薩摩郷土料理とともに味わった生ビールやら焼酎で、真っ昼間からほろ酔い気分というありさまだったわたくし。天文館界隈からしばし歩いてフェリー乗り場までたどり着き、桜島へと渡ることにいたしました。
正午を回る頃には少し、空が明るくなってきていたとはいえ、フェリーに乗り込んで眺める桜島は、まだまだ雲に覆われておりました。ですが、こうしてフェリーで桜島を目指していると、ああ鹿児島に来てるんだなあ、という気分が盛り上がってきたりして、なかなかいいものでございますね。フェリーの中も、連休で訪れている観光客でいっぱいでありました。20分ほどでつつがなく、フェリーは桜島に到着いたしました。
わたくし、桜島に渡ったら久しぶりに、古里温泉を訪ねようと思っておりました。
『放浪記』や『浮雲』で知られる作家、林芙美子ゆかりの地でもある古里温泉には、海のすぐそばにある混浴の露天風呂がございました。わたくしも、そこには2度訪れたことがありました。
混浴、と申しましても、龍神さまが祀られている神聖な場所だということで、浴衣のような白い入浴着を着用して入らなければいけなかったというのが、少々ザンネンではありましたが•••。とはいえ、湯船のすぐ向こうに望む錦江湾の風景は、ヨコシマな下心なんぞ雲散霧消させてしまうような、見事な絶景でありました。
2度目の訪問のときに湯に浸かっていると、何をカン違いしたのか入浴着もつけず、スッポンポンのまんまで入ってきたお兄ちゃんが現れ、わたくしを含め湯に浸かっていた先客全員が大爆笑•••なんて、ちょいとヘンテコだけど楽しい思い出のある場所でもございました。
その後、この露天風呂を持っていた観光ホテルは数年前に破産して営業を終えてしまい、以来この露天風呂は入ることができないままとなっております。実に寂しいことなのでありますよ。
ところが。事前のリサーチによれば、やはり海を望むことができる立ち寄り露天風呂が、古里温泉にはもう一つあるというのです。それもやはり混浴だということで、それはぜひとも入ってみようと、古里温泉まで脚を伸ばすつもりでおりました。
そこで、フェリー乗り場のバスターミナルで路線バスの時刻を確かめてみると、古里温泉を経由する路線バスは、次の便まで1時間ほど待たねばならないといいます。いくら2泊3日の余裕あるスケジュールとはいえ、バス待ちで1時間もかけるのは避けたい。ならばタクシーで•••と思ったら、観光客の多いこの時期、タクシーも出払っていてつかまらないという状態。やれやれ。やはり、混浴目当てのヨコシマな気持ちでやって来たのが、いけなかったのかもしれませんなあ。ここはあっさり、作戦変更といきましょう。
わたくし、桜島港から歩いて10分ほどのところにある国民宿舎「レインボー桜島」にある立ち寄り湯「桜島マグマ温泉」に入ることにいたしました。
こちらの大浴場は露天風呂ではないものの、大きな窓から望む錦江湾の景色はなかなかいい感じでありました。さすがに風呂の中から写真は撮れませんでしたが、ほぼ、下の写真のような景色でありました。
土色に濁ったお湯は、かすかに硫黄と金っ気の混じった匂いがいかにも「効きそう」な感じがいたしましたね。温度は少々熱めで、しばらく浸かっているとカラダがポッポポッポと温まってまいりました。さすが「マグマ温泉」であります。
お湯から上がって施設を後にするとき、こんなイベントの告知が目に止まりました。
「桜島噴火撮影会」とは•••。ううむ、いかにも鹿児島ならではの撮影会、という感じがひしひしと。
桜島の恵みである温泉を満喫したわたくしは、すぐ近くにある「桜島ビジターセンター」を訪ねました。
桜島の噴火活動の歴史や自然環境などを、パネル展示や映像などで紹介する入場無料のミニ博物館。入って間もなく目を引いたのは、こんな表示でありました。
昨年の爆発(振動や噴石を伴う爆発的噴火、という意味です)が450回だったのに対し、今年に入ってからの爆発は471回。今年、と申しましてもまだこの時点で5月初旬でありまして、その時点で昨年を上回る爆発があったとは。このところ、桜島の噴火活動が活発化していることは仄聞しておりましたが、こうして数字で示されると、その活発ぶりが実感を持って感じられてきます。
桜島と大隅半島が陸続きになってしまうほどの大量の溶岩が流れ出た、大正3年の大噴火。その時の被害を伝える記念碑の読み下し文も掲示されておりました。それによれば、地震や噴火口から上がる白煙などといった危険な兆候を見てとった当時の村長は測候所に問い合わせるも、桜島には噴火はないとの答えが返ってきたといいます。それを信じた村長は、残った住民に「あわてて避難するには及ばない」と説きましたが、それから間もなく大噴火が。かくて、「測候所を信頼した知識階級の人」がかえって被害に遭うという結果になった、と。
記念碑はこのように警鐘を鳴らします。
「住民は理論を信頼せず、異変を感じた時は事前の避難の用意がもっとも大事で、日頃からいつ災いにあってもあわてない心構えが必要である」
あの東日本大震災を境にして、多くの地震や火山の噴火に見舞われているわが日本(この記事をアップした5月13日の早朝にも、東北沖で最大震度5強という地震がございました)。そんな中にあって、命を守っていくために必要な知恵を、この碑文は教えてくれているように思えました。
ビジターセンターを後にすると、これまた近くにある「桜島溶岩なぎさ公園」の中にある足湯で一服いたしました。
上に掲出した写真は極力、人が写っていないものを選びましたが、長さが100メートルになるという長~い足湯は、やはりたくさんの人たちで賑わっておりました。足湯に浸かりながら眺める対岸の風景は、顔を出してきた太陽の光を浴びてキラキラと輝いていて、実にいい気分でありました。
そう。このいい景色も、気持ちのいい温泉も、紛れもなく桜島がなければ生まれなかったものであります。いざという時のための備えは怠らないようにしなければなりませんが、平時の時にはその恵みを感謝とともに、たっぷりと享受するのが、桜島との理想的な付き合い方なのではないか•••。
足湯に浸かりながら、あらためてわたくし、そんなことを考えたりしていたのでありました。
桜島から鹿児島市街へと戻ると、さっそく天文館界隈のすぐそばにあるビジネス系ホテルにチェックインいたしました。今回は2泊とも、このホテルのお世話になりました。
一休みしたあと、お楽しみの天文館界隈飲み食い歩きへと出陣であります。時刻は5時半頃。まだ日も高かったのですが、既にぼちぼちと、飲み歩きに出ている皆さまの姿がありました。
まず最初に立ち寄ったのが、賑わうアーケード街の中にある「味の四季」。おでんと家庭的な薩摩料理がメインのこのお店も、わたくしのお気に入りであります。
おでんといえば外せない、大定番の大根や玉子もさることながら、ジャガイモも中までしっかりきっちり味が染みていて美味しく、生ビールがくいくい進みました。そして豆腐は、上に味噌が乗っかった田楽仕立て。これもいい感じでしたね。
ほかに頂いたのが、黒豚の串焼きと「がらんつ」。「がらんつ」とはイワシの干物のことで、アタマから丸かじりすると、旨味の中に程よい苦味が。これもまた、お酒が進む一品でしたねえ。
生ビールはあっという間になくなり、すぐさま焼酎に突入。こちらも大定番の「小鶴くろ」に続いてチョイスしたのが、鹿児島限定という「きばいやんせ」。鹿児島の方言で「がんばりなさいよ」という意味のこのことば、ご当地出身の長渕剛さんも、歌の中で使っておられましたなあ。きりりとした爽快な飲み口は、確かに活力が湧いてきそうな感じが。もう一杯、おかわりをいたしました。
飲み食いを楽しんでいると、カウンターの隣で飲んでおられたご夫妻が話しかけてきてくださり、いろいろとお話するうちに意気投合いたしました。ご夫妻は山口県から、バイクに乗って九州を降りてきてこられたといいます。
夫さんのほうは、かつて鉄道関係のお仕事をなさっておられたといい、職場の先輩と停車中の貨車の中に潜り込んで、七輪でサンマを焼いて食べてたら煙がもうもうと上がってしまい、それを見ていた乗客から通報されてしまい上役から大目玉を食らった•••という話を楽しく聞かせてくださいました。とても気のいい好人物という感じのお方です。
そして妻さんのほうは、夫さんとは15~20歳くらいはお若く見える上、かなりの美人さんでありました。いやあ、こういう美人でお若い方とご一緒という夫さん、羨ましい限りですねえ。わたくしが宮崎の人間であることを知ると、「宮崎は通過するばかりでまだ行ったことがなくって」と、宮崎の美味しいものをいろいろとお訊きになられました。ぜひとも、こういう方々に来ていただければ嬉しいですねえ、宮崎にも。不肖わたくし、及ばずながらご案内役をさせていただきますよ。
けっこう、いろいろな料理やお酒をたっぷりご賞味なさっていたご夫妻、注文した日本酒が思ったよりも量が多かったので•••と、わたくしにもお裾分けしてくださいました。おかげさまで、実に心地のいい酔いがカラダに回ってきたのでありました。お二人さん、本当にありがとうございました。
明日の朝は早いので、ということで、ご夫妻は一足先にお戻りになることに。わたくし、お土産を買うのに立ち寄るといい場所をお教えして、お二人と別れたのでありました。ですが、お時間が許せばもう一軒ご一緒したかったくらい、とっても素敵なご夫妻でありました。ぜひまた、どこかでお会いしたいものであります。
こういう素敵な方々との嬉しい出会いもあるということが、旅先での一人飲みの楽しみ。わたくし、満たされた気持ちとともに、「味の四季」を後にしたのでありました。
もうだいぶ、酔いが回っておりましたが、鹿児島に来たら必ず立ち寄ることにしている、もう一軒のお店に足を向けました。アーケード街から外れた、飲み屋ひしめく雑居ビルの一つにある居酒屋「龍泉」であります。気のいいママさんが切り盛りする小さなお店なのですが、料理がどれも美味しくて、居心地もいい隠れ家的なお店なのであります。
ここに来るとついつい注文してしまうのが、「龍泉揚げ」という名前のさつま揚げと、かつおの腹皮焼きの2品であります。
軽快な歯ごたえの中にすり身の美味しさがあふれる「龍泉揚げ」と、適度な塩気と旨味が染みているかつおの腹皮焼き、いずれも焼酎がよく進む佳肴なのでありますよ。
ママさんいわく、しばらく前に放浪の酒場詩人・吉田類さんがローカルテレビ局の企画でここをお訪ねになられたそうで、その模様は鹿児島限定で放送されたのだとか。で、それを見てやってきた、というお客さんが先刻までいたというのです。さすが、わたくしも敬愛してやまない酒呑みのカリスマ・類さんの影響力というのはすごいのでありますなあ。
ふと、店内にあるテレビに目をやると、ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)が、鹿児島にある旧集成館をはじめとする、明治時代の日本における産業革命遺産群(ほかには福岡県の八幡製鉄所や、長崎県の「軍艦島」こと端島など)を世界文化遺産に指定するように勧告した、とのニュースをやっておりました。鹿児島にとりましても嬉しいニュースを、その鹿児島にいる時に目にするというのは、まことに辻占のいいことではございませんか。いやあ、めでたいめでたい。
天文館界隈で出会った、素敵な方々と嬉しいニュースに、わたくしのココロも大いに満たされたのでありました。
このままホテルまで戻ろうかとも思ったのですが、せっかく鹿児島まで来たんだから締めのラーメンを!ということで、長らく自主規制していた(といいますか、歳とともにお腹にもたれるようになってきたから食べなかった、というのがあるのですが•••)締めのラーメンを解禁することにいたしました。立ち寄ったのは、ご当地でも人気のあるラーメン屋さん「豚とろ」。文字通り、豚とろを煮込んで作ったチャーシューがふんだんに乗っかった、こってり系のラーメンであります。
とまあ、最初から最後まで、飲んで食ってばかりの初日が終わったのでありました。•••ああ、オレはこの日だけでどんだけ、カロリーを摂取したんだろうなあ。
(第3回につづく)
正午を回る頃には少し、空が明るくなってきていたとはいえ、フェリーに乗り込んで眺める桜島は、まだまだ雲に覆われておりました。ですが、こうしてフェリーで桜島を目指していると、ああ鹿児島に来てるんだなあ、という気分が盛り上がってきたりして、なかなかいいものでございますね。フェリーの中も、連休で訪れている観光客でいっぱいでありました。20分ほどでつつがなく、フェリーは桜島に到着いたしました。
わたくし、桜島に渡ったら久しぶりに、古里温泉を訪ねようと思っておりました。
『放浪記』や『浮雲』で知られる作家、林芙美子ゆかりの地でもある古里温泉には、海のすぐそばにある混浴の露天風呂がございました。わたくしも、そこには2度訪れたことがありました。
混浴、と申しましても、龍神さまが祀られている神聖な場所だということで、浴衣のような白い入浴着を着用して入らなければいけなかったというのが、少々ザンネンではありましたが•••。とはいえ、湯船のすぐ向こうに望む錦江湾の風景は、ヨコシマな下心なんぞ雲散霧消させてしまうような、見事な絶景でありました。
2度目の訪問のときに湯に浸かっていると、何をカン違いしたのか入浴着もつけず、スッポンポンのまんまで入ってきたお兄ちゃんが現れ、わたくしを含め湯に浸かっていた先客全員が大爆笑•••なんて、ちょいとヘンテコだけど楽しい思い出のある場所でもございました。
その後、この露天風呂を持っていた観光ホテルは数年前に破産して営業を終えてしまい、以来この露天風呂は入ることができないままとなっております。実に寂しいことなのでありますよ。
ところが。事前のリサーチによれば、やはり海を望むことができる立ち寄り露天風呂が、古里温泉にはもう一つあるというのです。それもやはり混浴だということで、それはぜひとも入ってみようと、古里温泉まで脚を伸ばすつもりでおりました。
そこで、フェリー乗り場のバスターミナルで路線バスの時刻を確かめてみると、古里温泉を経由する路線バスは、次の便まで1時間ほど待たねばならないといいます。いくら2泊3日の余裕あるスケジュールとはいえ、バス待ちで1時間もかけるのは避けたい。ならばタクシーで•••と思ったら、観光客の多いこの時期、タクシーも出払っていてつかまらないという状態。やれやれ。やはり、混浴目当てのヨコシマな気持ちでやって来たのが、いけなかったのかもしれませんなあ。ここはあっさり、作戦変更といきましょう。
わたくし、桜島港から歩いて10分ほどのところにある国民宿舎「レインボー桜島」にある立ち寄り湯「桜島マグマ温泉」に入ることにいたしました。
こちらの大浴場は露天風呂ではないものの、大きな窓から望む錦江湾の景色はなかなかいい感じでありました。さすがに風呂の中から写真は撮れませんでしたが、ほぼ、下の写真のような景色でありました。
土色に濁ったお湯は、かすかに硫黄と金っ気の混じった匂いがいかにも「効きそう」な感じがいたしましたね。温度は少々熱めで、しばらく浸かっているとカラダがポッポポッポと温まってまいりました。さすが「マグマ温泉」であります。
お湯から上がって施設を後にするとき、こんなイベントの告知が目に止まりました。
「桜島噴火撮影会」とは•••。ううむ、いかにも鹿児島ならではの撮影会、という感じがひしひしと。
桜島の恵みである温泉を満喫したわたくしは、すぐ近くにある「桜島ビジターセンター」を訪ねました。
桜島の噴火活動の歴史や自然環境などを、パネル展示や映像などで紹介する入場無料のミニ博物館。入って間もなく目を引いたのは、こんな表示でありました。
昨年の爆発(振動や噴石を伴う爆発的噴火、という意味です)が450回だったのに対し、今年に入ってからの爆発は471回。今年、と申しましてもまだこの時点で5月初旬でありまして、その時点で昨年を上回る爆発があったとは。このところ、桜島の噴火活動が活発化していることは仄聞しておりましたが、こうして数字で示されると、その活発ぶりが実感を持って感じられてきます。
桜島と大隅半島が陸続きになってしまうほどの大量の溶岩が流れ出た、大正3年の大噴火。その時の被害を伝える記念碑の読み下し文も掲示されておりました。それによれば、地震や噴火口から上がる白煙などといった危険な兆候を見てとった当時の村長は測候所に問い合わせるも、桜島には噴火はないとの答えが返ってきたといいます。それを信じた村長は、残った住民に「あわてて避難するには及ばない」と説きましたが、それから間もなく大噴火が。かくて、「測候所を信頼した知識階級の人」がかえって被害に遭うという結果になった、と。
記念碑はこのように警鐘を鳴らします。
「住民は理論を信頼せず、異変を感じた時は事前の避難の用意がもっとも大事で、日頃からいつ災いにあってもあわてない心構えが必要である」
あの東日本大震災を境にして、多くの地震や火山の噴火に見舞われているわが日本(この記事をアップした5月13日の早朝にも、東北沖で最大震度5強という地震がございました)。そんな中にあって、命を守っていくために必要な知恵を、この碑文は教えてくれているように思えました。
ビジターセンターを後にすると、これまた近くにある「桜島溶岩なぎさ公園」の中にある足湯で一服いたしました。
上に掲出した写真は極力、人が写っていないものを選びましたが、長さが100メートルになるという長~い足湯は、やはりたくさんの人たちで賑わっておりました。足湯に浸かりながら眺める対岸の風景は、顔を出してきた太陽の光を浴びてキラキラと輝いていて、実にいい気分でありました。
そう。このいい景色も、気持ちのいい温泉も、紛れもなく桜島がなければ生まれなかったものであります。いざという時のための備えは怠らないようにしなければなりませんが、平時の時にはその恵みを感謝とともに、たっぷりと享受するのが、桜島との理想的な付き合い方なのではないか•••。
足湯に浸かりながら、あらためてわたくし、そんなことを考えたりしていたのでありました。
桜島から鹿児島市街へと戻ると、さっそく天文館界隈のすぐそばにあるビジネス系ホテルにチェックインいたしました。今回は2泊とも、このホテルのお世話になりました。
一休みしたあと、お楽しみの天文館界隈飲み食い歩きへと出陣であります。時刻は5時半頃。まだ日も高かったのですが、既にぼちぼちと、飲み歩きに出ている皆さまの姿がありました。
まず最初に立ち寄ったのが、賑わうアーケード街の中にある「味の四季」。おでんと家庭的な薩摩料理がメインのこのお店も、わたくしのお気に入りであります。
おでんといえば外せない、大定番の大根や玉子もさることながら、ジャガイモも中までしっかりきっちり味が染みていて美味しく、生ビールがくいくい進みました。そして豆腐は、上に味噌が乗っかった田楽仕立て。これもいい感じでしたね。
ほかに頂いたのが、黒豚の串焼きと「がらんつ」。「がらんつ」とはイワシの干物のことで、アタマから丸かじりすると、旨味の中に程よい苦味が。これもまた、お酒が進む一品でしたねえ。
生ビールはあっという間になくなり、すぐさま焼酎に突入。こちらも大定番の「小鶴くろ」に続いてチョイスしたのが、鹿児島限定という「きばいやんせ」。鹿児島の方言で「がんばりなさいよ」という意味のこのことば、ご当地出身の長渕剛さんも、歌の中で使っておられましたなあ。きりりとした爽快な飲み口は、確かに活力が湧いてきそうな感じが。もう一杯、おかわりをいたしました。
飲み食いを楽しんでいると、カウンターの隣で飲んでおられたご夫妻が話しかけてきてくださり、いろいろとお話するうちに意気投合いたしました。ご夫妻は山口県から、バイクに乗って九州を降りてきてこられたといいます。
夫さんのほうは、かつて鉄道関係のお仕事をなさっておられたといい、職場の先輩と停車中の貨車の中に潜り込んで、七輪でサンマを焼いて食べてたら煙がもうもうと上がってしまい、それを見ていた乗客から通報されてしまい上役から大目玉を食らった•••という話を楽しく聞かせてくださいました。とても気のいい好人物という感じのお方です。
そして妻さんのほうは、夫さんとは15~20歳くらいはお若く見える上、かなりの美人さんでありました。いやあ、こういう美人でお若い方とご一緒という夫さん、羨ましい限りですねえ。わたくしが宮崎の人間であることを知ると、「宮崎は通過するばかりでまだ行ったことがなくって」と、宮崎の美味しいものをいろいろとお訊きになられました。ぜひとも、こういう方々に来ていただければ嬉しいですねえ、宮崎にも。不肖わたくし、及ばずながらご案内役をさせていただきますよ。
けっこう、いろいろな料理やお酒をたっぷりご賞味なさっていたご夫妻、注文した日本酒が思ったよりも量が多かったので•••と、わたくしにもお裾分けしてくださいました。おかげさまで、実に心地のいい酔いがカラダに回ってきたのでありました。お二人さん、本当にありがとうございました。
明日の朝は早いので、ということで、ご夫妻は一足先にお戻りになることに。わたくし、お土産を買うのに立ち寄るといい場所をお教えして、お二人と別れたのでありました。ですが、お時間が許せばもう一軒ご一緒したかったくらい、とっても素敵なご夫妻でありました。ぜひまた、どこかでお会いしたいものであります。
こういう素敵な方々との嬉しい出会いもあるということが、旅先での一人飲みの楽しみ。わたくし、満たされた気持ちとともに、「味の四季」を後にしたのでありました。
もうだいぶ、酔いが回っておりましたが、鹿児島に来たら必ず立ち寄ることにしている、もう一軒のお店に足を向けました。アーケード街から外れた、飲み屋ひしめく雑居ビルの一つにある居酒屋「龍泉」であります。気のいいママさんが切り盛りする小さなお店なのですが、料理がどれも美味しくて、居心地もいい隠れ家的なお店なのであります。
ここに来るとついつい注文してしまうのが、「龍泉揚げ」という名前のさつま揚げと、かつおの腹皮焼きの2品であります。
軽快な歯ごたえの中にすり身の美味しさがあふれる「龍泉揚げ」と、適度な塩気と旨味が染みているかつおの腹皮焼き、いずれも焼酎がよく進む佳肴なのでありますよ。
ママさんいわく、しばらく前に放浪の酒場詩人・吉田類さんがローカルテレビ局の企画でここをお訪ねになられたそうで、その模様は鹿児島限定で放送されたのだとか。で、それを見てやってきた、というお客さんが先刻までいたというのです。さすが、わたくしも敬愛してやまない酒呑みのカリスマ・類さんの影響力というのはすごいのでありますなあ。
ふと、店内にあるテレビに目をやると、ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)が、鹿児島にある旧集成館をはじめとする、明治時代の日本における産業革命遺産群(ほかには福岡県の八幡製鉄所や、長崎県の「軍艦島」こと端島など)を世界文化遺産に指定するように勧告した、とのニュースをやっておりました。鹿児島にとりましても嬉しいニュースを、その鹿児島にいる時に目にするというのは、まことに辻占のいいことではございませんか。いやあ、めでたいめでたい。
天文館界隈で出会った、素敵な方々と嬉しいニュースに、わたくしのココロも大いに満たされたのでありました。
このままホテルまで戻ろうかとも思ったのですが、せっかく鹿児島まで来たんだから締めのラーメンを!ということで、長らく自主規制していた(といいますか、歳とともにお腹にもたれるようになってきたから食べなかった、というのがあるのですが•••)締めのラーメンを解禁することにいたしました。立ち寄ったのは、ご当地でも人気のあるラーメン屋さん「豚とろ」。文字通り、豚とろを煮込んで作ったチャーシューがふんだんに乗っかった、こってり系のラーメンであります。
とまあ、最初から最後まで、飲んで食ってばかりの初日が終わったのでありました。•••ああ、オレはこの日だけでどんだけ、カロリーを摂取したんだろうなあ。
(第3回につづく)