『新種の冒険 びっくり生きもの100種の図鑑』
クエンティン・ウィーラー&サラ・ペナク著、西尾香苗訳、朝日新聞出版
地球という惑星の中で暮らしている、たくさんの動植物。その中には、われわれ人類が存在を知ることができずにいる生きものが、まだまだたくさんいます。
人類によってその存在を見出され、名前がつけられた生きものは約200万種。しかし、いまだ未発見で名前もつけられていないという動植物は、少なくとも1000万種。単細胞生物まで含めると、その数はさらに膨大なものになるといいます。
しかし、研究者たちのたゆみない探究心と、さまざまな技術の発達により、それら未知の生きものたちも少しずつ「新種」として見出され、名前がつけられて分類系統の中に組み込まれていくことになります。毎年、平均で1万8000もの新種が報告されているのだとか。
2000年以降になって見出され、名前がつけられた「新種」の中から、驚くような特徴や生態を持った動植物100種類を選りすぐり、オールカラーの写真と解説で紹介した図鑑本が、この『新種の冒険 びっくり生きもの100種の図鑑』です。
写真の1枚1枚を眺めていくだけでも驚きがいっぱいで、なんだかワクワクさせられるものがありました。
まるで着物の江戸小紋のような、白い斑点の散らばる文様で彩られたウミウシ。中心から放射状に5本線を引けば、まったく同じ5つのパーツに分けられる「五放射相称」の凝った模様で塗り分けられた本体を持つウニ。工芸品のように細かく端正な造形を、ミクロの大きさの中に見出すことのできる珪藻•••。そんな美しい外見の生きものたちを見ると、自然が作り出した美の素晴らしさにため息が出そうになります。また、ダンボの耳のようなヒレで泳ぎ回るという、深海に住むタコの可愛らしさには、思わず顔がほころんでしまいました。
かと思えば、一見すると脳なのか泥なのかわからないような異様な外見をした(しかも、単細胞生物としては破格である12㎝という大きさの)原生生物の一種である有孔虫や、上に向かって細長く突き出した「首」から、これまた長い牙が生えたクモ•••などなど、まるでSF映画に出てくるモンスターやエイリアンのような異様な外見を持った生きものがあったりします。それはそれで、人間の想像力を超えるような、自然による造形の妙に感心させられたりいたしました。
巧みな擬態によって他の種類やモノになりきる生きものにも、ひたすら感心させられるようなスゴいヤツが。食べると不味い他種のチョウに見せかけて捕食者を避けるアゲハチョウの一種。仲間のふりをして他種の魚の群れに紛れ込み、その群れにいる魚を捕食してしまうというカワスズメの一種。それらにも驚かされたのですが、最も感心させられたのが珊瑚になりきるタツノオトシゴでした。体の色といい表面の凸凹具合といい、珊瑚に紛れていたらまず見つけられないくらい見事な「なりきり上手」っぷりです。
中には、できればお近づきになりたくないなあ、というような生きものもあります。
脚を広げると30㎝にもなるという「Mサイズのピザほどもある」巨大なアシダカクモの仲間。毛に覆われた本体と、そこから伸びるぶっとい脚がインパクト十分すぎるこのクモの写真も、カラーでどどーんと載っていて、クモ嫌いの方にはちょっと刺激が強いかもしれません。もっともこのクモ、「サイズゆえに恐怖を引き起こすのを除けば、幸いなことに人間に害は及ぼさない」とか。そういえば、日本に住んでいるアシダカグモも、人間に害を及ぼすどころか、ゴキブリを捕食してくれるありがたい存在だったりいたしますね。なので仲間にしてあげたい気もするのですが、あのブキミなビジュアルを目にすると、「近づかんでくれ、頼むから」と思ってしまったり。•••アシダカグモには申し訳ない話なのですが。
他には、もし目に入ると失明の危険があるという毒液を約3mも噴出させる、その名も「ドクハキコブラ」や、刺されてもまったく痛くないのに、刺されてから20分もたたないうちに心臓発作で死ぬこともあるというクラゲも、なるべく出くわしたくはない生きものです。さらには、アリに寄生してゾンビ化させて操り、胞子を運ばせるという菌類の一種も。菌類にもまだまだ、奥深くてフシギな世界がありそうだなあ。
すでに絶滅して存在しない生物も、化石として発見されれば「新種」として登録されることになります。そんな「化石になってるけど新種」の中でもとりわけ変わっているのが、「葉足動物」という絶滅した動物群の一種です。化石で見る限り、サボテンなどの植物にしか思えないこの動物、復元図を見てもちっとも動物には見えない•••。
また、琥珀の中に閉じ込められている、1億年前に生息していた最古のハチには、花粉を運ぶための毛が生えていました。それにより、白亜紀には昆虫による花粉媒介が行われていて、それが植物の多様化に貢献したことが証明されたのだとか。すでに絶滅した生きものたちも、われわれが知らない古くて新しい事実を教えてくれる貴重な存在なのです。
本書には、いままさに絶滅の危機に瀕している生きものたちも紹介されています。ケモノハジラミというシラミの仲間は、絶滅危惧種であるスペインオオヤマネコ「だけに」寄生するがゆえに、絶滅の危機にあるというのです。
1種の生きものの絶滅が、別の生きものが絶滅する原因ともなってしまう•••。たとえ見た目がブキミであったり、やっかいな性質を持っている生きものであったとしても、生態系を維持していくためにはやはり大事な存在であったりするのだ、ということが、このシラミの事例からもよくわかりました。
一方で、深海にある超高温の熱水噴出孔付近に生息するカレイや、標高3000~4200mの高山地帯に生えているポピーなど、過酷な環境に適応し、しぶとく頑張っている生きものたちも登場しています。
生命というのは脆くもあるが、同時にしぶとくてしたたかでもある。そのことが、生物の多様性を育んでいるのだ•••。本書を読むと、そのことをしみじみ感じさせられます。
本書の序章では、生物多様性を持続可能なものにするためにも、種の探索が重要であるということが語られています。
「多様性の高い生態系のほうが予期せぬ変化にも耐えやすく、さらに、将来的に何が起ころうともうまく受け止められる可能性が高い。だが、ある生態系にどんな種が既に存在しているのか、実際に知らない限りは、種が消えてしまってもそれに気がつくことなどできないし、生物多様性の変化をモニターすることもできない。予測不能な環境の将来に対し自信をもって立ち向かうためには、種を探索していくほかないのである。」
今にも消滅しようとしている生きものもいる中で種の探索を続け、地球の生物多様性を保っていくために、われわれができることとは一体何か?本書の最後に示された答えは極めてシンプルなものでした。それは「自分の好奇心に従って行動すればいいだけだ」。
堅苦しいリクツや、押しつけがましいイデオロギー的スローガンなどではなく、好奇心を持つことで生物多様性を持続可能なものにすることができる•••。シンプルだけど、とても勇気づけられるメッセージでありました。
驚きの写真の数々はもちろんでしたが、生物学の知見をしっかりと踏まえながら、ところどころにユーモアが散りばめられている解説文もまた、好奇心を大いに刺激させてくれました。
変わり種の生きものたちに驚かされ、好奇心を刺激されながら、生物多様性の重要性を学ぶことができる、興味の尽きない一冊です。
(勤務先である書店のホームページのブログに記した文章に、大幅に手を加えた上でアップいたしました)
【関連オススメ本】
『へんななまえのへんないきもの』
アフロ著、中経出版(現・KADOKAWA/中経出版)、2013年
「ウルトラマンボヤ」「ハナデンシャ」「デスストーカー」「エッチガニ」「ゾウキンザメ」「オジサン」「ウンコタレ」などなどなど、ヘンテコな名前やビジュアル、生態を持っている生きものたち59種類を、大手フォトエージェンシーのアフロが管理している膨大な写真から選りすぐって紹介した写真集。こちらも、楽しみや驚きとともに、多彩な生きものたちがいることの豊かさを感じさせてくれる一冊です。当ブログでの紹介記事はこちらであります。