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『免疫力を強くする』 感染症から身を守るために必要な、免疫とワクチンへの正しい理解が深まる一冊

2020-02-11 22:16:00 | 本のお噂

『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』
宮坂昌之著、講談社(ブルーバックス )、2019年


ここしばらく、中国に端を発した新型コロナウイルスの世界的な感染拡大にまつわるニュースが連日、マスコミで大々的に報じられ続けております。が、いささか冷静さを欠いた報じられかたが幅をきかせていることもあり、それに影響されてマスクの品不足などといった、ちょっとしたパニック的な混乱が起こっていたりしています。一方では、新型コロナウイルスの陰に隠れたかたちになっているとはいえ、この時期はインフルエンザウイルスにも注意が必要です(アメリカではむしろインフルエンザが猛威をふるっていて、すでに1万人以上の人が亡くなっていたりします)。
感染症に対しては、科学的な知識を身につけて冷静に、しかし確実に対処することが肝心でしょう。今回取り上げる『免疫力を強くする』は、感染症とそれに対抗するための免疫やワクチンについての科学的な知見を、免疫学の第一人者がわかりやすく伝えてくれる優れモノの一冊です。

病原体の侵入・拡散を防ぐしくみについて解説した第1章はさっそく、感染症についてわれわれが抱いている不正確な思い込みを正してくれます。
今般の新型コロナウイルスを含め、ウイルスの感染防止策として言われることの多い「マスク・うがい・手洗い」。ですが、その有効性となるとなんとも心許ないということを、本書は明らかにします。
まずはマスク。ウイルスの直径に較べるとマスクの網目はとても大きく(インフルエンザウイルスの直径との比較では100倍以上!)、空気中に漂うウイルスを防ぐ役にはまるで立たない上、口と鼻を覆うことによる保温や加湿効果についても、感染予防にどの程度効果があるかは疑問、だとか。ただ、網目はウイルスを含んだ飛沫の大きさよりは小さいので、他人に対してウイルスをまき散らし、感染させる機会は減るとのこと。ここにきてようやく、新型コロナウイルスの感染予防に果たすマスクの役割に疑問を呈する報道が出てきているようですが、わたしはその前に本書でこのことを知ることができたおかげで、感染予防と称してマスクを買いに走るようなことを避けることができました。
また、うがいについても、うがい液は通常口腔内と喉の一部分にしか届かず、ウイルスが感染する上気道や下気道にはまったく届かないため、ウイルスを除去する効果には限りがあるといいます。これらに対して手洗いは、気道感染のリスクをある程度は下げるので、アルコールなどの殺菌剤で消毒をするなどの対策と併用しながらやるのがいい、とのこと。いやほんと、勉強になりました。

医学的に最も確実な感染症予防策にして免疫力を増強する方法となるのが、ワクチンの接種です。本書ではワクチンについての基礎知識から、さまざまな感染症(インフルエンザや子宮頸がん、はしか、水ぼうそう、おたふく風邪、B型肝炎、結核などなど)別のワクチンのメリットとデメリットを、懇切丁寧に解説しています。
感染症の予防に際してワクチン接種が有効なのは、個人が免疫を獲得して感染症になりにくくなることにとどまらず、接種する人が増えることでコミュニティの中に感染しない人の数も増え、その感染症に対する接触の機会が減り、コミュニティにいる人たち全体が感染症にかかりにくくなるという「集団免疫」が及ぶからであることが、本書では述べられています。ワクチンは自分と大切な人を感染の危険から守るだけではなく、社会全体をも守ることでもあるのです。
にもかかわらず、世にはワクチンを過大に危険視し、恐怖感を煽るような言説が持て囃されていたりします。本書は、そのような俗耳に入りやすい「ワクチン否定論」に対して、キチンとした反駁を加えます。
中でも特に問題視されているのは、多くの著書を持ち一般の人気も高い某医師の言説です(本書にはしっかり実名が挙げられておりますが)。この医師の著書にある「インフルエンザワクチンは、ただの風邪を予防するために打つには危険すぎ、無用です」との主張に対し、本書はインフルエンザの感染で起こる脳症はワクチン接種による発生よりもずっと頻度が高い上、その3割程度の患者が重い後遺症を残し、さらには1割程度の患者が死亡するという事実を挙げながら、その主張の非科学性を指摘しています(そもそも、インフルエンザを「ただの風邪」と言い切っちゃってること自体、医師としてちょっとどうなのかなあと、シロウトのわたしですら思わざるを得ないのですが・・・)。

著者の宮坂さんは、ワクチンについてはその害を過大に言いたてるような「ゼロリスク」信奉的な見方をするのではなく、ワクチン接種後に見られた不利益な反応の中身をしっかり分析して「副反応」(いわゆる副作用のこと)と「有害事象」(ワクチン接種との因果関係がはっきりしない付随的に起こった不利益)を区別して理解することで、ワクチン接種に対する過剰な恐怖心を抱かないようにすることの重要性を説きます。
その一方で、頻度が極めて低いとはいえ、接種によって副反応や有害事象を被ってしまった人の苦痛を無視することもまた、あってはならないことでしょう。著者は、接種後に健康被害が見られた場合の救済策についても言及し、現在の日本における救済策があまりにも厳しい判断基準を設定することで、健康被害を受けた人たちへの救済が十分には及んでいない実態を厳しく指摘します。その上で、「そもそも、ワクチンは健康な人に対して投与するものです。健康被害が見られたときには、私は『推定有罪』ぐらいの態度で救済制度を適用することが必要だと思います」としっかり主張しています。これもまた、実にまっとうで良心的な姿勢ではないかと、深い敬意を表する次第であります。

本書の最後では、書名にある「免疫力を強くする」ための方法論が述べられます。テレビの健康番組や新聞の広告欄には「免疫力アップ」を謳う健康食品やらサプリメントやらの紹介で溢れているのですが、それらは結局のところはプラセボ(偽薬)効果や暗示効果以上のものはなく、高額な出費に見合うだけの効果があるとは到底思えない、と言い切ります(考えてみると、ワクチンを危険視して接種しない一方で、ワケのわからない健康食品やらサプリやらには喜んでお金を使うというのも、フシギといえば実にフシギなことではありますが・・・)。
その上で、血液やリンパ系の循環を良くすることが、免疫力を高くすることを説明します。そして、そのためにやるべきことが列記されるのですが、これが至ってシンプル極まりないこと。すなわち、負担にならない程度の適度な運動をやり、暴飲暴食を控え、ストレスを溜め込みすぎない生活を心がける・・・。
拍子抜けするくらいに当たり前すぎることではありますが、真理というものはえてしてシンプルなものですし、シンプルであるがゆえに、時代が変わってもエビデンスと有効性が失われないのだ・・・ということを、あらためて肝に銘じることが肝心、なのかもしれません。

新型コロナウイルスの感染拡大はいつか収まるとしても、感染症全体に対する備えを怠ってはならないことに変わりはないでしょう。
著者は「まえがき」でこう述べています。

「科学的エビデンスに基づく正しい知識は「情報のワクチン」ともいうべきもので、確実に病気になるリスクを低下させてくれます」

まさしく、感染症が猛威を奮う中で肝心なのは「情報のワクチン」で冷静に、しかし確実な判断を心がけること、でありましょう。本書『免疫力を強くする』は、感染症とそれに対抗するための免疫とワクチンについて正しく知るために、大いに役立つ一冊ではないかと思いました。


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