Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

卵パック

2023年11月11日 20時48分04秒 | エッセイ


小さめに切った豆腐、椎茸は薄く平たい、それに細切りの長ネギ、具はこの3品。
味噌は自家製の赤味噌だった。
噌は「かまびすしい」と読み、つまり「がやがやとうるさい」との意であり、
味噌というのはまさに「うるさいほど豊かな味がある」とされる調味料だ。
味噌汁は、そんな味噌と具材がバランスよく調和した独特の風味がある。
刻んだ小葱がもう一つ香りと彩りを添える。
今朝は、それに卵がポトリと乗っている。
白身はほぼ固まっているが、黄身はまだ箸先でトロリと崩れ、具材にまみれる。
出来立ての味噌汁は一段と旨く、白ご飯がすすむ。
盆には高菜漬け、辛子明太子も置いてあり、これで十分に満足な朝食となる。

流し台に味噌汁に入れられた卵の殻が2個分置いたままになっていた。
妻は少しだけ残っていた白身を人差し指につけて頬に塗った。
「何だ パックしてるのか」冷やかし半分に問えば、
「そうよ。これで、少しはしわが伸びるんだもん」
笑いながら、もう一度卵の殻に指を入れた。
その指を見ていると、ふぅーっと70年も前の母が呼び起こされた。

        

朝鮮戦争が終わって2年か3年、僕は小学3年生だった、と思う。
学校から戻ると、家には誰の姿も見えなかったが、
風呂場からザァーザァーと水の流れる音がする。
「かあちゃん」と風呂場に呼びかけると、
「ああ帰ったんね。お帰り」くぐもった声が聞こえた。
母はなぜ、昼間に風呂に入っているのだろう。
しかも、昨日の夜も入ったはずなのに……。
しばらくするとタオルで髪を拭きながら出てきた母は、
「かあちゃんが昼に風呂に入っていたことは内緒ばい。誰にも言わんごと」と言うと、
すぐに戸棚から卵を1個取り出した。
そして、吸い物椀でカチンと割ると上手に白身だけを椀に入れ、鏡に向かったのである。

椀の中の白身を指につけ、それを何度も何度も顔に塗っている。
たちまち、母の顔はてかてか光り、ぱんぱんと張ったようになった。
「母ちゃん 気色ん悪か」
「何ば言うとね。ちょっと待っとかんね。顔のしわがピンと伸びた
美人の母ちゃんの顔ば見せてやるけん」
「いや、見とうなか。遊びに行ってくる」
「言わんとばい。父ちゃんには絶対」背後に母の声が追ってきた。

朝鮮戦争後の日本は大変な不況だった。
当家も例外ではなく、食べるのも事欠くなど苦しい生活を強いられていた。
だから、卵が食卓に出ることはめったになかったのである。
そんな貴重な卵ではあったが、母はやはり女性なのである。
たまには、きれいな顔をしてみたいと思ったのであろう。
卵を使ったことが皆に知られないよう
誰もいない昼間に風呂に入り、卵パックをしたのだと思う。
もちろん、そんなことが分かるようになったのは、ずっと後のことである。

この母を真似るように、2人の姉もまた年頃になると顔に卵を塗った。
その頃は僕はもう中学生。
後ろから姉にそろりと近寄り、脇の下をこちょこちょとくすぐった。
「こらっ、止めんね。笑わしたら、せっかくのパックがダメになるとよ」
「姉ちゃんは、卵を塗らんでもきれかやない。卵がもったいなか」 
僕は笑いながら、姉の咎めの手から逃げ回った。



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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ブン子)
2023-11-12 20:21:59
卵パック!
それ行け、私も〜
Let's challenge!
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Unknown (Toshiが行く)
2023-11-12 20:53:33
それ行け、ブン子さ〜ん!
返信する
Unknown (Unknown)
2023-11-13 12:25:12
amigoは元気でしょうか?
最近、ブログが更新されてませんが。
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