小さめに切った豆腐、椎茸は薄く平たい、それに細切りの長ネギ、具はこの3品。
味噌は自家製の赤味噌だった。
噌は「かまびすしい」と読み、つまり「がやがやとうるさい」との意であり、
味噌というのはまさに「うるさいほど豊かな味がある」とされる調味料だ。
味噌汁は、そんな味噌と具材がバランスよく調和した独特の風味がある。
刻んだ小葱がもう一つ香りと彩りを添える。
今朝は、それに卵がポトリと乗っている。
白身はほぼ固まっているが、黄身はまだ箸先でトロリと崩れ、具材にまみれる。
出来立ての味噌汁は一段と旨く、白ご飯がすすむ。
盆には高菜漬け、辛子明太子も置いてあり、これで十分に満足な朝食となる。
流し台に味噌汁に入れられた卵の殻が2個分置いたままになっていた。
妻は少しだけ残っていた白身を人差し指につけて頬に塗った。
「何だ パックしてるのか」冷やかし半分に問えば、
「そうよ。これで、少しはしわが伸びるんだもん」
笑いながら、もう一度卵の殻に指を入れた。
その指を見ていると、ふぅーっと70年も前の母が呼び起こされた。
朝鮮戦争が終わって2年か3年、僕は小学3年生だった、と思う。
学校から戻ると、家には誰の姿も見えなかったが、
風呂場からザァーザァーと水の流れる音がする。
「かあちゃん」と風呂場に呼びかけると、
「ああ帰ったんね。お帰り」くぐもった声が聞こえた。
母はなぜ、昼間に風呂に入っているのだろう。
しかも、昨日の夜も入ったはずなのに……。
しばらくするとタオルで髪を拭きながら出てきた母は、
「かあちゃんが昼に風呂に入っていたことは内緒ばい。誰にも言わんごと」と言うと、
すぐに戸棚から卵を1個取り出した。
そして、吸い物椀でカチンと割ると上手に白身だけを椀に入れ、鏡に向かったのである。
椀の中の白身を指につけ、それを何度も何度も顔に塗っている。
たちまち、母の顔はてかてか光り、ぱんぱんと張ったようになった。
「母ちゃん 気色ん悪か」
「何ば言うとね。ちょっと待っとかんね。顔のしわがピンと伸びた
美人の母ちゃんの顔ば見せてやるけん」
「いや、見とうなか。遊びに行ってくる」
「言わんとばい。父ちゃんには絶対」背後に母の声が追ってきた。
朝鮮戦争後の日本は大変な不況だった。
当家も例外ではなく、食べるのも事欠くなど苦しい生活を強いられていた。
だから、卵が食卓に出ることはめったになかったのである。
そんな貴重な卵ではあったが、母はやはり女性なのである。
たまには、きれいな顔をしてみたいと思ったのであろう。
卵を使ったことが皆に知られないよう
誰もいない昼間に風呂に入り、卵パックをしたのだと思う。
もちろん、そんなことが分かるようになったのは、ずっと後のことである。
この母を真似るように、2人の姉もまた年頃になると顔に卵を塗った。
その頃は僕はもう中学生。
後ろから姉にそろりと近寄り、脇の下をこちょこちょとくすぐった。
「こらっ、止めんね。笑わしたら、せっかくのパックがダメになるとよ」
「姉ちゃんは、卵を塗らんでもきれかやない。卵がもったいなか」
僕は笑いながら、姉の咎めの手から逃げ回った。
それ行け、私も〜
Let's challenge!
最近、ブログが更新されてませんが。