキラーT細胞を刺激したり、炎症を引き起こすインターロイキン群が生産される。
ウィルスが感染した細胞では、ウィルスの構造蛋白がクラスⅠ抗原に結合して細胞の表面に提示される。それをキラ-細胞が認識、刺激を受ける。ウィルスを発見したB細胞も動員されるが、それはまだ、ウィルス中和能力の低いIgM抗体を遊離するばかりである。
とにかくこうして起こった免疫系の大騒動によって、インフルエンザの症状はクライマックスに達する。
しかし間もなく、B細胞はヘルパーT細胞の指令(その多くはインターロイキンの働きに帰せられる)を受けて、ようやく中和能力の高いIgG抗体を大量に分泌しはじめる。
IgG抗体はウィルスに直接取り付き、他の細胞への感染性などの動きを抑えてしまう。これがウィルスの中和である。インターロイキンの影響下で、キラーT細胞はウィルス感染細胞を次々に殺してゆく。壊された細胞から飛び出したウィルスにはIgG抗体が待ちかまえて中和する。
やがて炎症はおさまり、サプレッサーT細胞が、それ以上免疫反応が過剰にならないようにヘルパーT細胞の働きを抑え、反応は終息する。青年は、再び青空のもとを疾走し、病気の残骸を吹き飛ばすかのようにサッカーのボールを蹴る。」
これが、若者がインフルエンザウイルスに感染し、治癒するまでの流れである。このところTVなどでよく取り上げられるようになったIgM抗体、IgG抗体が登場してきたが、そのほかにも多くの専門用語が出てきた。
さて、次に青年と比較して、我々老人がインフルエンザウイルスに出会ったときの体の反応は次のようになるという。
「老人のインフルエンザはいささか違う。それほど高い熱が出ないのに、全身がけだるい。初期の防衛反応であるインターフェロンやIL1の生産が悪く、ウィルスは広範に広がる。
T細胞の反応もおかしく、インターロイキンのいくつかは過剰に作られるが、あるものはあまり作られない。そのために片寄った炎症が肺などに現われ、通常は問題にならないような細菌が増殖して肺炎を起こしたりする。
B細胞は、ウィルスを中和できるような抗体をあまり作らない。病気は長引き、肺炎などの二次的な合併症を起こすようになり、それはしばしば致命的である。
インフルエンザが治ったとしても、血液中のガンマグロブリンの濃度は異常に高く、炎症性のインターロイキンもなかなか消失しない。ときにはひそんでいた免疫異常、たとえば自己組織を破壊するような抗体による障害が、風邪を契機に出現することもある。・・・ 」
なんとも悲しくなる老化に伴う免疫反応の変化であるが、この二つの話の中に登場した専門用語を並べると、次のようである。
インターフェロン、マクロファージ、IL1、クラスⅡ抗原、ヘルパーT細胞、キラーT細胞、B細胞、クラスⅠ抗原、中和抗体、IgM抗体、IgG抗体、インターロイキン、ガンマグロブリン、サプレッサーT細胞 などである。
それぞれの役割は書かれているが、さっと読んだだけではよくわからない。これらの物質をもう少し整理し、理解しなければならないようである。
ところで、上の話は若者にとっては、致命的でない季節性インフルエンザの場合の話であるが、老人にはとても危険なものであることがわかる。
今、世界中を混乱に陥れている新型コロナウイルスの場合は、季節性インフルエンザに比べると、より致死率が高いことが分かっているが、それでもこれまでの日本におけるデータを見ると若者が死亡するほど悪性のものではない。
厚労省のホームページで公開されている「新型コロナウイルス感染症の国内発生動向(令和2年10月21日18時時点)」には3種類のデータが示されている。
この中の、年齢(階級)別のデータは次のようである。
年齢階級別陽性者数(厚労省HPより 2020.10.21付情報)
年齢階級別死亡数(厚労省HPより 2020.10.21付情報)
致死率(死亡率)については次表のようにまとめられている。
30代以下の年齢層をみると、累計陽性者数では全体の52.3%を占めているが累計死亡者数での割合は0.48%であり、年齢別に見た累計の死亡者数の累計陽性者数に対する割合は実質ほぼゼロと、新型コロナウイルスは若者にとってはそれほど恐れる必要のないものであることがわかる。他方、インフルエンザウイルス同様、新型コロナウイルス感染も老人にはとても危険なものである。
こうしたことを知ったうえで、改めて先ほどの「若者と老人」のストーリーに出てきた専門用語の意味するところと、それらが体内でどのようにして作られているか、またそれらの働き、相互作用について、確認していこうと思う。
実は、この1993年発行の「免疫の意味論」では用いられていない表現であるが、最近の免疫についての解説を見ていると、まず「自然免疫」と「獲得免疫」についての説明から始まることが多い。また、これ以外にも、例えば「インターフェロン」という用語が登場するなど、最近の解説とは表現の異なる個所もいくつか見られる。そこで、ここでは「免疫の意味論」から離れて、先ずこの「自然免疫」と「獲得免疫」がどのように解説されているかを見ていく。そのうえで、改めて先の若者と老人の話を読み直すとより理解が深まるはずである。
我々に備わるこの2種類の免疫にかかわる細胞(白血球)は次の様にまとめられる。
「自然免疫は」細菌やウイルスなどの異物が体内に侵入した時に真っ先にこれらを排除するために働くもので、下表にある、「マクロファージ」、「樹状細胞」がいち早く異物を食べて分解・消化する。「マクロファージ」からはサイトカインが放出されこれ、これを受けて「好中球」が参加し、異物を食べる。ウイルスなどを食べた好中球は死んで膿となる。ウイルスが細胞内に侵入した場合には「NK細胞」がその細胞ごと食べてしまうことで、感染を防止する。
自然免疫と獲得免疫で働く細胞の種類
自然免疫の力だけで対処しきれない場合には、次の段階のより強力な「獲得免疫」システムが働く。上で青年がインフルエンザに感染した話を紹介したが、ここでは自然免疫については触れられておらず、獲得免疫の話から始まっていた。もう一度見ておくと、次のようであった。
「青年がインフルエンザウイルスに曝された場合、青年はインフルエンザにかかりにくいが、かかったとしても、定型的な一次免疫反応の経過をたどって、数日のうちに治癒してしまう。
一次免疫反応というのは、はじめてこの抗原(インフルエンザウイルス)に出会った時の定型的な反応である。
ウィルスが細胞内に入り込み自己複製を開始すると、まずインターフェロンの合成が始まり、ウィルスの増殖を抑えようとする。・・・」
自然免疫だけでウイルスを退治できた場合には、そもそもインフルエンザにかかったことにはならないので、その段階の話は省略されているのかと思う。
ウイルスが我々の体細胞に侵入し、そこで増殖を始めると感染したことになるが、そうなると「獲得免疫」システムが働き始める。その働きを見ていこうと思う。
表で、樹状細胞が自然免疫と獲得免疫の両方に上げられているが、樹状細胞はウイルスを食べて排除するだけではなく、別の重要な役割を担っている。樹状細胞がウイルスなどを食べて分解すると、ウイルスの一部を細胞の外に出して、ウイルスの情報を伝達する役割である。これは「抗原提示」と呼ばれる働きである。
樹状細胞から抗原提示という形で情報を受けて2つのシステムが動き出す。ヘルパーT細胞と細胞障害性T細胞(キラーT細胞)の働きである。
キラーT細胞が発見されたウイルスについての情報を受け、更に同様に情報を受け取ったヘルパーT細胞からの刺激を受けると増殖を始め、このウイルスの侵入を受けた細胞をまるごと食べてしまう。これは表中の細胞性免疫と呼ばれるものである。
ヘルパーT細胞は、体内に100万種類以上はあるとされるが、その中のただ1種類だけが、提示された抗原に対応するものであり、この特定のヘルパーT細胞に情報が伝わると、ヘルパーT細胞は増殖を始め、この情報はさらにインターロイキンを通じてB細胞に伝達される。
B細胞もまた表面に出ている受容体の構造が僅かに異なる多くのものがあるが、その中で1種類だけがヘルパーT細胞からのウイルスの情報を受け取り、活性化され抗体産生細胞(形質細胞)へと変化する。
B細胞はその表面に現れている受容体構造と同じ構造を持つ抗体を産生して細胞の外に分泌する。
こうして作り出された抗体はIgG抗体と呼ばれるもので、あらかじめヘルパーT細胞が確認した情報に基づいて作られるので、抗原であるウイルスと反応することが出来るが、これは抗原抗体反応と呼ばれる、選ばれたB細胞由来の抗体だけが示す特異的なものである。
抗体と反応した抗原(ウイルス)は、体細胞への侵入ができなくなると共に、マクロファージの食作用を促進し、食べられてしまう。こうしてウイルスは体内から排除されていき、症状は治癒に向かう。また、サプレッサーT細胞からの信号により、B細胞は抗体産生を停止し、過剰な抗体産生を行うことはない。
増殖していたB細胞は、次第に死滅して数を減らしていくが、完全に消えることはなく一部は長期間(30年以上)残り、免疫記憶細胞と呼ばれている。
ヘルパーT細胞、キラーT細胞も同様に今回感染したウイルスを記憶する。
この免疫記憶細胞こそが、本来の免疫作用といえるもので、次に同じ種類のウイルスに感染した時に、IgG抗体を短時間のうちに、多量に産生するなどして、ウイルスに立ち向かうというものである。
ここまでの獲得免疫システムの働きをまとめて図示すると次のようである。最近の解説と、著書から引用した、若者と老人の話とでは、登場する用語やその役割に若干の違いがみられるが、これはこの30年ほどの間に理解が進んだことを反映しているものと思う。
獲得免疫システムの働き
こうした複雑な一連の免疫システムの働きは、健康な若者ではスムーズに進むが、老人ではさまざまな障害が起きているということである。一体何が起きているのか。
再び本「免疫の意味論」の説明を見ていく。実はT細胞と呼ばれる複数種のリンパ球は胸腺(Thymus)で「自己」と「非自己」とを区別するという重要な教育(これについては改めてまとめてみたい)を受け、ここから供給されているので、T細胞という名前が付けられたのであるが、その胸腺がここに登場する。
「胸腺という臓器について昔から知られていたことは、人間でも十歳代を最高にして胸腺が急速に縮小していくことである。病気で死亡した成人の解剖報告では、胸腺は脂肪に置き換えられて非常に小さい。・・・
ごく最近のユーゴスラヴィアでの再測定の結果では、胸腺1グラムあたりのリンパ球の数は、生まれて間もなくが最も多く十億個以上であるが、四十歳代ではその百分の1の1千万個に過ぎない。胸腺の重量がそのころは十分の1以下になっているから、四十歳代の人の胸腺にいるリンパ球の総数は、小児の千分の1以下になっているわけである。ということは、胸腺で教育されて末端の現場に送られるT細胞の数も千分の1に減少していることになる。
胸腺の退縮はますます進行し、七十歳~八十歳にもなるとほとんどが脂肪に置き換わって、痕跡程度となる。(しかし)、決して消失することはなく、リンパ球を作り出している。
胸腺が退縮するのにやや遅れて、T細胞系の免疫機能の低下が起こる。T細胞に依存した抗体の生産能力、癌細胞などを殺すキラーT細胞機能、ヘルパーT細胞機能などが、だんだんと低下する。(ウイルスなどの)「非自己」に対するさまざまな反応は、遅かれ早かれ低下の一途をたどるのである。
ところが、「非自己」に対する抗体の生産能力が低くなるころから、「自己」のさまざまな成分、たとえば「自己」の細胞の核と反応するような抗体が作られ始める。・・・目的にかなった抗体を作り出す能力が低下したにも拘らず、血清中の免疫グロブリンの量は年齢とともに上昇する。・・・つまり、ここで反応しているB細胞は、基本的に無意味か、あるいは「自己」と反応するような好ましくない免疫グロブリンを作っているのである。インフルエンザに感染したとき、うまく中和抗体を作ることができなかったのはこのためである。( )内は筆者追記」
とこのような具合である。免疫反応の中核である獲得免疫の中で重要な役割を果たしているT細胞群の量と機能の低下が劇的と言ってもいいくらい老化と共に進んでいるのである。高齢者の死亡が多くなるのはこうした免疫システムの崩壊が起きていることによるのである。
各国の新型コロナ対策の中心課題は、いかにして死者を出さないようにするかである。日本でも2月下旬に真っ先に採られた、小中高校の休校措置は、子供たちが感染し、これを致死率の高い同居老人のいる家庭に持ち帰ることを防ぐためのものであり、それに続いて、病院や老人ホームにいる老人との面会が制限されたことも、同様の目的であったことが改めて理解される。
前回紹介した「集団免疫」政策を採ったスウェーデンでも、休校措置は取られなかったが、高齢者施設への訪問は禁止されていた。体力のある若者が中心になり免疫を獲得することで、高齢者・老人への感染拡大を防ぎながら、国全体として獲得免疫保有者を増やす戦略がみえる。
日本などアジア・オーストラリアの低い感染率と死亡率を説明するいくつかの説も出てきており、治療薬とワクチンの準備も進んでいる。
今年初めにはその正体がわからず、恐怖感が支配した新型コロナウイルスへの対応であったが、その実態が次第に明らかになってきている。むやみに恐れることなく、科学的に正しい対策を採り、全体としては感染急拡大を抑えながら、医療崩壊を防ぐことで高齢者を守り、経済崩壊を防ぐことで若者を助けるといった対応が世界中で奏効することを期待したい。
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