日はたけて 明るき小野に 風は冴え しづかにうたふ 夏の蝉かな
*明るい情景が見えて来そうですね。これは思想を歌ったものではない。目に見える風景をそのまま詠みこんだものです。だがそれだからこそ湧き上がってくる心がある。
神が作ってくださったこの世界には、人間の心の奥にある何かを引き出そうと常に光っている心があるのです。
「たけて」は「長く(たく)」で、日が高くなるという意味の動詞です。日本語の古語にはこういう、短い言葉で状況や動作を表す言葉がたくさんありますので、いろいろと覚えておきましょう。二文字の動詞は便利です。たくさん収集しておくことをお勧めします。
「知る」「泣く」「刈る」「矯む」「射る」「止む」「噛む」「冴ゆ」これだけでもなんだかすごく面白いことができそうでしょう。歌に詠むときに、「鳥は鳴く」では普通だが、「鳥は射る」などと言うとまた変わった響きになる。鳥が矢を射るように鳴く、という感じにとれますね。いろいろと試してみてください。表現力が広がります。
日が高くなり、明るい野原に、冴えた風が吹き、蝉が静かに鳴いている。
もちろん、蝉はあまり静かではありません。むしろ相当にうるさい。だがうるさすぎて、何も聞こえないほど静かに聞こえることがある。夏の情景の一つです。それを短い言葉で詠うと、「しづかにうたふ」と詠めるわけです。
情景描写というのは大事です。人が感じることとは別のことを感じている、自分というものを表現できる。あれこれと理屈や恋心を歌う歌もよいが、たまにはこういう歌もよいでしょう。
こぬれすく影をたくみてあまつ日の千々の涙と見ゆる夏かな 夢詩香
夏の木漏れ日の情景を詠んでみました。いかがですか。ここにも二文字の動詞「透く」がありますね。木の梢を透いてくる光を巧んで、それが太陽の千々の涙のように見える。まぶしい夏だと。
自画自賛ですが、なかなかです。