読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『たべもの起源事典』『物語 食の文化』『飲食事典』 食を深く知り、楽しむための座右の食文化事典3点

2016-03-07 22:33:52 | 美味しいお酒と食べもの、そして食文化本のお噂

『たべもの起源事典』(日本編・世界編)
岡田哲著、筑摩書房(ちくま学芸文庫)、日本編2013年、世界編2014年
(元本は2003年と2005年に東京堂出版より刊行)

先月(2月)、版元に注文して取り寄せた『たべもの起源事典』の日本編と世界編。届いた当日にさっそく買って帰り、その後ときおり紐解いては拾い読みしております。
食文化史研究家として、食文化についての著書を数多く上梓している著者が、食卓でもおなじみの食べものから各地の郷土料理、さらには食の周辺についての事項などを網羅した日本編と、日本人にも馴染み深い料理や食材を中心に、あまり耳慣れない珍しい料理も紹介する世界編。あわせて2500項目もの大部な食文化事典を、膨大な量の参考文献をもとにしながらたった一人で書き上げた著者・岡田さんの力量には、驚嘆と畏敬の念が湧いてまいります。

まずは日本編を拾い読みしてみると、よく知っている食べものの初めて知る来歴や、まったく知らなかった過去の食べもののことなどを知ることができて、興味の尽きない面白さがありました。
たとえば、わたしの好物の一つである「竜田揚げ」。これまでずっと、「竜田」が何を意味しているのかわからないままだったのですが、本書の「竜田揚げ」の項目を見ると、次のごとく記されております。

「竜田揚げの命名は、仕上がりの赤い色合いから、奈良県生駒郡を流れる龍田川に因み、秋の紅葉の美しさを連想し命名されたもの。在原業平の歌に『ちはやふる神代もきかず龍田川からくれないに水くくるとは』とある」

なるほどなあ。そういう風流な由来があったんだなあ、「竜田揚げ」の名前には。
また、「お好み焼き」の項目には、安土桃山期に千利休が茶懐石用に創作した「麩の焼き」が、お好み焼きの祖型といわれていることが記されていて、それも初めて知ることとなりました。本書は、そういったお馴染みの食べものの思いがけない由来をいろいろ知ることができて、実に面白いものがあります。
また、「ラーメン」の項目には約4ページが、「カレーライス」には約3ページが費やされていて、この二つはれっきとした「日本料理」なんだということを、あらためてしみじみと感じたりいたしました。
そうかと思えば、今ではほとんど知られることのなくなった昔の食べものにも興味を惹かれたりいたします。「つけやきパン」の項目をみると、薄切りにした下等なパンを斜めに切り、片面に砂糖蜜を塗り、焼いて竹串に刺したという明治時代に大流行したパンのことが記されておりました。ふーん、そういうのがあったのか。

本書には、全国各地の郷土料理や特産品、名物菓子が豊富に収録されていて、それもまた興味をそそるものがあります。
わが宮崎県に関する項目を見ても、「冷汁」や「日向夏みかん」、「日向南京」(いわゆる日向カボチャ)はもちろんのこと、「飫肥天」「鯨ようかん」「延岡茶」、さらにはわたしの住む宮崎市の老舗菓子店が製造販売している郷土菓子「つきいれ餅」までもが立項されていたりして、ちょっと驚きました。宮崎ではそれなりに知名度がありながらも、県外ではさほど知られていないであろうローカルな菓子まで取り上げているとは。すごいなあ。
もちろん、他の都道府県の郷土料理や名物菓子にも美味しそうなのがいろいろと見出されたりいたしますので、どこかへ旅行する際に現地の食べものについて予習するのにも役立ちそうです。

世界編はまだそこまでは目を通していないのですが、こちらにもところどころに興味をそそる記述が。
スペインのバレンシア地方が発祥の炊き込みご飯「パエリャ」の項目には、パエリャの起源と歴史、使われる具材の種類(思いのほか多彩です)が記されたあと、

「日本のチャーハンと間違えて、慌てて食べると胸につかえる。オリーブ油が多く、ベチャベチャしているためである」

なんて書かれていたりします。実はまだパエリャを食したことのないわたし、いつかパエリャを食べる機会が訪れたら慌てずにゆっくり食べないとな、と思った次第であります。
日本編と世界編ともども、食をより豊かに楽しむための座右の書として活用していきたいと思います。

わたしの手元にある食と食文化についての座右の事典本、『たべもの起源事典』のほかにもあと2点ございます。それらも併せてご紹介することにいたしましょう。


『物語 食の文化 美味い話、味な知識』
北岡正三郎著、中央公論新社(中公新書)、2011年

『物語 食の文化』は、米や小麦といった穀類や、魚介類、肉や卵や乳、野菜や果物、菓子、茶とコーヒー、酒といったさまざまな食べものや、調味料、食べるための道具といった食にまつわる事項について、日本と中国、西洋を比較しながら概観し、体系的に述べている本です。
もちろん通読しても面白いのですが、気になる項目を拾い読みしても何かしらの発見があり、食文化についての小事典としても重宝する一冊です。新書一巻本でありながら内容はけっこう幅広くて充実しておりますし、図版が豊富に載っているのも魅力です。
食について興味関心があるという方は、まずはこの本をお手元に置くことをオススメいたします。


『飲食事典』上・下
本山荻舟(てきしゅう)著、平凡社(平凡社ライブラリー)、2012年
(元本は1958年に平凡社より刊行)

大正から昭和にかけて活躍した小説家にして料理研究家でもあった著者が、日本の食文化史にかかわる料理や食材、祭礼行事、人名などの事項を網羅してまとめたのが『飲食事典』です。
初刊が1958年ということもあり、記述に多少古めかしい言い回しが散見されるのは否めませんが、約6000項目にもおよぶ大著を一人で書き上げた著者の熱意と博学ぶりに、やはり驚嘆と畏敬の念を覚えます。
日本の食文化を語る上で欠かせない事項には、かなり分厚く紙幅が費やされていて、とりわけ「鰻」「飢饉」「米」「酒」「鮭」「食」「すし」「茶」「漬物」「豆腐」「海苔」「備前焼」「河豚(ふぐ)」といった項目にみる、微に入り細に入りの詳細な解説ぶりには圧倒させられます。
また「山椒魚」の項目をみると、「肉は純白で脂肪に富み、煮ても炙っても美味といわれて原始的な調理法を伝えられる」といった具合に、かつてはサンショウウオが食用として用いられていたことが記されています。『飲食事典』は、このように今では失われた、過去の日本の食文化を窺い知るための貴重な資料としても価値があるように思います。
日本の食文化史をより深く知りたい向きは、こちらも座右にどうぞ。

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