昨年秋に吉野から山上ケ岳に登り、近畿圏最高峰八経ヶ岳で終えた大峰山奥駈け道をこの春5月に歩いてきました。
GW明けの5月11日から14日までの4日間で弥山から玉置神社までを歩いてきました。
今回のコースは、水場に不安があるため渇水期となる秋ではなく雪融け水が期待できる春に歩くことにしました。
しかし、出発点となる奈良県天川村は、非常に不便な場所にあります。
交通機関を検索しても札幌から航空機を使っても上市から天川村に行く最終バスに乗るのがやっとという状況です。
5月10日の昼前の飛行機で新千歳空港を立ちます。
夕方、日の暮れる時間にやっと天川村に着きました。
ここから、タクシーを使って行者還トンネルにある登山口から弥山を目指そうとしましたが、そのタクシーが先約のため使えません。
やむなく、天川村から登ることにして計画を変更します。
八経ヶ岳から少し先の明星が岳間をカットして直接明星が岳を目指すことにします。
天川村から明星が岳まではコースタイムで6時間となります。
5月11日
朝5時過ぎに宿を出発します。
天川村は谷間にあるのでまだ日差しが届いていません。
薄寒い街の中を登山口目指して歩いているとお地蔵さんが祀られています。
今回の奥駈け歩きが無事に終えられるように手を合わせます。
ほどなく吊り橋を渡ります。
この橋は人のみが渡れる橋です。
宿から10分ほどで登山口に着きました。
5:15分、さあ、ここから首が痛くなるほど上にある稜線目指して歩かなければなりません。
人工林の手入れされた斜面を登ります。
登山道はきれいに手入れされているのですが、朝一の身体には階段が堪えます。
噴き出してくる汗をぬぐいながらゆっくり登っていきます。
稜線まで来ると少し傾斜が緩みます。
しかし、小さなコブ山を上ったり下ったりが延々と続きます。
7:50分、ようやく栃尾辻に着きます。
なんと、ここにある避難小屋の建物がひっくり返っているではありませんか。
どうやら、昨年秋の台風でひっくり返ったのでしょう。
こんなすごい風が吹いたのですから、昨年秋に弥山から撤退したのは賢明だったと思いました。
ここから先は雑木林を歩きますが、日差しが樹々の間から差すだけで快適に歩けます。
9:35分、狼平との分岐点に到着です。
少し傾斜が増してきますが、快調に歩けます。
左手に弥山が見えてきます。
弥山小屋が見えています。
ほどなく明星が岳に到着、ここから奥駈け道となります。
ここまでちょうど6時間かかりました。
今夜の宿は楊子カ宿小屋を考えていますのであと2時間ほど歩かねばなりません。
天気がいいので日差しがきついです。
前方にはこれから向かう釈迦ケ岳が見えています。
右手のピークが釈迦ケ岳です。
暑さに疲れた心を花々が癒してくれます。
オオウバユリの群落があちらこちらにあります。
こんな石碑があり、ここが奥駈け修行の道であることを認識させてくれます。
ツツジが所々に咲いています。
舟の峠です。
ここから急な登山道を下ると小屋です。
13:10分、楊子の宿小屋に到着です。
なかなか立派な小屋です。
さて、水場を探さなければなりません。
小屋のどこかに水場への標識があると思い探しましたが見つかりません。
辺りをウロウロしていると2人の登山者が小屋へ歩てきます。
どうやら今夜はこの小屋に泊まるようです。
水場の場所を尋ねると「私たちも汲みに行くので一緒に行きましょう」と行ってくれます。
小屋の裏手に5分ほど歩くと、小さな本当に小さな流れがありました。
こんな小さな流れなら渇水期には枯れてしまうと思いました。
明日の行動水もここで確保できました。
あとはゆっくり小屋で休みます。
5月12日
今日もいい天気のようです。
朝4時に起きて登山準備をします。
一緒に泊まったお二人は釈迦け岳から前鬼に下山するのでのんびりしています。
朝食を済ませザックをまとめますが少し暗いので明るくなるのを待ちます。
5:00分、外が明るくなってきたので出発します。
今日もいい天気が望めそうです。
昨夜はゆっくり寝ていたので身体の動きは快調です。
ドンドン先へ進みます。
6:10分、孔雀岳をいつ通り過ぎたか分からず、孔雀覗まで来ました。
何かと思い標識の先まで歩くと、その先は絶壁でした。
いよいよ釈迦ケ岳が間近に迫ってきます。
最後の登りの手前にお不動様いました。
岩々した急斜面を登りきると釈迦ケ岳の山頂でした。
7:20分、釈迦ケ岳に到着です。
山頂にあるお釈迦様です。
この青銅製の釈迦像は、一人の合力が運んだといわれています。
なかなか立派な釈迦像ですので時間をかけて手を合わせました。
急な斜面を慎重に下ります。
ほどなく深仙小屋に着きました。
7:55分、深仙小屋です。
小さな小屋です。
こちらにあるお堂の方が立派です。
ツツジの木の下で休憩しました。
8:30分、太古の辻まで来ました。
ここから前鬼へ下山できます。
なお、吉野山からここまでを北奥駈けといい、ここから熊野までを南奥駈けというようです。
北奥駈けは、山上け岳に八経ヶ岳、そして釈迦ケ岳などいい山が連なっているので歩く人も多く、修行する山伏もたくさん歩いていたようです。
それに比べると南奥駈けは歩く人が少なくなり道が笹で覆われ廃道状態となっていたようです。
その廃道状態の奥駈け道を笹刈などをして復旧したのが「新宮山彦ぐるーぷ」の皆さんです。
この話を詳しく聞いたのは次の日に泊まった行仙宿山小屋でこのグループの世話人をしている梶野さんに会ったからです。
所々に咲いているシャクナゲです。
9:30分、天狗山を通過します。
このあたりから強い日差しに苦しめられます。
10:20分、嫁越峠を通過、苦しいながら順調に歩いています。
10:40分、地蔵岳まで来ました。
11:10分、般若岳通過。
11:20分、滝川辻を通過。
12:40分、証誠無漏岳です。
この辺りは、同じような道が続き、ひたすらコブ山を登っては下る、の連続です。
暑さのせいもあり頭が少しボーッツとしてどこまで歩いてきたか、地図を確認しながら歩く有様です。
鎖場を下るのも慎重さが求められます。
13:30分、ようやく持経の宿小屋に到着です。
長い一日でしたが、天気に恵まれ順調に歩いてくることができました。
この小屋は、水場が近くにあるので、とりあえずありったけのボトルを持って汲みに行きます。
小屋のすぐ横にある林道を小屋前から左側に300mほど歩きます。
すると、山肌を滝のように流れる沢水がはば3~4mほどあり、爽やかな音を立て流れています。
楊子の宿小屋の水場に比べると何百倍もの水量があります。
水を確保したのであとは小屋でゆっくり休みます。
天気予報をチェックしたいので携帯の電源を入れますが圏外の表示が出るだけです。
明日の天気が気になりますが、天川村でのチェックでは今夜は雨予報でした。
それを信じて明日の行動をどうするか考えます。
天気が良ければ、笠捨山を過ぎた葛川辻辺りまで歩きツェルトでビバークでもしようかなどと考えます。
そうすれば次の日の行動予定が楽になるかなどと考えていました。
GW明けの5月11日から14日までの4日間で弥山から玉置神社までを歩いてきました。
今回のコースは、水場に不安があるため渇水期となる秋ではなく雪融け水が期待できる春に歩くことにしました。
しかし、出発点となる奈良県天川村は、非常に不便な場所にあります。
交通機関を検索しても札幌から航空機を使っても上市から天川村に行く最終バスに乗るのがやっとという状況です。
5月10日の昼前の飛行機で新千歳空港を立ちます。
夕方、日の暮れる時間にやっと天川村に着きました。
ここから、タクシーを使って行者還トンネルにある登山口から弥山を目指そうとしましたが、そのタクシーが先約のため使えません。
やむなく、天川村から登ることにして計画を変更します。
八経ヶ岳から少し先の明星が岳間をカットして直接明星が岳を目指すことにします。
天川村から明星が岳まではコースタイムで6時間となります。
5月11日
朝5時過ぎに宿を出発します。
天川村は谷間にあるのでまだ日差しが届いていません。
薄寒い街の中を登山口目指して歩いているとお地蔵さんが祀られています。
今回の奥駈け歩きが無事に終えられるように手を合わせます。
ほどなく吊り橋を渡ります。
この橋は人のみが渡れる橋です。
宿から10分ほどで登山口に着きました。
5:15分、さあ、ここから首が痛くなるほど上にある稜線目指して歩かなければなりません。
人工林の手入れされた斜面を登ります。
登山道はきれいに手入れされているのですが、朝一の身体には階段が堪えます。
噴き出してくる汗をぬぐいながらゆっくり登っていきます。
稜線まで来ると少し傾斜が緩みます。
しかし、小さなコブ山を上ったり下ったりが延々と続きます。
7:50分、ようやく栃尾辻に着きます。
なんと、ここにある避難小屋の建物がひっくり返っているではありませんか。
どうやら、昨年秋の台風でひっくり返ったのでしょう。
こんなすごい風が吹いたのですから、昨年秋に弥山から撤退したのは賢明だったと思いました。
ここから先は雑木林を歩きますが、日差しが樹々の間から差すだけで快適に歩けます。
9:35分、狼平との分岐点に到着です。
少し傾斜が増してきますが、快調に歩けます。
左手に弥山が見えてきます。
弥山小屋が見えています。
ほどなく明星が岳に到着、ここから奥駈け道となります。
ここまでちょうど6時間かかりました。
今夜の宿は楊子カ宿小屋を考えていますのであと2時間ほど歩かねばなりません。
天気がいいので日差しがきついです。
前方にはこれから向かう釈迦ケ岳が見えています。
右手のピークが釈迦ケ岳です。
暑さに疲れた心を花々が癒してくれます。
オオウバユリの群落があちらこちらにあります。
こんな石碑があり、ここが奥駈け修行の道であることを認識させてくれます。
ツツジが所々に咲いています。
舟の峠です。
ここから急な登山道を下ると小屋です。
13:10分、楊子の宿小屋に到着です。
なかなか立派な小屋です。
さて、水場を探さなければなりません。
小屋のどこかに水場への標識があると思い探しましたが見つかりません。
辺りをウロウロしていると2人の登山者が小屋へ歩てきます。
どうやら今夜はこの小屋に泊まるようです。
水場の場所を尋ねると「私たちも汲みに行くので一緒に行きましょう」と行ってくれます。
小屋の裏手に5分ほど歩くと、小さな本当に小さな流れがありました。
こんな小さな流れなら渇水期には枯れてしまうと思いました。
明日の行動水もここで確保できました。
あとはゆっくり小屋で休みます。
5月12日
今日もいい天気のようです。
朝4時に起きて登山準備をします。
一緒に泊まったお二人は釈迦け岳から前鬼に下山するのでのんびりしています。
朝食を済ませザックをまとめますが少し暗いので明るくなるのを待ちます。
5:00分、外が明るくなってきたので出発します。
今日もいい天気が望めそうです。
昨夜はゆっくり寝ていたので身体の動きは快調です。
ドンドン先へ進みます。
6:10分、孔雀岳をいつ通り過ぎたか分からず、孔雀覗まで来ました。
何かと思い標識の先まで歩くと、その先は絶壁でした。
いよいよ釈迦ケ岳が間近に迫ってきます。
最後の登りの手前にお不動様いました。
岩々した急斜面を登りきると釈迦ケ岳の山頂でした。
7:20分、釈迦ケ岳に到着です。
山頂にあるお釈迦様です。
この青銅製の釈迦像は、一人の合力が運んだといわれています。
なかなか立派な釈迦像ですので時間をかけて手を合わせました。
急な斜面を慎重に下ります。
ほどなく深仙小屋に着きました。
7:55分、深仙小屋です。
小さな小屋です。
こちらにあるお堂の方が立派です。
ツツジの木の下で休憩しました。
8:30分、太古の辻まで来ました。
ここから前鬼へ下山できます。
なお、吉野山からここまでを北奥駈けといい、ここから熊野までを南奥駈けというようです。
北奥駈けは、山上け岳に八経ヶ岳、そして釈迦ケ岳などいい山が連なっているので歩く人も多く、修行する山伏もたくさん歩いていたようです。
それに比べると南奥駈けは歩く人が少なくなり道が笹で覆われ廃道状態となっていたようです。
その廃道状態の奥駈け道を笹刈などをして復旧したのが「新宮山彦ぐるーぷ」の皆さんです。
この話を詳しく聞いたのは次の日に泊まった行仙宿山小屋でこのグループの世話人をしている梶野さんに会ったからです。
所々に咲いているシャクナゲです。
9:30分、天狗山を通過します。
このあたりから強い日差しに苦しめられます。
10:20分、嫁越峠を通過、苦しいながら順調に歩いています。
10:40分、地蔵岳まで来ました。
11:10分、般若岳通過。
11:20分、滝川辻を通過。
12:40分、証誠無漏岳です。
この辺りは、同じような道が続き、ひたすらコブ山を登っては下る、の連続です。
暑さのせいもあり頭が少しボーッツとしてどこまで歩いてきたか、地図を確認しながら歩く有様です。
鎖場を下るのも慎重さが求められます。
13:30分、ようやく持経の宿小屋に到着です。
長い一日でしたが、天気に恵まれ順調に歩いてくることができました。
この小屋は、水場が近くにあるので、とりあえずありったけのボトルを持って汲みに行きます。
小屋のすぐ横にある林道を小屋前から左側に300mほど歩きます。
すると、山肌を滝のように流れる沢水がはば3~4mほどあり、爽やかな音を立て流れています。
楊子の宿小屋の水場に比べると何百倍もの水量があります。
水を確保したのであとは小屋でゆっくり休みます。
天気予報をチェックしたいので携帯の電源を入れますが圏外の表示が出るだけです。
明日の天気が気になりますが、天川村でのチェックでは今夜は雨予報でした。
それを信じて明日の行動をどうするか考えます。
天気が良ければ、笠捨山を過ぎた葛川辻辺りまで歩きツェルトでビバークでもしようかなどと考えます。
そうすれば次の日の行動予定が楽になるかなどと考えていました。
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