このところ、読書の紹介が間が空いていた。精神保健福祉士の資格取得に向けた実習が、事前事後の準備やまとめを含めて、けっこうな時間を使った。読み終えて積んである本を、このあと、順々に紹介していきたいと思う。
ということで、まずは、仙台の書店員の芥川賞作家である。
2017年に新潮新人賞、2020年には第3回仙台短編文学賞大賞、2021年には、三島由紀夫賞候補という経過を経て、2023年の芥川賞受賞となる。1982年生まれということは、今年41歳か。
「坂井祐治はクロマツの枝を刈っていた。肩の筋肉が熱を持って膨れ、破裂しそうだった。酷使して麻痺しかけている両腕と苅込鋏が一体となって動いた。脇を緩めすぎず、胸筋を絞るようにして枝を刈る。鋏が意思を持ち、ただ手を添えているだけでよかった。」(p.3)
小説の冒頭である。緊迫した詳細な描写が続く。必ずしもリアリズムではないのかもしれない。しかし、この男の心情のようなものはリアルに浮かび上がってくるように受け取れる。作業は快感でもあるのだろうが、これは基本的には苦行である。
この男は、自らに苦行を課すかのように作業をする。自ら選んだ仕事をする。
「これから梅雨がきて夏になる。野外で作業をする植木屋にとっては過酷な季節だった。」(p.4)
「帰り道、祐治は亘理大橋を渡ったところで商売道具の二トントラックをとめた。日が傾いて、蔵王連峰の山並みに残る雪が青白く影になっている。阿武隈川の河岸を河口へ向かって歩く。海からの風が体を冷やす。」(p.5)
故郷の美しい自然の景観である。その中に男は身をさらしている。
それから、この男の半生と震災が描かれる。二人の女のこと、息子のこと、地元の男友達のこと。
末尾には、また、自然の情景である。
「海面の波のひとつひとつが白く光り、眩しくて目を開けていられない。松とせめぎ合う落葉樹は黄や赤に染まる。冷気に包まれ草が枯れ、木々の葉が落ちる。空から綿のような雪が舞い、地面が凍りついた。…それから死んだような灰色の土地にまた草が芽吹いた。…空にばらまかれたようにぎざぎざの羽根を小刻みに動かして小鳥の群れが縦横に飛び交った。暖かくなるとスミレが地面を鮮やかに覆い、堀に沿って立つ桜が封印を解かれたように一斉に花を咲かせた。」(p.156)
「死」をめぐる、苦行のようにストイックな、美しい小説である。苦行の先の法悦も、そこにはあるのだろうか。
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