よしもなき ものとせむとて 月影を 夢に忘るる よきすべもがな
*「よしなし(由無し)」とは「つまらない」とか「取るに足らない」という意味の形容詞ですね。ほかに「理由がない」とか「無駄だ」とかいう意味もあります。語調を整えるために「も」を入れるのは別によいことです。
あんなものはつまらないものなのだということにしようとして、月影にたとえられるあの人を、夢の中に忘れる、よい方法はないだろうか。
恋をしている時には、だれしもよくこういう思いにとらわれます。好きな人を好きになっていくたびに、その人に自分の全てを支配されるようで怖い。何もかもを、そのためだけにやっているようで、たまらなく痛いときがある。
あんな女など、とるにたらないものなのだ。ほかにすばらしいものはあるのだ。などと考えて、やたらと大きなものに頼ったりする。それは神であったり哲学であったり、要するに人間をもっと大きな世界にいざなうものだ。
しかし容易にそんな世界に逃げられはしない。結局は、そういう世界に逃げることも、好きな人のためにやっているようなものだからです。
忘れられない人を、忘れようとする努力の方が、よしもないものというべきだ。そんなことをしても疲れるだけだ。
恋には負けたほうが良い。
素直に、好きだという心を認めたほうが良い。
そして道化のようになって、その人のために自分を捧げたほうが良いのです。
たとえ悲しい結果に終わっても、後の悔いが少ない。愛した分だけ、自分の中に暖かいものがあるからだ。
愛されることより、愛することのほうが、自分を大きくしてくれる。そういうことに気付くこともできる。そして恋というものは、みじめになるほど自分を下僕にしてしまうことを知る。
それでいいのですよ。王侯貴族の恋などありはしない。人間は、恋というものには、下僕のように仕えたほうがいいのです。そうすれば、自分をもっと美しくできる。
二度とない青春の日々に、美しい人に出会って恋をしたなら、恋に苦しんでその人を馬鹿にしたりしないで、道化のようになって花を摘みにいき、愛をうちあけなさい。そして、ふられなさい。
傷つくことを恐れてばかりいるから、人間は全然恋が上手にならないのです。