福沢諭吉の自伝だけど,コレには福沢諭吉がどうやってお勉強してきたのかも書いてあるの.
蘭学だけど,基本は写本.そして,考える,という当たり前のこと.オランダ語の翻訳を考えながら身に付けた,というだけじゃなくて,オランダ語を手がかりに西洋の知識を考えて頭に叩き込んで,自分で知識を創成した,そんな感じかなーって思っているの.
当時は,体系を懇切丁寧に教えてくれる人なんかいないから,徹底的に自分で考える,そんなことが基本で,福沢諭吉はお勉強のために合理的に自己本位を貫いた,そんな印象も.ココイラは,福沢諭吉の自伝だけでなく,司馬遼太郎を読んで小説として描かれている諭吉の印象とも重なってしまっているのかも......
で,実は,お勉強って誰からも教えてもらえない,そんな状況の方が創成として身に付く,そんなことかなーと.あまりに懇切丁寧な状況だと,どこか即席で,しかも,その懇切丁寧に教えてくれる方も即席の見かけの知識だけし持たない,そんなんだと,創成が生じない,って感じるの.でも,社会における知識が普及すれば,こうなるのも当然なんだけど.要は,時代が進めばお勉強は効率的に.....だけど,どこか違う,そんなもどかしさが.....
まあ,懇切丁寧に体系通り教わることだけで満足して,そして試験で点を稼ぐ.....コレって本物じゃない,そんなことをしっかり意識するのも大切かなー.それでも,コレを通過しないといけない時期には,まあ,しっかりやる,なんだけど,でも,その先があって.....で,創成に目標を持って.....ココイラをしっかり意識して,自分で工夫しながら....点稼ぎ,やはり完全に否定できないし....ちょっと歯切れが悪いのだけど....
がんばりましょう.