有明の空──うっすらと白み始めている。
佐賀県太良町。有明海に面した多良漁港にやってきた。
5時半である。
沖へすーっと延びる細長い堤防道路に等間隔に立つ
10本ほどの電柱は、まだ灯りを点々とつけていた。
その堤防には、船外機付きの小さな漁船が2隻舫われ、
船底をさざ波がくすぐるように洗っている。
そこへ一人の漁師がやってきて船に乗り込むと舫を解き、
ブルブルブルブルッというエンジン音を航跡の中に
紛れ込ませながら、舳先を朝ぼらけの沖へと向けた。
やがて陽は右手、はるか島原半島の上空を染め始め、
ぐんぐんと力強さを増していき、海面に一筋の黄金色の帯を延ばす。
それが、堤防道路に平行して海中に立つ、
朱に塗られた3基の鳥居を神々しく直射していった。
この地にはこんな伝説が残っている。
——およそ300年の昔、悪政に苦しめられた村民が、
悪代官を懲らしめるため一計を案じた。酔わせた挙句、
有明海の小さな島、沖ノ島に置き去りにしたのだ。
実はこの島、満潮時になると海の中に沈んでしまう。
酔いが覚めた代官は、島が沈みそうになっているのに驚き
神に救いを求めたところ、現れたのが文字通りの大魚(ナミウオ)、
代官を背に乗せ助けてくれたのだった。
この地にある大魚(おおうお)神社と海中鳥居は、
代官が改心の証しとして、
豊漁と海の安全を祈願し建立した——
こんな話である。
有明海は干満の差が大きい。特に太良町ではそれが6㍍にもなるという。
『月の引力が見える町』と自称するのは、それでだ。
ここに着いた時には、鳥居の下はまだ干潟であったが、
見る間に潮位は上がっていき鳥居の足元を隠していった。
満潮時ともなると鳥居の中ほどまで海中に没するのである。
朱の鳥居が干潟の上に屹立したり、あるいは半ば海中に没した姿は、
まさにフォトジェニックな世界……
世の喧騒を離れ、ひとときの安らぎとなる。
海を臨み背後には霊山とされる多良岳がそびえている。
その多良岳と沖ノ島の延長線上に
大魚神社と海中鳥居はあるのだという。
近くに住む老人だろう、散歩がてらのウォーキング中立ち止まり、
多良岳に向かって手を合わせ、軽く頭を下げた。
すると、高さを増していく陽に召されたのか、
近くの木に群れ止まっていた数十羽もの白サギが、
その陽を受ける鳥居の方へと一斉に飛び立っていった。
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