かぶるごと 近き虹あり ビルの窓 夢詩香
*かのじょが書店でパート勤めしていたころの話です。
いつだったか、勤めている書店の窓から、大きな虹が見えたのです。その虹は、窓の向こうに見える近くの山よりも近いところに降りていた。透き通っていたが、大きな窓の半分を埋めるほどに大きく見えた。
あまりに大きな虹だったので、職場のみなも驚いていました。
あれは何だったのか。教えてあげましょう。神が、あの人を見に来たのです。それが、現象として現れてきたのです。
天使が普通の女のように、家族を養うためにパート勤めするなど、本当はありえないんですよ。普通は、そういうことになる前に、天使はいなくなってしまうのです。そんなことを天使にさせてしまったら、人間の方が大変なことになるからです。
だがかのじょはそれをした。どんなことをしてでもがんばって、生きていかねばならなかったからです。ほかに選択の余地はなかった。だからかのじょは、天使としての何かを捨てて、普通の女性になり、書店に勤め始めたのです。
それに驚いた神が、かのじょを見にきたのです。
あれはかのじょの決意に等しかった。どんなことをしてでも、人間を助けてあげたいと。その心を見た神は、かのじょに救済の使命を付したのです。もう、あれしかこの世に頼るものはないと。その結果起こるだろうことを知ったうえで、神はあの仕事を、かのじょにやらせたのです。
気付いている方もいるでしょう。書店に勤め始めたころから、かのじょは異様に美しくなり始めた。それまでも美しかったが、あの頃から不思議に何か別のものになっていった。人類を救うために、自分の大事なものを捨てたかのじょの中に、何か別のものが入ってきたからです。
いやなものではない。崇高に美しいものだ。だがそれが入って来ては、もうおしまいだというものが、入ってきたのです。
いつもは遠い空にしか見えないはずの虹が、近くの山とビルの間に降りてきてくれた。神が、見にきてくれた。神でさえ、そうせずにはいられないほど、珍しいものに、あの人はなってしまっていたのです。
そして、かのじょは、重要な使命を果たした後、疲れ果て、虹のようだとあだ名される天使と、人生を交代したのです。