子供の頃、隣家のおばあさんはママカリを入れたを笊(ざる)を持って家に入り、台所の流し場に置いて、黙ってそのまま帰っていた。
その事を母に言わなくても、母は隣家の笊であることが分っていて、野菜のうち隣家に作っていないものを笊に入れ直した。
その野菜入りの笊を戻しに行くのは管理人の仕事(手伝い)だった。
「金光町史・物々交換」より転記する。
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竹の皮と飴
八重の人の話。
大正の頃、竹の皮を買いに来る人があった。
竹藪へ行って竹の皮を拾い集めていた。
福山から買いに来る人がいて買ってくれた。現金取引でなくお多福の絵が断面にでる、珍しい飴だった。
地頭下の人の話。
竹の皮10枚でぎょうせん飴5個との交換で大正10年頃まで来ていた。大きな竹藪のあるうちを目当てに回ってきたようである。
イリコと米
寄島の造り酒屋が大八車を引いて米を買いにきていた。
イリコ1袋と米何升といって交換していた。
山繭と米
山に行って槇の木に付いている黄色な山繭を集めておくと、山繭一個に対して飴三個と交換してくれた。
煎餅(せんべい)と米
金光駅前に煎餅を焼く店があり米と交換していた。
うどんと小麦
鴨方で製造するうどんと小麦を交換していた。交換比率は店の方で決めていた。
小麦粉と小麦の交換
小麦を収穫すると粉屋へ持参し、加工してもらっていた。
また、小麦と粉の交換をすることもあった。交換比率は7対3ぐらいであった。
白下とサトウキビ
終戦後の砂糖不足のころ、収穫したサトウキビを金光駅前にあった加工場に持っていくと、重量を計り、一定量の白下をもらっていた。
卵と日用品
卵を貯めて、行商が持ってくる品物と交換していた。
その事を母に言わなくても、母は隣家の笊であることが分っていて、野菜のうち隣家に作っていないものを笊に入れ直した。
その野菜入りの笊を戻しに行くのは管理人の仕事(手伝い)だった。
「金光町史・物々交換」より転記する。
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竹の皮と飴
八重の人の話。
大正の頃、竹の皮を買いに来る人があった。
竹藪へ行って竹の皮を拾い集めていた。
福山から買いに来る人がいて買ってくれた。現金取引でなくお多福の絵が断面にでる、珍しい飴だった。
地頭下の人の話。
竹の皮10枚でぎょうせん飴5個との交換で大正10年頃まで来ていた。大きな竹藪のあるうちを目当てに回ってきたようである。
イリコと米
寄島の造り酒屋が大八車を引いて米を買いにきていた。
イリコ1袋と米何升といって交換していた。
山繭と米
山に行って槇の木に付いている黄色な山繭を集めておくと、山繭一個に対して飴三個と交換してくれた。
煎餅(せんべい)と米
金光駅前に煎餅を焼く店があり米と交換していた。
うどんと小麦
鴨方で製造するうどんと小麦を交換していた。交換比率は店の方で決めていた。
小麦粉と小麦の交換
小麦を収穫すると粉屋へ持参し、加工してもらっていた。
また、小麦と粉の交換をすることもあった。交換比率は7対3ぐらいであった。
白下とサトウキビ
終戦後の砂糖不足のころ、収穫したサトウキビを金光駅前にあった加工場に持っていくと、重量を計り、一定量の白下をもらっていた。
卵と日用品
卵を貯めて、行商が持ってくる品物と交換していた。