『遊星からの物体X』THE THING(1982年、アメリカ)
監督=ジョン・カーペンター 製作=ローレンス・ターマン、デヴィッド・フォスター 脚本=ビル・ランカスター 原作=ジョン・W・キャンベルJr.「影が行く」 撮影=ディーン・カンディ 音楽=エンニオ・モリコーネ
出演=カート・ラッセル、A・ウィルフォード・ブリムリー、T・K・カーター、デヴィッド・クレノン、キース・デヴィッド、リチャード・ダイサート、チャールズ・ハラハン、ドナルド・モファット
ブルーレイ発売元=NBCユニバーサル・エンターテイメント ジャパン
南極大陸にあるアメリカの観測隊基地に、ある日1匹の犬を追ったノルウェー観測隊のヘリコプターが飛来する。ヘリから降り立ったノルウェー隊員は、錯乱した様子でライフルや手榴弾を振りまわし、犬を殺そうとする。そして自分たちにも危害が及ぶと判断したアメリカ観測隊の隊長は、やむなくノルウェー隊員を射殺する。
かくしてアメリカ基地に保護されることになった犬だったが、犬小屋の中で変形し、見るもグロテスクな〝生きもの〟と化す。犬の正体は、10万年前にUFOで地球に飛来し、氷の中で眠りについていた宇宙の生命体で、他の生物の細胞を取り込み吸収、同化しながら増殖する能力を持っていた。生物学者がコンピュータでシミュレーションすると、もし〝生きもの〟が社会に到達すれば、約2万7000年時間後には全世界が〝生きもの〟に同化されてしまうという結果が出る。
やがて、隊員が一人、また一人と〝生きもの〟に同化されていく。外界との連絡を断たれ、孤絶した状況の中で、隊員たちは互いを信じられなくなり、精神的に追い詰められていくのであった・・・。
SF作家、ジョン・W・キャンベルJr.の小説「影が行く」(中村融・編訳『ホラーSF傑作選 影が行く』創元SF文庫に収録)の2度目の映画化です(最初の映画化はハワード・ホークス製作、クリスチャン・ナイビー監督の『遊星よりの物体X』1951年)。監督のジョン・カーペンターは、大ヒットした『ハロウィン』(1978年)をはじめとして、ホラーやSFに定評がある監督さんであります。
高校生の頃、最初にこの作品を観たときには、天才特殊メイクアップ・アーティスト、ロブ・ボッティンが手がけた〝生きもの〟の変形シーンに目を奪われたものでした。同化した犬の頭部や、真ん中からグニャリと引き伸ばされたような人間の顔面が突き出した肉塊。パックリと開いた胴体から飛び出して天井にへばりつく、ろくろっ首とカニを合わせたような物体・・・。それらは実にグロテスクでありながらも、どこかオブジェ芸術のような美しさも感じさせます。
極めつけなのが、胴体からちぎれて床に落ちた頭部から触手とクモのような脚が生えてきて、それがチョコチョコと逃げていくシーン。そのあまりにもぶっ飛んだ発想には、気持ち悪いよりも笑いを誘われてしまうくらいです。
自由に姿形を変えていく生命体という原作の設定を活かし、ありきたりではないモンスターを創造したボッティンの発想と技術は、CG全盛である現在の眼で観てもまったく色褪せません。
しかし、何度か観直していくうちに、緊張感あふれる本作の人間ドラマのほうに、強く魅せられていくようになりました。
誰が正常な人間で、誰が同化された〝生きもの〟なのかがわからない中で、皆が疑心暗鬼でパラノイア的な状態となり、いがみ合った末に滅んでいく・・・という展開に、現代の人類と世界が陥ってしまっている相互不信が、色濃く反映されているように思えてきたのです。
そんな本作の展開は、新型コロナウイルスの感染拡大と、それによるパニックが日本を、そして世界全体を覆っている目下の状況において、恐ろしいくらいのリアル感を持って感じられました。
ブルーレイの映像特典として収められているメイキング・ドキュメンタリーによれば、カーペンター監督は〝物体X〟について「エイズのような病気など人の内部に潜むもの」の比喩であり、「信頼は世界中で失われている。国も人も不信感を抱いている」「現実世界の真実」を描いたものであると語っています。まさしく、現在のコロナパニックをも見通していたかのような確かな視座であります。
今回久しぶりに観直して、本作の展開と結末が、コロナパニックに覆われた世界と未来の「現実」とならないことを、願わずにはいられない思いがいたしました。
とはいえ、本作は暗鬱なだけの映画というわけではありません。主人公を演じるカーペンター作品の常連、カート・ラッセルをはじめとする、芸達者なキャスト陣による演技合戦は、緊迫感たっぷりの心理劇としても実に見応えがあります。
また、ミニチュアによる冒頭のUFOの飛来シーンや、精緻な手描きのマット画による作画合成といった特撮シーンも、先の特殊メイク同様アナログ時代の産物ではありますが、それぞれのスタッフの職人技が光っていて、これまた今の眼で見ても色褪せないものがありました。
そして音楽。『荒野の用心棒』(1964年)などのマカロニ・ウエスタンや、『アンタッチャブル』(1987年)、『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)など、多数の映画音楽を手がけた巨匠、エンニオ・モリコーネによるスコアは素晴らしいものがあります。とりわけ、得体の知れない何かが忍び寄ってくるかのようなメインテーマは、何度聴いてもいいなあと思える名曲であります。
製作から38年を経過しているにもかかわらず、何度観ても古さを感じさせず、そのときどきの現実世界を映し出す「鏡」ともなる『遊星からの物体X』は、まさに現代の古典といってもいい名作でしょう。
今だからこそあらためて、観直される価値のある映画だと思います。・・・といっても、グロテスクなのは苦手、という方には、無理におすすめはいたしませんけれども。
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