しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

北木島の流し雛(笠岡市指定重要無形民俗文化財)

2023年04月23日 | 令和元年~

豪華な雛人形を飾ったり、見せたり、見物したりして楽しむ。
それが今の雛祭り。

しかし、ほんの数十年まえ迄の日本は、
(長者を除き)藁や紙の雛人形で節句を祝っていた。

 

 


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ひな祭りの源流  昭和33年3月3日  ~天声人語~ 荒垣秀雄


ひな祭りは元は流しびなという戸外の行事だった。
人間には罪の自覚や穢れの意識がある。
その罪の罪や穢れを去って、清らかになりたいとの願いやあこがれがある。
昔の人はそれを素朴な形で表現した。
人間の姿に似せて人形をつくる。
それを形代として、わが身の身代わりに罪や穢れを背負ってもらい、川や海に流す。

ひなを流したあと、身も心もきれいになったと、せいせいした気持ちで、また精出して働く。
いかにも原始的な宗教心のようだが、一年のうちにはそうした折り目を正しては、
また明日から心も新たに出直そうとする。
われらの古き祖先には、人間の生き方としてこのような謙虚な知恵があった。

 

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北木島の流し雛(笠岡市指定重要無形民俗文化財)

日時・2023年4月22日
場所・岡山県笠岡市北木島町大浦 

北木島に”流し雛”を見に行った。
大浦海岸で海を見ながら、「流す時」を待っていたら、悠久という思いがした。
喧噪もなくゆったりと、いい島時間を持つことができた。

 

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鶏肉のスキヤキ、牛肉のスキヤキ

2023年04月23日 | 食べもの

年に数回スキヤキを食べることがあった。
肉といえばクジラ肉だったのでスキヤキは美味しかった。
スキヤキの肉は庭で飼っているニワトリだった。
弱ったり、卵を産まなくなったニワトリを処分して、肉から内臓まで父が上手に料理していた。
空腹を満たすのが三度の食事だったので、スキヤキは農家にとって、年に何度かのご馳走だった。

夏休みの日、福山のおじの家に行くと夕食(※1)にスキヤキが出た。
それはニワトリでなく、牛の肉。牛肉。
色は赤くて、嚙み心地がやわらかだった。


牛肉のスキヤキ以上にびっくりしたのが、生卵が小さなお椀に一個ついていたこと。
生卵一個があこがれの食べもので、それにスキヤキがつく。
驚き桃の木山椒の木!
田舎の生活と、町の生活の格差に驚いた。





生前、両親は
「吉田から馬の肉を売りにきていた。あれはうまかった」と話していた。
クジラ肉は魚屋で買うもので値段は安い。たまに奮発して行商から馬肉を買ったのだろう。
”お金を出して”買う食材は、きわめて限られた農家では、買ってまでして食べる馬肉は相当美味かったに違いない。


※1・夕食
田舎では晩飯(ばんめし・ばんごはん)と呼んで、暗くなったら食べていた。
町では夕食(ゆうしょく)といって、年中決まった時間に食べていた。
夏は明るいうちに食べる夕食、これには驚いた。


コメント (1)
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