しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

甲弩山手の沈下橋

2020年07月30日 | 無くなったもの(笠岡市)
場所・笠岡市甲弩(こうの) 尾坂川
無くなった日時・「2018西日本豪雨」
撮影日・2005.10.16


甲弩山手の尾坂川にオール木造の沈下橋があった。







車もバイクも人も渡っていた。








ところが「2018西日本豪雨」で橋は半壊した。
復旧は不可能の見えるほど壊れた。








橋の北側、尾坂川の土手左岸が決壊した。
現在決壊場所は復旧しているが、橋は消滅してしまった。

笠岡の、ひとつの名橋だった。残念。



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流れ橋・野宮橋

2020年07月30日 | 無くなったもの
場所・岡山県小田郡矢掛町江良
無くなった日時・「2018西日本豪雨」
撮影日・2014.9.22


小田川は矢掛町の中央を西から東に流れている。
その小田川に住民の脚として流れ橋が何本も架かっていた。

小田川の流れに似合ったような岸辺の風景だった。




近年は地域のボランティアの方々により、草刈やヒガンバナで一層魅力ある流れ橋景観が生じていた。






「2018西日本豪雨」では、野宮橋を挟んで上流側で2ヶ所、下流側で1ヶ所の堤防決壊があった。


野宮橋も床板は流れ、橋げたも2ヶ所ほど流失した、
それに橋の周辺の河川の土砂の変わりようも大きかった。





野宮橋は山陽新聞社の「高梁川流域百選」に選定され、たった1年。
消滅してしまった。


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中津川の沈下橋

2020年07月30日 | 無くなったもの
場所・広島県福山市御幸町・駅家町
無くなった日時・損壊「2018西日本豪雨」
撮影日・2010.1.17


福山の御幸町周辺の芦田川には「潜水橋」と呼ばれているコンクリート製沈下橋が数本ある。

「2018西日本豪雨」で5本が損壊した。



(下山守橋)



国交省は5本損壊のうち、2本を修復、3本を解体撤去と決めた。

写真↑↓は下山守橋で復旧が決まったが、それでも暫定的な修復で
国交省は本格的な橋に付け替えたいようだ。



(下山守橋)

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天満屋ハピータウンみどり町店

2020年07月30日 | 無くなったもの
場所・広島県福山市緑町
無くなった日時・(閉店)2014年5月25日
撮影日・2013.3.13


福山市緑町のハピータウンは繁盛していた。
最上階にはカルチャースクールもあり、管理人の子供も水泳教室に通っていた。





ところが、向かい側にあるサンピアを解体する。
しかも跡地は商業施設「ココローズ」となる。

緑町店から数百m離れて「天満屋ハピータウン・ポートプラザ店」もできる。




それに加え、みどり店の建物が老朽化した。

妥当な時に閉店した。

跡地には同業者のハローズができ、福山市有数のスーパー激戦地域になっている。





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日本はきもの博物館

2020年07月30日 | 無くなったもの
場所・広島県福山市松永町
無くなった日時・(閉館)2014年11月24日
撮影日・2013.11.19



松永と言えば、一に塩田、二にイ草、三に下駄のイメージだが
日本全国博物館ブームの時代に「はきもの博物館」を建設した。








塩田は瀬戸内地方にありすぎる。
イ草は岡山県の生産規模が大きい。
となれば、下駄に関する博物館にするしかない、妥当なところ。










館内は松永の下駄以外にも、国内の新旧すべての履物、海外の履物が展示されて
興味深い博物館だった。お勉強にもなった。


しかし何度も行くほどでもなく、
松永駅から近くもなく、
入館者数は減り博物館は閉館となった。










現在は、「福山市松永はきもの資料館」になっている。
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通り町のアーケード

2020年07月29日 | 無くなったもの
場所・広島県福山市笠岡町 
無くなった日時・2015年ごろ(とおり町Street Garden完成が2016年7月)
撮影日・2013.11.9



福山の本通りには子供の頃からアーケードがあった。
その時代は商店街=アーケードありだった。



現在は国(経済産業省)の補助で青空にして、通りに樹木を植えた商店街になっている。
「とおり町Street Garden」が正式な名称だが、そうゆう言葉を使う人は誰もいない。







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70mm大黒座

2020年07月29日 | 無くなったもの
場所・広島県福山市笠岡町 (シネフク大黒座)
無くなった日時・2014年8月31日
撮影日・2013.11.9


福山市を代表する映画館。
明治時代から芝居、無声映画、トーキー、70mmと120年を経て閉館した。







福山には、日米館やKO劇場など多くの映画館があったが、大黒座は別格だった。









料金も他館と比べて少し高かったような気がする。
惜しまれて閉館した。




跡地にはコンビニ大黒座が建っている。




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福山市営競馬

2020年07月29日 | 無くなったもの
場所・広島県福山市千代田町1-1-1  福山競馬場
無くなった日時・2013年3月24日
撮影日・2013.3.23


長く福山市の財政に貢献してきた福山競馬が逆に、慢性の赤字になって遂に福山市長は廃止を決断した。








福山競馬の最終日の前日に、生まれて初めて競馬を見に行った。










競馬はテレビニュースで、ゴールの瞬間に10万人の観客が紙吹雪をまき散らすイメージをもっていたが、
福山競馬にはだれ一人紙吹雪を撒く人はいなかった。

それよりも、走っているはずの馬がややスピードを緩める。
なんでだろう?
と思ったら、ゴール地点を過ぎたので走らなくなったことだった。


まあちんぷんの競馬見物だった。
















地方競馬なので、観客席も人も草競馬的な雰囲気を感じた。







このあと、競馬場内でどんを食べてから後にした。

人生初で最後の競馬見物だった。




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応神山の反射板

2020年07月29日 | 無くなったもの(笠岡市)
場所・笠岡市笠岡 (応神山の山頂)
無くなった日時・2016年
撮影日・2013.2.8.


笠岡十名山の「応神山」の山頂には大きな反射板が設置してあり、
笠岡市の国道2号号線側からは、標高213mの山頂にランドマークのように白く高く建っていた。







2016年に撤去され、その跡は山頂広場になった。
応神山を愛するボランティアの方々によりベンチも据えられている。









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富岡湾干拓の遊水池

2020年07月29日 | 無くなったもの(笠岡市)
場所・笠岡市十一番町
無くなった日時・2014年(水面にソーラー設置)
撮影日・2013.11.14


笠岡市の十一番町緑道公園に接して、富岡干拓の遊水池がある。
四季それぞれに魅力の彩りを感じていた。
また冬になると渡り鳥が水面に群れ、一段と魅力を感じる場所だった。







ところが、何を思ったか、市が無粋なソーラーを設置、市民の潤いでもあった風景は消えてしまった。




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