Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

初恋物語

2020年11月02日 15時28分14秒 | エッセイ
    19歳の夏、彼は恋をした。
    初恋の相手は1つ下の従妹だった。
    「歯が白くて口元の可愛い、活発な子」
    幼い日のそれだけの記憶しかなかった女の子は、長い年月を経て再会すると、
    笑った時の白い歯はそのままだったが、すっかり大人になっていた。
    彼は一目で、その素朴な魅力に完全に心奪われたのだった。

10月22日の当ブログ「幸せ返し」で、98歳の「友人」が
初恋物語を綴っていることを紹介した。
その時はまだ前編だけだったが、先日書き上げた後編を読ませてもらった。
恋心というのは、これほど長く、それは80年ほども
消すことなく持ち続けられるものなのであろうか。
少なからず驚かされ、感動させられる話であった。

    彼の初恋は成就しない、そうならざるを得ないものだった。
    法律はいとこ同士の結婚を認めていないのだから……。
    もちろん、2人はそれは解っていた。
    それでも文通を続けながら互いを想い合っていたのである。

やがて、戦況は容易ならざるものになっていった。
中国・大連にあった工業専門学校に学んでいた彼は、卒業まで1年以上を残し、
海軍飛行専修予備生を志願したのである。
飛行兵としての訓練に明け暮れたものの、
それはエンジンのないグライダーの操縦ばかりだった。
すでに日本は航空機も不足する状況となっていたのだ。
教官が大きな声で、こう言い放った。
「貴様たちの乗る特攻機はこれだ」彼は自らの死を覚悟した。
そして、別れの手紙を書いたのである。「これ以上、僕を待つ必要はないよ」
ここで彼の初恋は終わったはずなのである。
            
    戦争は終わった。2人はそれぞれに良き伴侶を得た。
    それから長い歳月を経て、今は2人とも独り身である。
    時折、電話したり、されたり。
    「実は今、Sちゃんとの昔話を書いているんだ。
    書き上げたら送ろうと思うのだが、読んでくれるかな」と言えば、
    「今更何言っているのよ」そう笑い返されるものと思った。
    何かを思うように、しばらく間があいた。
    そして、やおら「いいよ」と言ってくれたのである。

     98歳と97歳──今も続く美しく、麗しい「初恋物語」である。