Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

渡り上手

2021年07月09日 06時00分00秒 | エッセイ

    幅が3㍍ほどしかない信号機付設の小さな横断歩道。
    両側に合わせて5、6人ほどの人が
    青信号に変わるのを待っている。
    そこへ中年の男性がやって来て、
    左右車が来ていないのを確かめると、
    信号が変わるのを待たず、スタスタと渡って行った。

          

    よく、〝世渡り上手〟という。
    持ち前の要領の良さとコミュニケーション力で、
    世間でも会社でも人間関係に苦労することなく、
    楽々やっていける。
    また、物事に対する優先順位を付けるのが上手で、
    今何をすればよいか瞬時に判断して取り組む。
    普通、このような人を指す。
    周辺にも結構たくさんいる。
    件の〝信号無視氏〟もそのような人で、
    あるいは会社においては要職にある人なのかもしれない。

    「何の危険もない。誰にも迷惑をかけない。
    そうであれば、青信号に変わるのを待つのは時間の無駄。
    そんなわずかな時間を他の意義のあることに使った方が、
    世の中とまでは言わないが、たとえば自身の仕事を
    効率的に進めることに役立つのではないか」

    そう言われれば、「なるほど」と頭を下げるだけで
    非難の言葉は投げにくい。そうは思う。
    だが、どこか割り切れなさが残るのも確かだ。
    そんな要領の良さに馴染めない、
    どこか反発したくなる不器用さのせいなのかもしれない。


    テレビドラマでの話である。
    ある出版社の社長が、夜更けの交差点で信号待ちをしていた。
    右を見ても左を見ても車一台見当たらない。
    渡ろうと思えば、何の危険もなく渡れるはずだ。
    だが、その社長は信号が変わるのをじっと待っていた。
    そんな様子をたまたま見かけた社員が翌朝、
    「渡ろうと思えば渡れたはずなのに、
    なぜ渡らなかったのか」尋ねた。
    それに対する社長の返答は、たった一言だった。
    「徳を積んでいるのだよ」
    いまだによく理解できないでいるのだが、
    心のどこかにわずかばかりの共感を覚えるのである。
 
           
    
    もし自分に幼い子がいたら、どう教えるか。こうに違いない。
  
    「たとえ小さな横断歩道でも、信号機があるのであれば、
        信号が青に変わるまでしっかり待って渡りなさい」