(2013.11.30訪問)
東山山麓の寺院紅葉はもうオシマイに近い状態だったようなんですが、ここ糺の森は京都一遅い紅葉名所と
して期待してやってまいりました。が、少し早かった?ようで……。
その糺の森を神域とする下鴨神社を初めて訪ねました。あの葵祭のお宮です。
▼楼門。
[ 賀茂御祖神社 ]
●社号 賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)通称 下鴨神社(しもがもじんじゃ)
●祭神 西本殿 賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)
東本殿 玉依姫命(たまよりひめのみこと)
●古都京都の文化財として、1994年日本で5件目の世界遺産として登録。
▲拝観料 境内自由(社殿拝観は午前十時~午後四時 拝観料500円)
▲開閉門時間 午前六時三十分~午後五時
▲京都市左京区下鴨泉川町59 TEL. 075-781-0010
▲http://www.shimogamo-jinja.or.jp/
▲JR京都駅から市バス4番、205番で下鴨神社前または糺ノ森前下車
京阪出町柳駅より徒歩10分
賀茂御祖神社縁起 (賀茂御祖神社 HPから抄出)
創祀年代を特定することは出来ないが、日本書紀神武天皇二年二月条に、当神社御祭神、賀茂建角身命を奉
斎していた氏族の名がみえる。この氏族は、賀茂建角身命の先の代、天神玉命を祖神とする鴨氏と同じ氏族
であったことで知られ、賀茂神宮賀茂氏系図に、賀茂建角身命の子、鴨建玉依彦命より十一代後の大伊乃伎
命の孫、大二目命が鴨建角身命社を奉斎していたことが記されている。その社が、今日の賀茂御祖神社の始
源社の一社であろうとされ、崇神天皇七年、社の瑞垣が造営され、垂仁天皇二十七年八月、御神宝が奉まつ
られている。欽明天皇五年四月から賀茂祭(葵祭)が行われていることからみて、創祀は西暦紀元をはるか
に遡るものとみられている。
▼表参道入口と社標。
▼糺の森入口にドンと世界文化遺産碑。
▼糺の森参道。この一直線の先に本殿が。
▼参道右手を流れる泉川、楓もみじの紅葉が見当たりません。
▼と思ったら、見頃も。
▼参道左の瀬見の小川。
▼いにしえの奈良の小川を再現したそうです。
▼こんな紅葉を見ることも出来ます。
▼南口鳥居。先に見えるのが楼門です。
▼手水舎。
▼朱色が目映い重層楼門(重文)。三間一戸、上層勾欄付、檜皮葺き。
楼門を入ると広い前庭に建物が並んでいます。
▼神服殿(重文)。桁行五間、梁間四間、入母屋造、檜皮葺き。
御神服を奉製する御殿。御所災害のとき臨時の御座所と定められているそうです。
▼舞殿(重文)。桁行四間、梁間三間、入母屋造、檜皮葺き。
葵祭のとき勅使が御祭文を奏上される御殿。御所災害のとき臨時の内侍所と定められているそうです。
▼橋殿(重文)。桁行四間、梁間三間、入母屋造、檜皮葺き。
年中祭事で神事芸能が奉納される社殿。
▼中門(重文)。
本殿お参りの前に、御手洗池の方へ行ってみましょう。
▼御手洗川に架かる輪橋(そりはし)通行止め、渡ることは出来ません。
▼御手洗社 (別名 井上社)。災難厄除けにご利益があるそうです。
▼御手洗池。賀茂祭(葵祭)に斎王代の禊の儀がこの御手洗池で行われます。
▼御手洗池。美しい斎王代が水面にそっと手を触れる、見る事が出来るのは春五月です。
▼御手洗池から輪橋をくぐる流れが御手洗川となり、やがて糺の森の泉川となり賀茂川に流れ入ります。
中門まで戻ってご本殿へ。
▼ごったがえす中門(重文)。
▼幣殿(重文)。いわゆる拝殿のことと思われます。
幣殿前は押すな押すなの人いきれ、本殿は二十一年に一度の式年遷宮に向けて社殿を大規模な修復中なので
覆屋、テント張りのためこれ以上奥は拝観することは出来ません。ご神体は現在仮本殿に安置。
▼ネットから貰ってきた東西本殿(国宝)。
▼鮮やかな楼門を見上げつつ……。
▼紅葉進行中?のもみじをチラチラ探しながら……。
▼本当に進行中なのか、見頃なのか、もうオシマイなのかよく判らないまま……。糺の森参道を帰ることに
します。
糺の森を神域とする下鴨神社は、見るべき社殿や摂社末社、著名なものが数多く点在していますが、今回は
そのほとんどをパス、回り切れませんでした。
驚異! ヨタヨタの30000歩越え。
▼今日の出町出会い。午後3時40分頃。
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