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『人間をお休みしてヤギになってみた結果』 たとえ一見バカバカしいことでも、本気で取り組もうとする姿勢に痛快さを覚える一冊

2017-11-13 00:00:59 | 本のお噂

『人間をお休みしてヤギになってみた結果』
トーマス・トウェイツ著、村井理子訳、新潮社(新潮文庫 サイエンス&ヒストリーコレクション)、2017年


トースターを構成する部品の原料である、鉄鉱石や銅、ニッケルなどを集めるところからスタートするという、文字通りゼロからトースターを作り上げるプロジェクトに挑んだイギリスのデザイナー、トーマス・トウェイツくん。その過程を綴った著書『ゼロからトースターを作ってみた結果』(こちらも村井理子訳、新潮文庫)は各国のメディアでも取り上げられ、話題となりました。
そのトーマスくんが次に挑んだのは、人間を「お休み」してヤギになりきってみようという、前回に負けず劣らずのキテレツなプロジェクトでした。その過程をユーモアたっぷりに書き上げたのが、本書『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(原題は “GOATMAN” = “ヤギ男” )であります。

「トースター・プロジェクト」で大いに話題となり、ゼロから作り上げたトースターが博物館のパーマネントコレクション(買い上げられ、永久に展示される美術品)になるという栄誉に浴したトーマスくん。しかしその後の彼は定職に就けずにヒマを持て余し、そんな状況を見かねたガールフレンドから長々とお説教されたり・・・といった不遇をかこっておりました。
そんな状況の中で、トーマスくんは考えました。・・・人間に特有のあれやこれやの悩みから解放されるべく、しばらくの間は動物になりきって、人間を「お休み」したら楽しいのではないか?というわけで、人間を「お休み」して動物になりきるという、トーマスくんの新たなるプロジェクトが動き始めたのです。
トーマスくんが当初、なりきる動物として選んだのは象でした。が、トーマスくんは早々に、象になりきることをあきらめてしまいます。その理由の一つが、実際に目の前で見た象が想像以上に大きかった、ということ・・・って、そんなコト最初っから気づいてもよさそうなもんなのですが(笑)。もう一つの理由は、象が人間とも共通するような、ある種の「道徳」を持ち合わせているから、ということでした(死にゆく運命にある他の象の介抱をしたりもするんだとか)。
早々に行き詰ってしまったトーマスくんは、デザインの仕事のために赴いたデンマークのコペンハーゲンで女性のシャーマンを尋ね、自分にはどの動物がぴったり合うのかと教えを請います。シャーマンがトーマスくんをじろじろ見て出した結論は・・・ヤギ!!
というわけで、トーマスくんは「人間をお休みして象になってみるプロジェクト」改メ「人間をお休みしてヤギになってみるプロジェクト」をスタートさせるのでした・・・。

・・・と、のっけからなんだか冗談としか思えないような展開を辿るのでありますが、いったん決まってからのトーマスくんの取り組みっぷりは、とことん、徹底的に、どこまでもマジなのです。
まずはヤギの知覚や思考を知るべく動物行動学者に話を聞き、ヤギのグループ内には厳格な階級序列があり、支配的な個体が重要な役割を果たすということを学びます。さらには、一時的に言語の感覚を断ち切り「ヤギ的心理状態」に近づけないかと、言語神経科学の研究者に頼みこんで、磁気を使って脳を刺激するという、ちょいとヤバめの体当たり実験に臨んだりします。
次は、ヤギの身体構造を解明しようと病気で死んだヤギの身体を解剖。トーマスくんはヤギを解剖するにあたって、死んだ家畜を運ぶために必要な運送業者としての免許まで取得するのです(伝染性の病原菌が死因である可能性もあるとの理由で、死んだ家畜を運ぶには厳しい制限があるため)。
ヤギの解剖を通して、トーマスくんは四足歩行を可能にするヤギの身体構造を知るとともに、食べた草を微生物によって分解し、栄養に変えるヤギの消化プロセスを理解します。・・・そう、トーマスくんは四足歩行のみならず、草を食べて栄養に変える点においても、ヤギになりきろうとしたのです!
トーマスくんは解剖で得た知見も活かしつつ、義肢装具士に人口の前脚と後脚の製作を依頼。すったもんだの挙句に、草を栄養に変えるための独自の方法も見出します。

かくしてついに、トーマスくんは一頭のヤギとしてスイスのアルプスの大地に立ちます。ヤギの早い動きについていけず、ところどころで躓きながらも、トーマスくんはヤギたちとともに草原の草を食み、さらには氷河を登ってアルプス越えに臨むのです。その様子が、たっぷりのカラー写真とともに綴られていきます。
四苦八苦しつつ、なんとかヤギたちについて行こうとするトーマスくんの奮闘ぶり。そして、アルプスの山々を望む高台に四本足ですっくと立つトーマスくんの勇姿・・・。一見バカバカしい絵面でありながら、それまでのマジな探求の積み重ねの結果であることを思うと、大笑いしつつもなんだか胸熱な気持ちになってきたのでありました・・・いや、ホントに。

バカバカしいけれどとてもマジ、マジだけれどもやっぱりバカバカしい(あ。ここでの「バカバカしい」というコトバは、けっこう好意的なイミを込めて使ってます)ドキュメントである本書ですが、ヤギになっていく過程においてところどころで、興味深い知見や考察も織り込まれていて、笑えるという意味での面白さに加えて、知的刺激を伴った面白さも味わわせてくれます。
たとえば、ヤギの思考について研究する章では、気が荒く攻撃性が強かった野生のヤギが、人間によって飼い馴らされ家畜化されるのと似たようなプロセスを、人間たちもまた辿っているという「自己家畜化」について考察します。さらに、ヤギの身体構造を探究する章では、異なる種の動物が独自の進化による違いを持つ一方で、共通する進化の歴史からくる共通の解剖学的構造も持つという「相同構造」についての話が展開されていきます。
これらの知見や考察を通して、読んでいるこちらも「動物たちとわれわれ人間とを分けるものとは一体なんなのか?」「われわれはどこからが動物であり、どこからが人間であるのか?」といったことに、思いをめぐらせることができました。

そしてなにより、本書を読んでいて感じられたのは、たとえ他人からはバカバカしく思えるようなことであっても、とことん本気になって取り組み、探究することで、人生を切り開いていくことができる・・・かもしれないのだ!ということでした。なにしろトーマスくんはこのプロジェクトで見事、昨年のイグノーベル賞の生物学賞を受賞して、またも世界中で話題の人となったのですから。
・・・とはいえ、人間として生きていく以上は、人間特有の「悩み」の数々から解放されるということは難しいことではあります。それでも、物事にとことん本気で取り組む姿勢を持つことで、「悩み」を軽くしたり、あるいは解決に導いたりすることはできるかもしれません。そう考えると、なんだかじわじわと勇気が湧いてくるように思えました。

大いに笑って、ちょっぴり考えながら読むうちに、じわじわと勇気が湧いてくる痛快な本でした。大なり小なり、なんらかの「悩み」を抱えて生きるすべての人にオススメしたい一冊であります。


【関連オススメ本】

『ゼロからトースターを作ってみた結果』
トーマス・トウェイツ著、村井理子訳、新潮社(新潮文庫 サイエンス&ヒストリーコレクション)、2015年(親本は2012年に飛鳥新社より刊行)

原材料を集めるところから始めるという、文字通り「ゼロから」のトースター製作プロジェクトの過程を綴った、トーマスくんの衝&笑撃のデビュー作であります。この本も大いに笑わせつつ、われわれの生きる大量消費文明のあり方についての考察と問いかけを、押し付けがましくない形で提示していく一冊となっています。


『三びきのやぎのがらがらどん ノルウェーの昔話』
マーシャ・ブラウン絵、せたていじ(瀬田貞二)訳、福音館書店(世界傑作絵本シリーズ)、1965年

ノルウェーに伝わる昔話をもとに、アメリカ人絵本作家が奔放で魅力的な画風で描き出した名作絵本。日本でも1965年の初版刊行以来、今に至るも版を重ね続けているロングセラーとなっています。
『〜ヤギになってみた結果』の中で、磁気による言語停止実験の効き目を確認しようとするくだりで、トーマスくんがよく知っている話として、この絵本の内容を読み上げようとする場面が出てきます。どうやら、トーマスくんのお気に入りの絵本でもあるようです(笑)。

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