たまがしは あかぬちとせの 見ぬふりの 戸につひにさす やくそくのかぎ
*「たまがしは」は「玉堅磐」で、水底の硬い岩のことです。ふつう「あく」にかかるまくらこことばは「たまくしげ」ですが、もちろんこれは枕詞ではありません。
水底の硬い岩のように、絶対に開かない、という意味です。
水底の硬い岩のように開かず、千年もの間見ぬふりをしてきた戸に、とうとう約束の鍵をさす。
こういう意味になりますね。「約束の鍵」は、かのじょの「貝の琴」の中にある詩からとりました。あまり説明せずとも意味はわかるでしょうが、それでも細かく解説するのがここでのやり方です。
それは遠い昔に自分がなしたこと、忘却の箱の中にとじこめてある、自分自身の記憶を開く鍵なのです。
だれにも、忘れたいと思っていることがある。遠い過去に自分がやってしまった、あまりにも愚かなことの記憶です。
失敗をしたことのない人などいない。それに対する正しい態度は、ちゃんと反省して、迷惑をかけた人に謝って、二度としないと誓い、改めていくことなのですが。
それができずに、自分が悪いのではないと決め込み、誰かのせいにして逃げてしまった人もいるのです。あんなことをしたのも、だれかが自分にいやなことをしたからだとか、あんな人がいたからだとか。自分が嫌なものになるのが嫌なばかりにこじつけて逃げてしまった。
そういう人は、未だに、苦しい自分の記憶が何の改変もされずに、自分の奥の記憶の箱に横たわっているのです。
いつまでも逃げているわけにはいかない。自分のなしたことは必ず自分に返ってくるからです。早い目にその箱は開けて、正しい態度でなんとかしていくのがいいのだが。それができない人は、言い訳にもならないことをやりつのり、どんどん箱の中にはいる嫌な記憶が増えていく。
約束の鍵は重くなる。
なぜ「約束」なのか。それはいずれ、必ず開けなければならない箱だからです。
もうわかりますね。とうとう約束の鍵が、決して見ようとしなかった自分の箱の戸にさされ、それが開いたのです。
最後まで逃げ続けた人間は、開いた箱の中からあふれ出た大水に流され、どこへともなく去っていくのです。