詳細は書きませんが、近所で良くないことが起こり、犯人として長女が疑われました。
先方は大事にするつもりはなく、もしやってたら次回から止めてほしいと言ってきました。
証拠(録画や録音)はありません。
長女に聞いてもやってないと言います。
長女が嘘をついてるように見えませんでした。
なぜ疑われたかというと、その家の娘さん(7歳)の証言です。
子供の証言だから正直当てにはならないし、うちの娘と言った言わないになってます。
どちらかが事実と異なることを言っています。
そこを追求しても仕方ないし、それは誰も望んでいません。
もし娘がクロなら、嘘をついて逃げ切れるということを学習してほしくない。
もちろん悪いことは止めさせないといけない。
娘がシロなら、疑われてかわいそうだし、守ってあげないといけない。
ご近所付き合いは良くて、子供どおし良く遊んでいましたが、そのせいで娘の中でご近所さんと自分との境界線が曖昧になってしまったのだと思います。
ただでさえ、軽度発達障害で他者との境界がない(区別を認識しづらい)のに、距離が近すぎて境界線がなくなってしまった可能性が考えられます。
仲が良いのは良いことだし、幼馴染みとして育ってほしかった。
でも、距離感は難しい。
私たち夫婦としては、子供をいろんな意味で守るために(加害者にも、無実なのに犯人扱いされる者にもさせない)、疑わしい環境を潰すしかないという結論になりました。
具体的には、
近所で遊ばない(境界線の認識が難しいので何かしてしまうかも)、公園等に行く
親の目の届くところで遊ぶというルールになりました。
次に何かあった時もきっと疑われると思うので、疑われるようなことを全て排除したいです。
近所の子を疑うというのは、こういうことなんだなと改めて思います。
現行犯や、証拠がない限り、
疎遠になっても良い人じゃないと疑ってはいけない。
疑われたほうは対策をとるためにぴりぴりはするし。
むしろ、全て監視カメラつけてほしいです。
監視カメラに写っていたら、そりゃあ謝罪しますし、子供を叱りますよ。
でも、今は半信半疑。
子供を信じきれないのって苦しいし、疲れます。
教育上良いのかもわからない。
あー、
生理が始まって、PMSではないのに安定剤が手放せない。
毎日飲んでます。
先方は大事にするつもりはなく、もしやってたら次回から止めてほしいと言ってきました。
証拠(録画や録音)はありません。
長女に聞いてもやってないと言います。
長女が嘘をついてるように見えませんでした。
なぜ疑われたかというと、その家の娘さん(7歳)の証言です。
子供の証言だから正直当てにはならないし、うちの娘と言った言わないになってます。
どちらかが事実と異なることを言っています。
そこを追求しても仕方ないし、それは誰も望んでいません。
もし娘がクロなら、嘘をついて逃げ切れるということを学習してほしくない。
もちろん悪いことは止めさせないといけない。
娘がシロなら、疑われてかわいそうだし、守ってあげないといけない。
ご近所付き合いは良くて、子供どおし良く遊んでいましたが、そのせいで娘の中でご近所さんと自分との境界線が曖昧になってしまったのだと思います。
ただでさえ、軽度発達障害で他者との境界がない(区別を認識しづらい)のに、距離が近すぎて境界線がなくなってしまった可能性が考えられます。
仲が良いのは良いことだし、幼馴染みとして育ってほしかった。
でも、距離感は難しい。
私たち夫婦としては、子供をいろんな意味で守るために(加害者にも、無実なのに犯人扱いされる者にもさせない)、疑わしい環境を潰すしかないという結論になりました。
具体的には、
近所で遊ばない(境界線の認識が難しいので何かしてしまうかも)、公園等に行く
親の目の届くところで遊ぶというルールになりました。
次に何かあった時もきっと疑われると思うので、疑われるようなことを全て排除したいです。
近所の子を疑うというのは、こういうことなんだなと改めて思います。
現行犯や、証拠がない限り、
疎遠になっても良い人じゃないと疑ってはいけない。
疑われたほうは対策をとるためにぴりぴりはするし。
むしろ、全て監視カメラつけてほしいです。
監視カメラに写っていたら、そりゃあ謝罪しますし、子供を叱りますよ。
でも、今は半信半疑。
子供を信じきれないのって苦しいし、疲れます。
教育上良いのかもわからない。
あー、
生理が始まって、PMSではないのに安定剤が手放せない。
毎日飲んでます。