読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【閑古堂アーカイブス】 「よれよれ酒宴隊、串間の海に吠える」(第2回)

2014-07-21 21:35:01 | 旅のお噂
「よれよれ酒宴隊、串間の海に吠える」(第1回)はこちらです。

今から14年前の2000年5月、親しい呑み仲間とともに、宮崎県最南端の串間市で行ったキャンプの記録「よれよれ酒宴隊、串間の海に吠える」の再録、第2回です。今回はキャンプにおけるメインイベントともいえる、焚き火を囲んでの飲み食いのようすをたっぷりと綴っております。
このときはカメラを持参していなかった上に、当時はまだカメラつきケータイなどといった手軽な撮影手段も手元にはございませんでしたので、このキャンプに関する写真がまったく存在しないことがいささか残念であります。少しでも写真があれば、より鮮明に当時の記憶が蘇ってくるのでしょうが。
では、以下に本文を。



さて、無事キャンプ地が決まったところで、あらためて参加メンバーの横顔とその役割を記しておきたい。

さすらいの盆地男・カマタ(行動隊長兼現地調達班長兼装備主任)
宮崎県西部の都城盆地出身。今どきすっかりすたれてしまった義理人情、そして侠気を持ち合わせた男。同じ職場にいた時分にはよくおれを飲みに連れ出し、夜の街の面白さに開眼させてくれた素晴らしき兄貴分である。必殺技は二回ひねり三段蹴りだが、最近盛り場でゴロツキ相手にやったところテキメンに腰を痛め「もうこのトシじゃきついわ」とぼやいていた。歳月は流れる。
地上最強のパワフルかあちゃん・イクコ (炊事班長兼アルコール管理主任兼主計)
仕事を続けながら3人のムスコと母親の世話を続けるかたわら、ママさんバレーに消防団、さらには和太鼓のグループにも参加しては地域の催しで叩いたり••••••と八面六臂の活躍ぶりで飲酒量もオトコ顔負けという、ウルトラの母も面目をなくしてM78星雲に帰ってしまうほどの最強のパワフルかあちゃん。チャームポイントはおっきなお目目とお・し・り(本人談)。必殺技はカラオケで「金太の大冒険」を歌って周りの人間をモンゼツさせることである。
おれ=オシカワ閑古堂(記録係兼焚き火主任兼炊事副班長)
あとの二人とはトシが十歳近く離れているにもかかわらず、なぜかこういう会に混ぜてもらっている。いわばこの会におけるアイドル的存在といえようか(ツッコミはなしね)。雑文駄文バカ文を書きなぐるのが趣味で、ゆえにこの会の記録係を仰せつかっている(というか、勝手に書いてるという説もある)。必殺技は研究開発中である。

以上である。わが隊は少数精鋭なので、一人で複数の役職も軽くこなすことができるのである。むはは。
車から荷物をおろし、防潮堤をこえてキャンプ地まで運び、テントの設営にかかる。盆地男が前の年に8000円ナリで購入し、今回2度目の登板となるヤツで、骨組みはガッチリしているものの妙に組みづらいテントである。
組み立てようとして、組立説明書がないことに気づいた。前回の登板からだいぶ間があいているので、一同こまかい手順を忘れてしまっている。しばしパーツの山を前にして途方に暮れたのだが、
「ま、やっとるうちになんとかなるじゃろ」
的アバウトさで組み立て始めた。
イイカゲンなもんだが、やってみるとけっこう「なんとかなる」もので、一同四苦八苦しつつもテントを組み立てることに成功。かくてベースキャンプも設営できた。ホッとしたところで盆地男が「どれどれ、はええとこビール飲もやビール••••••はあはあ••••••ビール••••••はあはあ」と舌を出してあえぎつついう。続けてイクコかあちゃんも「ふうう••••••そうじゃわ、はよビールにしようや••••••ふうふう••••••ビール••••••ふうふう」と上気したカオでいうので、とにかく渇きをしずめるためビールで乾杯。快晴の空の下、絶景の海岸を眺めつつ飲むつめたいビールは格別にうまい。
ノドを潤したところで昼メシの支度にかかる。おれはカマドを作って焚き火をおこし、その間イクコかあちゃんに野菜を切っておいてもらう。炎が強まったところでおれはフライパンを熱し、豚肉と野菜にメンを投入しソース焼きそばをこしらえる。ラー油少々を加えたピリ辛仕上げ。
ウム、けっこううまくできた。一同、ハラがへっていたこともあり「うめえうめえ」とビール飲みつつアッという間に平らげてしまった。
昼メシがすむと盆地男は釣り具を取りだしつつ「とれたてのキスで天ぷら食うぞお」と現地調達班長のカオをしていいながら、イクコかあちゃんとともに釣りに行った。
「ガンバって釣ってきてねえ。わたし貝をとってそれでオツマミつくって待ってるわ♡」とおれは新妻のカオで二人を見送ると、貝を採るために波打ち際へ向かった。先刻から熱心に貝をさがしている人が2~3人いた。
ムール貝かなんかが採れないかなあ、と思いつつしばらく石の間をまさぐったりひっくり返したりし続けたのだが、もともといなかったのか、先客に取られたのか、はたまた探しかたが悪かったのか何も採れずじまい。結局、唯一見つけたちっこいナマコとじゃれていただけであった。
1時間ほどたって。ふとテントのほうを見ると、釣りに行っていたハズの盆地男とイクコかあちゃんがいるではないか。あれ?もう戻ってきたの?
貝採りを放棄して戻ってくるおれを目にした盆地男は開口一番「糸が切れたっちゃが!」といった。「太かやつがかかったから引きよったら切られたっつよ」と悔しそうである。ほんまかいな?とおれがいうと、「うん、ホントに大きいのやったよ」とイクコかあちゃんもいうのである。うーむ、事実とすれば大変遺憾なことである。で、カンジンな釣果のほうはゼロ。これも大変遺憾であった。
「ウーン、そんならせめてコイツを食うワケにはいかんかのう」といっておれは、さきほどからじゃれていたちっこいナマコをイクコかあちゃんの目の前につき出した。
「きゃっ!いや~~ん」といってイクコかあちゃんは身もだえした。とこう書くと文字づらだけ見ればなんかイロッポイ感じがするけど実際はそうでもありませんでした。
「いやあ、こりゃ食えんわ」と盆地男はあっけなくいった。しょうがないのでおれはナマコどもをあっけなく解放した。迷惑かけたな。強く生きろよ。
結局、現地調達作戦第1弾はなんの成果もなく終わった。でもわれわれには明るく楽しい酒宴が待っているわけで、これしきのコトでめげたりはしないのである。青少年の前途には希望がある。
時刻は4時過ぎ。まだ日も高いのだが、きょうはもうたいしてやるコトもないので、おたのしみの宴会に突入することにした。
今回は海辺のキャンプなので魚貝類中心のメニューの宴である。自分たちで調達した食材を加えることができなかったのが残念ではあったがいいのである。すばらしい風景に、豊富に用意した食材にアルコール類、AMラジオ、気のおけない仲間たち、そして焚き火の炎••••••。これだけ揃えばもう十分ゼイタクなのであって、これ以上あれこれ望んだりするような奴はバチあたりというもの。そういうバチあたりモンはアウトドアの神ワイルドン(いるかどうかしらないけど)や野外仏の自然院環境居士(いるわけない)などからフクロ叩きにされても文句はいえまい。
ついでにいえば。われわれよれよれ酒宴隊の野外装備は必要最小限のじつに質素な(貧しいという言いかたもできるが••••••)なものである。せいぜいテントや七輪に折りたたみ椅子が目立つぐらいで、あとはすべてありあわせの道具なのだ。調理器具は家で使ってるのと同じナベやフライパンだし、寝具はこれまた家で使ってるのと同じセンベイぶとんに毛布である。でも、よほど自然環境の厳しいところに行くのでもなければ、こんなもんでも十分にアウトドアを楽しめるのだ。
やたらグッズカタログにのっているようなオシャレで仰々しい用具を高いカネ出して揃えたがる向きがある。そりゃ確かにベンリで快適に過ごせるだろうしサマになってるかもしれない。どのような「アウトドアライフ」を楽しもうが自由なのだとは思う。
しかしナマイキをいえば、そもそも野外に出てまでベンリさや快適さを求めたりしきりにカッコつけたりするのは本末転倒ではないだろうか。不便でモノがない中で工夫して過ごしてこそ野外生活の価値や醍醐味があると思うのだ。ベンリベンリは都会に打っちゃってしまって、野外では自然生活における知恵や技術、自然現象に対する正確な知識、そして自然を愛し、それを壊さない理性とを身につけることが大事なのであり、この点よれよれ酒宴隊としてもくれぐれも自戒せねばならぬと思う今日このごろなのである。••••••でも、ダッチオーブンだけは欲しいなあ、いろんな料理がつくれるし。

話がそれてしまった。おたのしみの宴会のことであったな。
「ビールのつまみはおれにまかせときねえ!」とおれは宣言し、まずはエビを使ってトムヤムクンをつくることにした。
「エッ?なんやそのトムなんとかって」と盆地男がきく。
「これはトムヤムクンというのよ。タイの辛口エビスープでねえ、ナンプラーという魚ジョウユが味の決め手なの」となぜかここでオネエ言葉になっておれが説明する。
それではきょうはトムヤムクンのつくり方いきましょうかねえ。まずナベを火にかけて油をひき••••••あっイクコかあちゃんニンニクとショウガのみじん切りはOKね••••••このニンニクとショウガのみじん切りとタカノツメを炒めます。タカノツメは、そうねえ、4本入れときましょうか。••••••えっ、なによイクコかあちゃん、4本も入れたら辛すぎる?大丈夫よ4本ぐらいだったら。少し辛いぐらいがビールに合うんだから。••••••はい、タカノツメは4本入れますね。で焦がさないように炒めて香りを出してくださいね。
さあカマちゃんお水のほうお願い••••••そうそう、そのくらいでいいわね••••••はいお水を入れました。でお水に火が通ってきたらブイヨンを入れます。そうね2個入れときましょうかしらね。そして味の決め手のナンプラーを、そうねオタマ一杯半くらい入れましょうかね。あまり入れすぎるとニオイがきつくなるから気をつけてちょうだいね。
はいそれではエビを入れましょう。そうねえ、ひとり2匹ずつ見当でいきましょうかね。はい、エビの次にお野菜を••••••本場ではフクロタケやなんかを入れたりするようですけど今回はありあわせでタマネギとキャベツを使います••••••はい入れました。よく煮込みましたら仕上げにレモンをしぼって••••••はい出来上がりです。きょうはトムヤムクンのつくり方のご紹介でした。なおレシピのほうはテキスト5月号の69ページにのっております。
「おお、うまそうなんができたが」と盆地男。「ほんじゃそのトムワトソンを食おうや」あのう、トムヤムクンなんすけど••••••。
なにはともあれ、トムワト••••••もといトムヤムクンを器にとりわけ、ビールの缶も開けられ、いよいよ宴会のはじまりである。
「んんっ!けっこううめえわ、こんトムナムナンてやつは」と盆地男。
「うん、そんげ辛くはないわ。大丈夫」とイクコかあちゃんもいった。トムヤムクン作戦はとりあえず成功のようである。
「なかなかうめかったわ、こんトムクルーズとかいうのは」しかし、最後まで盆地男が料理名をおぼえてくれなかったのが心残りである。
おれはひき続きアサリバターの調理にかかる。並行して炊事班長のイクコかあちゃんがゴハン炊きにかかる。
「ひとり二合で足りるやろか」とイクコかあちゃん。「わたしは少食やからいいけどカンちゃんあたりが食べそうやしねえ」
「かあちゃん、それ自分のコトやろ」
宵闇が迫り、日中暑いくらいだった気温もだいぶ涼しいものになってきていた。ラジオではナイター中継がはじまった。そろそろ海鮮鍋に登場してもらうことにしようではないか!となった。
「さあ本日のメーンイヴェ~~~ント~!!」
「お鍋の時間がやってきましたねえ」
「ショーチューの時間もやってきましたねえ」
イクコかあちゃんによってミソ仕立ての鍋がこしらえられることになり、魚やエビ、ホタテ、トリ肉、豆腐、白菜、ネギといった具材がおもむろに投入された。土鍋にフタをし、焼酎のお湯割りをのみつつ煮えるのを待つ。
「こんげして鍋が煮えるのを待ちながらショーチューをのむときの気分というのはいいねえ」
「そうそう。こうやって辛抱してじっくり待ってこそ、より大きなヨロコビとシアワセが得られるのやねえ」
「人生もおんなじやねえ」
などと高尚な会話を交わすうちにだいぶ煮えてきた。うまそうなニオイがあたりに漂う。盆地男がフタを取る。「おおっ!こおらうまそうじゃが、はよ食おや!」いうが早いかハシで具をつまんで口に運んだ。この間4~5秒ほど。みごとなハヤワザであった。そして、
「あひあひ••••••ほれはふまひふぁ、ふほほほほ」(あちあち、これはうまいわ、うほほほほ)と全体にハ行音化していった。イクコかあちゃんとおれもさっそくハシを伸ばす。
「うん、おいしいわあ」とイクコかあちゃん。
「うめえ~!うめえぞおっ!」とおれはわめいた。一同、うまいナベをつつきながら焼酎もすすむ。
「けっこういいダシが出ちょるわ」
「橋の下で喰うナベもいいけど、こうやって海辺で喰うナベちゅうのは最高やねえ」
「これにキタローを入れたらイイ味が出るやろうか、やってみっか」
「いや~ん、ソレだけはやめない」
「それにしてん、こういうところでのむショーチューはうまいねえ」
「おう、そりゃなんつってもショーチューは “人民の酒” じゃもん。お高くとまってるだけのボージョレー・ヌーボーだのナポレオンだのは頭が高い!」
「ほんと、しやわせだねえ」
「うまいナベ、うまいショーチュー、燃える焚き火、波の音、空には星、そしてその中にわたしたちがいて••••••うふ、しやわせ」
「まこつ、あん17歳のバスジャック犯もこういう経験しとったら、あんげなふうにはならんかったやろ」
「ほんと、秀才だの優等生だのいわれるヤツはいかんわ。世の中にはもっと楽しくて意義あるコトがいっぱいあるのに、周りのオトナがしいたレールの上をいやでも走らされるだけやから、フラストレーションもたまるわな」
「子どもたちにはパソコンばっかりイジらせんで、もっと自然遊びをさせんといかんわ」
「そうそう」
夜もふけて、空には満点の星が広がり、海にはいくつかの漁火がともっている。そして焚き火の炎がそれらに負けじといっそう明るくわれわれのキャンプ地を照らしている。
「ねえカマちゃん、あの漁火は何をとってるのかねえ」
「うん、ありゃトビウオかなんかじゃろね」
「ねえねえカマちゃん、むこうに見える街の灯はどこやろか、鹿児島市か?」
「鹿児島はこっからは見えんわ。ありゃ志布志じゃが。で、そのむこうが内之浦やが」
「へえ、あそこからロケットがドドーッて飛ぶんだあ。ねえねえカマちゃん、ロケットはなんで宇宙に行けるの?」
「そらオレにもわからんなあ」盆地男とあとの2人との子ども電話相談室的な会話が続いた。
「おお、あすこにもオレたちの仲間がおるが」と盆地男が眺めるほうを見やると、われわれが行きそびれた砂浜のあたりに灯りが見える。おそらくはオートキャンプの一団であろうか、ランプが煌々と輝いている。そこから右のほうの浜には、かすかにゆらめくオレンジ色の輝き。どうやら焚き火のようだ。
「おお、オレたちと同じ焚き火仲間じゃが!おおーい!」おれは叫んだ。「ヤッホー!××××!」
「カンちゃん、そんコトバはまずいわ」
おれはなんとはなしに嬉しくなり、彼方の誰とも知れぬ焚き火仲間に連帯感をおぼえた。むこうは一人だろうか、それともグループだろうか。焚き火を前にしてなにを食い、どんな話をしているのだろうか••••••。
おれは焚き木をつぎ足して火を大きくした。むこうの焚き火仲間にこちらの火が見えるだろうか、と思いそうしたのだが、火勢が強くなると思わず知らず踊りたくなるのが人情というものである(ホントーか?)。われわれは焚き火の周りで「阿波おどり風バカ踊り」や「おねがーいあーといっかーい音頭」などをひとしきり踊りまくった。
燃える炎は、ヒトの心を高揚させる。
踊りまくると、酔いと疲れがまわってきたのか、イクコかあちゃん、盆地男とトシの順に横になり眠りだした。あたりは焚き火の爆ぜる音と波の音、それにかすかに流れるラジオの音のみ。彼方の焚き火も、いまやかすかな点のようになり、暗闇の中に消えようとしていた。
おれは一人、なおも焚き木を足しながら炎を眺め続けた。燃える炎を一人静かに眺めていると、凶悪な少年犯罪のことも、失業中だったオノレの境遇のこともすべて忘れ、心おだやかで安らかな気持ちになった。この気分を味わいたくて、焚き火をしたくなるのかもしれない。
燃える炎は、ヒトの心を高揚させる一方で、心をしずめ、癒してくれる。
0時をまわる頃、焚き火の炎も弱まりオキになった。おれもテントにもぐりこみ寝ることにした。ダンボールの上に横になるとたしかに下の石がゴツゴツしたが、不快というわけでもなく、ほどなく眠った。


(あと1回つづく)