19歳の夏、彼は恋をした。
初恋の相手は1つ下の従妹だった。
「歯が白くて口元の可愛い、活発な子」
幼い日のそれだけの記憶しかなかった女の子は、長い年月を経て再会すると、
笑った時の白い歯はそのままだったが、すっかり大人になっていた。
彼は一目で、その素朴な魅力に完全に心奪われたのだった。
10月22日の当ブログ「幸せ返し」で、98歳の「友人」が
初恋物語を綴っていることを紹介した。
その時はまだ前編だけだったが、先日書き上げた後編を読ませてもらった。
恋心というのは、これほど長く、それは80年ほども
消すことなく持ち続けられるものなのであろうか。
少なからず驚かされ、感動させられる話であった。
彼の初恋は成就しない、そうならざるを得ないものだった。
法律はいとこ同士の結婚を認めていないのだから……。
もちろん、2人はそれは解っていた。
それでも文通を続けながら互いを想い合っていたのである。
やがて、戦況は容易ならざるものになっていった。
中国・大連にあった工業専門学校に学んでいた彼は、卒業まで1年以上を残し、
海軍飛行専修予備生を志願したのである。
飛行兵としての訓練に明け暮れたものの、
それはエンジンのないグライダーの操縦ばかりだった。
すでに日本は航空機も不足する状況となっていたのだ。
教官が大きな声で、こう言い放った。
「貴様たちの乗る特攻機はこれだ」彼は自らの死を覚悟した。
そして、別れの手紙を書いたのである。「これ以上、僕を待つ必要はないよ」
ここで彼の初恋は終わったはずなのである。
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戦争は終わった。2人はそれぞれに良き伴侶を得た。
それから長い歳月を経て、今は2人とも独り身である。
時折、電話したり、されたり。
「実は今、Sちゃんとの昔話を書いているんだ。
書き上げたら送ろうと思うのだが、読んでくれるかな」と言えば、
「今更何言っているのよ」そう笑い返されるものと思った。
何かを思うように、しばらく間があいた。
そして、やおら「いいよ」と言ってくれたのである。
98歳と97歳──今も続く美しく、麗しい「初恋物語」である。