ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

詩集「湾Ⅲ2011~14」を巡っての思いもかけないできごと。

2016-07-23 22:23:03 | エッセイ

 今朝、とある方から、震災前の私の詩集「寓話集」を手元に置いて読んでいたのだが、津波で流されてしまった、と伺った。

 大谷海岸のすぐそばで民宿を経営なさっていて、すべて流された、と。

 「寓話集」は、2011年1月31日付で発行した私の第3詩集である。

 彼女に贈呈したのが、たぶん、2月中だとして、震災は3月11日であるから、ほんの一か月ばかりの間であるが、愛読していた、というようなニュアンスであった。

 5年以上経過した今、たまたまそのお話を伺うこととなった。

 これは、詩を書くものとしては、なんとも、有難いことであり、机に、一冊あったので、また差し上げますよと言いながら、震災の後にまとめた第4詩集「湾Ⅲ 2011~14」も併せて、2冊贈呈した。

 その方は、その場でぱらぱらと「湾Ⅲ」をめくって、読み始めたようであった。

 実は、ちょっと仕事上のお願いがあり、私のところの職員が説明を始めようとスタンバイしていたのだが、詩集から目を離さない。

 彼女は、ちょっと目を上げると、すっと、指で目の下をぬぐって、「ごめんなさい…」と。

 「いや、あの次の日も、海を見ながら、海はほんとうに静かで、なんで、あんなふうになったのかって言いたくても言えなくて…この『波』っていう詩ね、ほんとうに…」

 2編目に収めた『波』という詩に目をとめられていたらしい。

 こういうことは、初体験であった、といって間違いないと思う。

 目の前で、私自身が書いた詩を読んで、涙をあふれさせようとする人がいる。

 これは、私の詩の力というよりは、彼女の震災のときの体験があって、そこに、言葉がシンクロしていった、と捉えるべきなのだと思うが、少なくとも私の詩が、彼女の思いを阻害しない言葉ではあった、とは言えるはずだ。

 なんとも有難いことだった。

 何人かの方から、詩集、一息に読んでしまったよ、繰り返し読んでいるよ、何か、繰り返し読ませるものはあるよ、とは声をかけていただいてはいるが、目の前で、突然に深く没入されている様子を見るということは、通常あり得べきことではない。

 私の詩集が、被災地であるこの地で、実際に被災した方々に、受け入れられているということ。体験した人々の思いにそぐわない作りものではなく、思いに寄り添うようなものではありえているのかもしれないこと。

 これは、なんとも有難いことである。

 偶然だとか必然だとか言ってどうなるというものでもないが、大きな厄災に偶然出くわし、出くわしたあとにそれを表現する、表現せざるを得ない必然がある。その表現は、いまここで生きているものにとって共通の出来事の表現である。

 今朝の偶然が、この時点、この場所での必然であったというようなこと。そんなようなことも思わされた。

 この詩集をまとめたことは、現時点の私にとって、必然であったし、気仙沼という場所の現在にとっても、必然であった、ということになれば、それ以上のことはないわけである。

 

 ちなみに、「波」の湾Ⅲバージョンは、以下のようなものである。

http://blog.goo.ne.jp/moto-c/e/ed95a25f88ad8707b72f751e4ac26acc

 

 ついでに、ブログ上の初出のバージョンは、

http://blog.goo.ne.jp/moto-c/e/7f310e28520af824b3ddf9230b63c1e7

 

 

 結構、推敲しました。


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