今日の東京もよく晴れて、絶好の行楽日和といった感じです。もっとも、ワタクシは相変わらず家に引きこもってボケーッとしているだけだはありますが。さっき、買い物に行ったついでに本屋さんを物色していたのですが、どうにも読みたい本がなくて、結局何も買わずに帰ってきました。もっとも、ワタクシの手元には1か月以上ぼちぼち読み続けている村上春樹訳の「ロング・グッドバイ」が、いつになったら読み終わるのか甚だ謎のまま、テーブルの上に放り出されております。文庫本で600ページもあるので、ちょっと持ち歩いてカフェで読もうという気にならないのが敗因なのです。
カイロプラクティックの時間待ちとか、カフェでお茶している時間に読むのは土屋賢二センセイのエッセイとか村上春樹の短編集といった、300ページはないようなものばかりです。版権その他の関係で上・下巻にできなかったという事情は分かりますが、600ページの文庫本というのは、持ち続けているとマジで腕が疲れてきます。なので、なかなか外に持ち出そうという気にならず、結局、家にいて根性のある時にぼちぼち読み進めるしかありません。旧訳の「長いお別れ」は確かに読んでいるにもかかわらず、400ページを過ぎても、まだ話の筋が全く思い出せません。それはそれで一から読んでいる感覚でいいのですが、一体いつになったら読み終わるのか、今のところ全く予想できません。
カイロプラクティックの時間待ちとか、カフェでお茶している時間に読むのは土屋賢二センセイのエッセイとか村上春樹の短編集といった、300ページはないようなものばかりです。版権その他の関係で上・下巻にできなかったという事情は分かりますが、600ページの文庫本というのは、持ち続けているとマジで腕が疲れてきます。なので、なかなか外に持ち出そうという気にならず、結局、家にいて根性のある時にぼちぼち読み進めるしかありません。旧訳の「長いお別れ」は確かに読んでいるにもかかわらず、400ページを過ぎても、まだ話の筋が全く思い出せません。それはそれで一から読んでいる感覚でいいのですが、一体いつになったら読み終わるのか、今のところ全く予想できません。