プラダを着た悪魔
シカゴ James M. Netherlander Theatre(東洋劇場)
8月14日日曜日 14:00開演
オーケストラC6 (1F上手中央寄り3番目)
チケットマスターにて購入 110ドル+手数料
2006年公開の映画をElton John作曲にてミュージカル化。
2015年の制作発表から2020年の公開延長を経て、満を持してのワールドプレミアである。
シカゴはブロードウェイよりマスク規定が厳しいのか、着用していない人には入り口で手渡していた。
それでも着けていない人はそれなりにいたけど。(そして特に注意もされていなかった。)
Elton John卿作曲による大ヒット映画のミュージカルということもあり、劇場は老若男女で満席。
緞帳はファッション雑誌の草稿を模したデザイン。期待に胸が高まる。
しかしこの作品は、自分が思い描いていたものとは違ってた。
一幕はニューヨークのRUNWAY誌編集部での主人公アンディの成長、二幕ではパリコレクションでの出来事が展開される。 アンディと編集長ミランダの二人を軸にして展開された映画版とは違い、舞台版ではその他の人物にも時間を割いているので散漫な印象を受けた。
なお今回はトライアウト上演につき、プレイビルに歌のタイトルが記入されていなかった。 Dress Your Way Up以外の歌のタイトルが分からないので、《》内にメガヒヨが考えた仮のタイトルを入れておく。
開幕。 主役アンドレア(以下、愛称アンディ)の登場。 ブレザーにチェックの膝上スカート。まるで学生の様。 彼女の背後からカツカツカツとハイヒールの音が鳴り響く。 編集長ミランダの靴音と思いきや、数10センチ開いた幕の向こうにはランウェイを闊歩するモデル達の脚が見える。
場面転じてアンディの卒業式の光景。恋人のネイト、友人のカイラとローレンと写真に納まる。 友人の一人が映画版のゲイっぽい男性からクイアっぽい女性に変更しているが、話の筋に大きな影響はなし。
ちなみにローレンは原作小説の作者と同じファーストネーム。
社会に出たアンディはなかなか職が決まらない。《就職が決まらない歌》
多くの会社からか断られたのち、就職エージェントからファッション誌RUNWAYへ紹介される。 編集部に面接に訪れると、対応したのはミランダの第一アシスタントのエミリー。 アンディのあか抜けない服装を一瞥するや、まともに相手にしない。
そんななか一同がざわつく。ミランダが社に到着したのだ。《ミランダをお迎えする歌》 彼女を迎える準備で社内は大わらわ。 エミリーと芸術部門責任者のナイジェルが歌い、アンサンブルが電話コードに絡まるなど滑稽なダンスを繰り出す。 正直これはおちゃらけ過ぎだと思った。 先ほどまでクールに振舞ってきた人々がミランダの機嫌を損ねないように怒涛の支度をするだけで十分面白いのに、お笑い要素を過剰に入れている。
編集部一同に出迎えられ、女帝ミランダの登場。《ミランダ登場の歌》
弦楽器ピチカートのみによる演奏で、ささやくように粛々と歌う。 演奏は進むにつれて楽器数も増していくものの、歌のペースは最後まで変わらず。
映画版でのエネルギーを使わない話し方を再現しているのだと思うけれど、ミュージカルなのだからもっと盛り上がる曲を聴きたかった。
不採用かと思いきや、ミランダの気まぐれで採用されたアンディ。 政治記者を志す彼女はファッション雑誌勤務を踏み台としか考えておらず、服装も依然と学生の様な恰好で勤務している。
対照的なのはエミリー。 ファッションに命を懸けており、夢はミランダに帯同してパリコレクションに行くこと。《パリに行きたい歌》
WICKEDのグリンダのようなゴンドラに乗り、おふざけのバレエダンサー男女2組まで登場してかの地への夢を語る。
ここでもやり過ぎのお笑い演出。ひたすら滑っている印象。
エミリーはど真面目にファッションオタクを貫いていて、その様だけで笑いを誘えるのに。
第一彼女はRUNWAY誌編集者としてパリに行きたいのであって、おのぼり観光客としてでは無い。
エミリー役がアジア系の女優さんのせいか、甲高い声で歌わせている事もあり「ステレオタイプキャラ?」という疑念が頭をよぎる。
編集部で浮いているアンディの様子を見るにみかねて、ナイジェルはハイヒールを差し入れる。 映画版ではミランダの視線に気が付きぺたんこ靴から慌てて履き替えるが、舞台のアンディは余計なお世話とばかり迷惑そう。 自宅に持ち帰りそのまま放置してしまう。その上同棲中の彼に愚痴をこぼす始末。
どうも舞台のアンディを応援出来ない気持ちに気が付く。 映画版と違い、それほど苦労している描写がないのだ。
毎朝机にミランダがコートとバッグを叩きつける描写も無し。
ミランダ邸にサンプル誌を届けに行き、双子からちょっかいを受けるシーンも無し。 大荒天のなか全ての便がキャンセルなのにチケットを手配せよといわれる無理難題も無し。
開店前のステーキ店からランチを調達、だけど結局要らなかったという残念結末も無し。
出版前のハリー・ポッターの原稿を入手し、コピーして双子に届けるほとんど犯罪命令も無し。
せいぜい両肩に紙バッグをかけられて荷物を持たされたり、遅刻をエミリーに咎められコーヒーを引ったくられる程度。
これならうちの会社の新入社員の方が苦労しているってば...。
ミランダのキャラクターも、もっと深く掘り下げて欲しかった。
第一あの双子が出てこない。セリフの中で娘について語っている様子はあったけれど、エピソードが無ければその溺愛ぶりは伝わってこない。
ファッション業界で周囲に厳しくあたる一方、双子は徹底的に甘やかしている。
その理不尽さ、そしてそれを周囲が受け入れているのが彼女の大きな要素なのに。
これでは舞台版のミランダは「プラダを着た悪魔」ではなく、「プラダを着た常識人」止まりである。
思うに演出側がミランダをファッション業界の女帝として祭り上げる神輿を用意できなかったのではなかろうか。
映画版のMeryl Streepさんは卓越した演技力もあったけれど、脚本、演出があってこそあの超人ぶりが成立したのであった。
この舞台ではBeth Leavelさんという大女優を迎えても、それらの準備がとぼしいので十分に光を放ってもらうことも難しかったと思う。
映画版からカットされたシーンは多けれど、それでも青いセーターのシーンは残っていた。
ミランダがモデルにベルトをつける様に指示するところ、コーディネーターは二本のベルトを手に「タイプが違うからどちらにしましょう」と問う。
二本のベルトが全く同じように見えたアンディは思わず笑いをこぼす。凍り付くその場。 ミランダはファッション業界を見下しているアンディを見抜き、彼女の着ている青いセーター(舞台ではカーディガン)の色がどの様にして流行色となり、最新コレクションから大衆まで行き渡る様になったのかを語る。《アンサンブルのハミングに乗せて、青いセーターについてミランダが説明するナンバー》
多少は反省したのか、ジャケットにベルトを合わせる様にしたアンディ。だけどあか抜けない様子で周囲からは見下されている。
ここでナイジェルに泣きつく。せめてあのハイヒールを履いて行けばいいものの、ぺたんこ靴のまんま。
それでも海の様に心が広いナイジェル。アンディをサンプル室に連れて行き、服をコーディネイトする。《Dress Your Way Up》
このナンバーはElton John卿も自信作なのか、舞台開幕前に一部を公開している。
自分も他の曲は記憶から薄れつつあるけれど、この曲だけば未だに頭のなかでぐるぐる再生している。
VIDEO
学生のような服装から、鮮やかなオレンジのスーツに着替えたアンディ。髪型までセットされて一気に洗練した様に。
外見に自信を持つことが出来た彼女は、突然仕事が出来るようになる。今まで馬鹿にしていた同僚からも一目おかれる位。
一方仕事は忙しくなり、彼氏とのデートにも遅刻する様に。やっと彼氏に会えたと思った瞬間にもミランダからの呼び出し電話は鳴り、気まずい雰囲気に。
《アンディが忙しくなり淋しがる彼氏の歌》《アンディが忙しくなってつれないと残念がる友人二人と彼氏の歌》
悪くはないんだけど...。
物語におけるキャラクターの比重を考えると、独立した持ち歌をこのキャラクター達に歌わせるのは時間の割きすぎだと思った。
せめて曲の最中にアンディの激務シーンも絡めれば有りだったかも知れないけれど。
有能ぶりを発揮し急成長するアンディを、ミランダはエミリーと共にファッション・ガラに連れていく。《ファッション・ガラのダンスブレイク》
そしてエミリーが席をはずしている間にパリコレクションに帯同させるのはアンディだと告げる。
動揺する彼女に対し、ミランダは更に「エミリーには、パリに行くのは自分だと直接話しなさい」と申しつける。
アンディ、さらに驚愕。 「パリ行きを心の支えにしているエミリーになんて言ったらいいの!?」
ここで第一幕終了。
メガヒヨは客席でぽかんとしていた。
いや、エミリーは主要キャラだろうけど、幕をはさんでの葛藤を抱かせるほど重要な役なの!?
だいたい普通に考えると、エミリーに打ち明けるジレンマより、パリ行きの方が心に大きく負担が掛かるよね。
一幕を区切るとしたら、パリ行きを告げられるところの方が相応しいんじゃないかなぁ。
で、二幕は同じシーンから再開して、更なる宿題としてエミリーに自ら告げるというというストレスがのしかかる方が良さそうな...。
まぁ素人が客席でうなっていても仕方がない。
気を取り直してこの劇場の雰囲気を楽しもうと、この歴史あるJames M. Nederlander Theatreの内装を堪能した。
そしてせっかくはるばる観に来たのだからTシャツも購入。 Dの字にツノが生えているロゴのデザインが良かったのだけれど、売られているTシャツは頭文字のDWPのみ、そして背中にはNot For Fashion Weak(ファッション情弱には用無し)と書かれたもののみ。
なんでロゴTでは無いのだろうかと考えたけれど、Pradaという商標が引っ掛かったのかな?
でも多分このTシャツは限定もののお宝になる可能性があるので、着ずに取っておこうかと思う。
休憩が終わって第二幕。緞帳のデザインも変わっている。 おどろおどろしい髑髏などの地獄絵。
だけど舞台版のミランダはこんなに怖くないのにね。
幕が上がると交通事故に遭って入院をしているエミリーの姿。男性看護師にかいがいしく世話をされている。 パリ行きがおじゃんになり、空想の世界で歌って踊る彼女。《パリに行けなくて残念な歌》
ここでも病院のガウンを脱ぐとエッフェル塔がプリントされたボードを胸に掲げた衣装になるなど、不必要に笑いを狙う演出だった。 Megan Masako Haleyさんは芸達者なので出番を沢山つくりたい演出の意向は分かるのだけど、このナンバーは必要ないと思った。
一方アンディ。
舞台両脇にあったはしご状のセットが斜めに倒れてきてエッフェル塔の脚部分になり、場面は一気にパリの様子に。
衣装も黄色いドレスでフォーマルに決めている。
コレクション会場ではカメラマンに囲まれたミランダが、アンディも一緒に写真に納まるようにと言う。 カメラマンもアンディ一人でのショットを依頼するなど、その立場は確実に上がっている。
憧れの作家であるクリスチャン・トンプソン氏にも声を掛けられる。彼氏と距離を取っているアンディは「キャー💕」とばかりにのこのこついていく。
そしてワンナイトスタンド。
アンディはトンプソン氏からミランダの左遷を聞く。
RUNWAY誌の新しい編集長にはミランダの宿敵のジャクリーヌが就任するというのだ。
ここで一大決心をし、ミランダにそのことを伝えるために奔走する。
(ここら辺の記憶があやふやで申し訳ない。トンプソン氏のソロナンバーがあったことは確か。)
そしてミランダ主催のディナーパーティー。 結局ミランダに真実を伝えられないままになってしまっていた。
ここでミランダが発表したのは、ナイジェルに内定していたブランドの責任者にジャクリーヌを任命するというもの。
盛り上がる会場をよそにナイジェルは意気消沈する。
お開きになったパーティー会場で彼を慰めるアンディ。
ここでもうやっていられないと、ミランダからの呼び出し音が鳴るスマホをテーブル上の水差しに沈める。
...水差しねぇ。この場面が始まったときからやたら大きな水差しだなと目には入っていたけれど。
映画ではパリの夜景をバックに噴水にケータイを水没させたのであった。それはある意味、映画そのものを象徴する光景だった。
もちろんパーティー会場で決着を付けた方がスピード感があっていいのかも知れない。
それでも景色として噴水は見たかった。一幕のゴンドラは要らないから、その予算で作れたじゃん!!
客席でもやもやとする内に舞台はニューヨークへ戻る。
アンディはエミリーに直接会い、辞職したことを告げる。そしてパリコレで着た服を彼女にプレゼントすることも。
そつなくしていたエミリーだが、アンディが去るなり喜びを隠さず。これは映画の通り。
その後アンディは希望していた政治記者の仕事に就くことが出来た。そこの上司からはこの採用にあたりミランダからの推薦があったことを聞かされる。
イメージとしてのミランダが出てきて「もし彼女を雇わなかったら貴方はIdiotよ!」と述べる。
そして終盤へ。
登場人物が友人二人・彼氏・作家氏・ナイジェル・エミリーと総出でワンフレーズずつ歌っていく。《みんなに満遍なく出番を作る歌》
いや、その手法は群像劇ならではであって、プラダを着た悪魔は二人の登場人物が中心なのだからアンディとミランダのデュエットにするのがふさわしいのでは!?
CHICAGOのNow A Daysとか、WICKEDのFor Goodみたいなのとか。
まぁこういう所からして、制作の作りたいものと自分が観たいものの乖離があったのかも。
最後は桜の咲く中、ミランダを想いながらパソコンに向かうアンディの姿で幕となる。 うん、桜のセットと照明効果は綺麗だった。
以上、コレジャナイ感に包まれつづれたプラダを着た悪魔全二幕でありました。
この舞台の評判はやはり良いもので無いらしく、大幅な改変が必要とされそう。
自分はこのドタバタ演出は言うまでもなく、脚本・衣装・振付に大幅なメスを入れたいと思った。
脚本については、細かいところは英語を理解出来て無いので批判する資格は無い。ただアンディとミランダ二人の描写に絞り切れずに他の登場人物に多くの尺を割り当てた所は改善してもらいたい。
衣装については、どこかで見た様なものばかりで新鮮味に欠けていたという所。
全体としておとなしく、サプライズの要素が無かった。実際のファッションシーンに寄せていたのかも知れないけれど、これはミュージカルなのだから多少現実離れしていても良いのでは?
他作品のファッションショーを模したシーンでは、キンキーブーツのエンジェルズ、アイーダのマイストロンゲストスーツなどあるけれど、どの作品も衣装デザインで観客に大きなインパクトを与えている。
一方この作品は、Dress Your way up、ファッション・ガラ、パリ・コレクションと見せ場が3度も有ったのに、印象に残るコスチュームはほとんど無かった。
せいぜいアンディの衣装の袖が蛇腹状に広がったところで拍手が起こった位。それでも今まで他の作品で見た仕掛け衣装に比べればささやかなものだった。
ファッション誌編集部を舞台にしたこの作品で、衣装で観客を惹きつけられて無かったとしたら問題では?
振付に関しては、Kyle Brownさんの無駄遣いと訴えたい。心に残るダンスシーンが無かった。
これも衣装と同じくどこかで見たものばかり。独創性を感じなかった。
あと振付家の責任では無いけれどミランダ主催のディナーパーティーの後、何度も舞台上を往復してテーブルを片付け続ける彼の姿を見て胸が締め付けられた。
一流のダンサーに何をやらせているんだか。アンサンブルの役者さんがセットをさりげなく片すというのは多くの作品であるけれど、限度を越した数だった。
あれだけテーブルがあるのならリモコンか何かで動かせばいいのに。
制作側には不満タラタラだけれど、役者さんは総じて良かったと思う。
アンディ役のTaylor Iman Jonesさん。この方は歌声がとにかく素晴らしい。よく通る声は響きも心地よい。
ミランダ役のBeth Leavelさんは二幕ではビッグナンバーを見事に歌われていたので、あれだけの歌唱力をお持ちなら一幕において見せ場がもっと欲しかった。 先述の通り、キャラクターがよく掘り下げられた脚本だったら更に光を放っただろうと思う。
エミリー役のMegan Masako Haleyさんは以前にGeorge TakeiさんのPacific Overtureのたまて役で拝見していたので、今回の舞台でも楽しみにしていた。 華がある女優さんなので出番が増やされたと思うけれど、短い出番でも十分エミリーとしてインパクトを残せると思う。 今後違った形でこの作品が上演されてもエミリー役で出てもらいたいと思った。
ナイジェル役のJaviel Monozさんは以前に拝見したハミルトンのタイトルロールとは全く違う印象。
心優しい職人気質のゲイ男性役を見事に演じていた。Dress Your Way Upのナンバーも歌唱は大盛り上がりだった。 この役に関しては作り直しでも変更は要らないのでは?
そして自分の推しのKyle Brownさん。 Anastasia以来4年振りに拝見したけれど相変わらず若く、ゴージャスな外見。長い手足を駆使し、強い体幹でしなやかに踊る。 Taylorさんをリードしてのダンスシーンなど、見せ場は彼が決めていた。 あといっちゃ何だけど、おふざけバレエのメンバーに彼が入っていなかったのは救いだったかな。
他のキャストの方々もそれぞれの役割を立派にこなして、さすがショー立ち上げの役者さん達だと思った。
Elton John卿はこの作品は準備不足ということを公に認めたとのこと。
自分もワールドプレミアという名のトライアウトを初めて観たので、今回はよい経験だった。今までBroadway入りした完成品しか観たことがなかったので。
それでもDress Your Way Upなどはお蔵入りにするには勿体ない。演出に脚本や振付、衣装などブラッシュアップしたバージョンで是非Broadwayで観たいと思うのであった。