土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

真如堂、京の都はホンマ暑おすなァ。

2015年06月01日 | 京都の古寺巡り



(2015.05.30訪問)


実は今日のお寺巡りの一つ目は、この真如堂から西方向の某寺だったのですが、例の油様液体をまき散らし、
悪さするバカ者のために一般拝観は不能になっていました。若い僧が気の毒がってくれ一生懸命説明してく
れましたが、寧ろ逆にこちらが若い僧を慰めておきました。よって真正極楽寺通称真如堂へムシムシの京都
街中を歩きました。

今朝(6月1日)の新聞トップで上の事件の容疑者に逮捕状が出たと報じられていました。各寺社も取りあえず
ホッとしているでしょう。ただ模倣犯が続かないことを祈ります。




▼参道





[ 真如堂 ]
●山号 鈴聲山 (れいしょうざん)
●寺号 真正極楽寺 (しんしょうごくらくじ) 通称 真如堂
●開山 戒算上人 (かいさんしょうにん)
●宗派 天台宗 (てんだいしゅう)
●創建 永観二年 (984年)
●本尊 阿弥陀如来立像 (重文)
▲京都市左京区浄土寺真如町82 電話 075-771-0915 
▲拝観料 500円 御朱印300円
▲拝観時間 9:00~16:00
▲http://shin-nyo-do.jp
▲市バス「錦林車庫前」または「真如堂前」から徒歩約8分



         ▼参道手前に真如堂と刻されている大石灯籠。





[ 真如堂縁起 ] (真如堂HPから抄出)
永観二年の春、開祖戒算上人の夢枕に、阿弥陀仏の化身である老僧が現れました。老僧は、「我は叡山の常
行堂より参った。京に出てすべての者に利益を施すであろう。わけても女人を済度するものである。急いで
京に下山させるべし」と、戒算上人に告げました。比叡山の僧衆が協議した結果、慈覚大師作の常行堂の阿
弥陀如来を下山していただくことを決定。ひとまず、雲母坂の地蔵堂に仮安置し、どこに遷座していただく
かと協議していたら、また夢の老僧が現れて、「神楽岡のあたりに、小さな桧千本が一晩のうちに生えた場
所がある。そここそ仏法有縁の地であり、衆生済度の場である。まさしく末法の世に、真正極楽の霊地なる
ぞ」とお告げになりました。その場所は、折しも同じ夢をご覧になった東三條女院(藤原詮子)の離宮でした。
女院は寝殿を飾り、堂荘厳を施して、ここに如来を遷座しました。これが真如堂の始まりです。



▼朱の総門。別名赤門、元禄年間の建立。





         ▼寺標も貫禄があります。





▼総門前の青もみじも樹勢がどんどんと……、





▼繁りだしました。





▼参道は山門から一直線、見てください、この青もみじの豪勢さ凄いでしょう。正面チラリは本堂です。





         ▼参道右手、三重塔。塔高30m、宝暦年間(1751~1763年)建立。





         ▼なかなか全景が撮れません。





▼鎌倉地蔵堂。(真如堂HPから抄出)
 鎌倉時代、下野国示現寺の玄翁和尚(1329~1400年。曹洞宗の僧)が造像、江戸期にこの地蔵尊を真如堂
 に遷座しました。鎌倉地蔵の名は、この尊像が当初鎌倉に安置されていたことに由来します。





▼手水舎。





▼鐘楼前に懸かる青もみじ、実にきれいです。青もみじに気を取られ、全景撮るの忘れました。
 梵鐘直径約171cm、鐘高285cm、重量約3.1トン。宝暦九年(1759年)鋳造。





▼本堂。
 桁裄十五間、梁間十五間、総欅造、単層入母屋、本瓦葺。元禄六年から享保二年(1693~1717年)建立。 






▼本堂扁額 享保十一年(1726年)宝鏡寺宮からの寄贈。





▼本堂内陣。
 本堂正面の宮殿(徳川綱吉と桂昌院の寄進)の中には、本尊阿弥陀如来、不動明王、千手観音が奉安。





▼本尊。本尊阿弥陀如来立像。像高108cm、木造、平安時代。



写真は真如堂HPからお借りしました。



▼本堂と書院を繋ぐ渡り廊下。





▼外から見るとこんな感じ。





▼書院の大玄関。大法要や行事の時のみに使われるそうです。





▼玄関の間。「實相」扁額は遠山廬山(1823~1904年)の書。





▼閉め切られている書院門。





▼書院枯山水前庭。





▼書院東庭の涅槃の庭。(真如堂HPから抄出)
 釈迦涅槃図に基づいてこの庭でも、東山三十六峯を借景に、向かって左(北)を頭にしたお釈迦さまが右脇
 を下にして横たわり、その回りを弟子や生類たちが囲んで嘆き悲しんでいる様子が、石によって表現され
 ています。また、白砂はガンジス川を、桧などは沙羅の林を表しています。
 右前の石は、お釈迦さんの母上、マヤ夫人を表現してるそうです。





▼書院南庭の随縁の庭。(真如堂HPから抄出)
 モダン庭とでも申しましょうか、2010年に重森千青さん作庭。重森千青氏は重森三玲さんのお孫さん。
 庭に使われている自然石は境内にあったもの。寺を造営時地中から出てきたの。黒や茶、白の小石、苔な
 どの仕切りに使われている石は、玉垣や縁石などに使われていたのを再利用したものです。いずれも、重
 森氏が作庭に当たり、境内を巡って見出し使用されたものです。





▼中庭の井戸。





▼中庭。





▼手の込んだ彫りを見せる蹲踞。





▼万霊堂。





         ▼路地の金銅阿弥陀仏坐像。





▼宝蔵。





▼薬師堂。本尊 石像薬師如来坐像。

 



▼放生池。





▼放生池中之島の赤崎弁天堂。(真如堂HPから抄出)
 住持昭淳律師は本堂資金が調達勧進のため永正16年(1519)、周防国 同18年正月1日により、赤崎弁
 才天の宝前に於いて祈念した。この赤崎明神というのは、芸州厳島明神が最初に影向されたところである。
 続いて厳島社に詣でて17日間の参籠結願をし帰洛。まだ費用は不足していたので、京の近隣の貴賤に勧
 進をし、僧衆48人で別時念仏執行。無事に結願供養執行の運びとなったお礼に真如堂に分詞した。



疑問一つ、殆どのお寺の分詞社は池の中、何か決まりがあるのかしら。



▼元三大師堂。本尊 元三大師良源画像、脇侍地蔵菩薩、不動明王像を奉安。
 桁裄四間、梁間四間、入母屋造、本瓦葺、二間向拝付。元禄九年(1696年)建立。





▼御朱印です。





御朱印を書き本堂のガイドをして下さったお寺のおじさん、まさに説明のプロ、実に巧いしユーモアたっぷ
り、そして書院各間のおじさんたちのガイドもこれまたグー、久々に気分よく拝観出来ました。おじさんた
ちこれからも頑張ってネ。





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