この2~3日、風邪気味で体が重たく感じていました。やっと今日から地球の重力が1.3から1.1Gあたりに戻ったような気分です。
【ただいま読書中】
『双生児』クリストファー・プリースト 著、 古沢嘉通 訳、 早川書房、2007年、2500円(税別)
1941年5月10日、700機近いドイツ空軍によってロンドンが爆撃された夜に誕生したスチュワート・グラットンは、成長して優れたノンフィクションを書くことで世界に名を知られます。1999年に彼が取材しているのは、チャーチルが言及した爆撃機パイロットのソウヤー。彼は良心的兵役拒否者でもあったというのですが、そんなことが可能なのでしょうか。
同時に記される「歴史」は、奇妙です。ゲッペルスは1972年まで公職についています。最初のジェット戦闘機Me-163は1941年に実用化されロシア戦線で幅広く使用され終戦は1943年。ルドルフ・ヘスは英独講和を成功させます。……これは一体どこの世界の話なのでしょうか? 最初から読者は、プリーストの語り(騙り)に巻き込まれてしまいます。
一卵性双生児の、ジェイコブ・ルーカス・ソウヤー(ジャック)とジョウゼフ・レナード・ソウヤー(ジョー)は、1936年にボート(舵なしペア)のイギリス代表となりベルリンオリンピックに参加します。二人は銅メダルを獲得し、メダルをヘスから授与されます。
「二人のJLソウヤー」だから、双生児が二人で一役あるいは二役を入れ替わりながら行うのか、と思いますが、手練れの著者がそんな単純なことを書くために邦訳で500ページもの本を必要とするわけがありません。そもそも最初に示された「今とは違う世界」は一体何なのか。双生児はそこにどう絡んでいくのか、読者は油断をせずに読む必要があります。
二人のJLはベルリンでビルギットという女性と出会いますが、彼女はユダヤ人でした。ジャックは彼女に惹かれます。ジョーは彼女をロンドンに脱出させ、結婚し、良心的兵役拒否を認められて赤十字で仕事中にロンドン爆撃で死にます。空軍に志願したジャックは撃墜され抜擢されてチャーチルの副官になります。しかしそれはチャーチルの替え玉でした。
次の章ではまた別の“現実”が物語られます。それは「視点の違い」だけではなくて「事実」そのものが違っています。こちらの歴史でも、ナチズムの破壊よりも共産主義の破壊が優先され、独英講和が想起に結ばれ、アメリカは日本に先制攻撃・中国も占領してシベリアに出兵します。世界は長期の戦争で疲弊し、ドイツだけが(ヨーロッパの非ナチス化プログラムの助けで)一頭地を抜く存在となります。ソ連は東西から攻められて解体、アメリカは資本家の私兵と極右の武装組織に支配された不安定な独裁主義共和国家(末期の清?)になっています。ここで“鍵”になるのは、空襲で(死ぬかわりに)脳震盪を起こしのちにチャーチルの決定に重大な影響を与えたJL(ジョー)なのです。こちらではジャックは撃墜されて死んでいます。
さらにこの二人のJLに、最初に登場したスチュワート・グラットンがからんできます。話がどんどんややこしくなります。歴史改変ものは、「読者が生きている世界」と「本の中の、どこかで分岐して異なった道を歩んだ世界」とが読者の中でオーバーラップされて不思議な効果を醸し出します。ところが本書では、それを本の中でやってくれるのです。このややこしさは、実際に読んでもらうしかありません(あまり書くとネタバレになっちゃいますし)。
カバーが印象的です。表と裏と、一見左右対称の絵(田園の田舎道を走る一台のオートバイ)ですが、季節と天気が違い、そして裏にはお墓とオートバイの行く手に道の分岐が描かれているのです。これが「改変された歴史の分岐点」を意味することは明かです。そして空には、爆撃機の群れが。私の中で本書は、ウェストールの作品群ともゆるやかに重なり始めます。読書の幸福感がわき上がります。
【ただいま読書中】
『双生児』クリストファー・プリースト 著、 古沢嘉通 訳、 早川書房、2007年、2500円(税別)
1941年5月10日、700機近いドイツ空軍によってロンドンが爆撃された夜に誕生したスチュワート・グラットンは、成長して優れたノンフィクションを書くことで世界に名を知られます。1999年に彼が取材しているのは、チャーチルが言及した爆撃機パイロットのソウヤー。彼は良心的兵役拒否者でもあったというのですが、そんなことが可能なのでしょうか。
同時に記される「歴史」は、奇妙です。ゲッペルスは1972年まで公職についています。最初のジェット戦闘機Me-163は1941年に実用化されロシア戦線で幅広く使用され終戦は1943年。ルドルフ・ヘスは英独講和を成功させます。……これは一体どこの世界の話なのでしょうか? 最初から読者は、プリーストの語り(騙り)に巻き込まれてしまいます。
一卵性双生児の、ジェイコブ・ルーカス・ソウヤー(ジャック)とジョウゼフ・レナード・ソウヤー(ジョー)は、1936年にボート(舵なしペア)のイギリス代表となりベルリンオリンピックに参加します。二人は銅メダルを獲得し、メダルをヘスから授与されます。
「二人のJLソウヤー」だから、双生児が二人で一役あるいは二役を入れ替わりながら行うのか、と思いますが、手練れの著者がそんな単純なことを書くために邦訳で500ページもの本を必要とするわけがありません。そもそも最初に示された「今とは違う世界」は一体何なのか。双生児はそこにどう絡んでいくのか、読者は油断をせずに読む必要があります。
二人のJLはベルリンでビルギットという女性と出会いますが、彼女はユダヤ人でした。ジャックは彼女に惹かれます。ジョーは彼女をロンドンに脱出させ、結婚し、良心的兵役拒否を認められて赤十字で仕事中にロンドン爆撃で死にます。空軍に志願したジャックは撃墜され抜擢されてチャーチルの副官になります。しかしそれはチャーチルの替え玉でした。
次の章ではまた別の“現実”が物語られます。それは「視点の違い」だけではなくて「事実」そのものが違っています。こちらの歴史でも、ナチズムの破壊よりも共産主義の破壊が優先され、独英講和が想起に結ばれ、アメリカは日本に先制攻撃・中国も占領してシベリアに出兵します。世界は長期の戦争で疲弊し、ドイツだけが(ヨーロッパの非ナチス化プログラムの助けで)一頭地を抜く存在となります。ソ連は東西から攻められて解体、アメリカは資本家の私兵と極右の武装組織に支配された不安定な独裁主義共和国家(末期の清?)になっています。ここで“鍵”になるのは、空襲で(死ぬかわりに)脳震盪を起こしのちにチャーチルの決定に重大な影響を与えたJL(ジョー)なのです。こちらではジャックは撃墜されて死んでいます。
さらにこの二人のJLに、最初に登場したスチュワート・グラットンがからんできます。話がどんどんややこしくなります。歴史改変ものは、「読者が生きている世界」と「本の中の、どこかで分岐して異なった道を歩んだ世界」とが読者の中でオーバーラップされて不思議な効果を醸し出します。ところが本書では、それを本の中でやってくれるのです。このややこしさは、実際に読んでもらうしかありません(あまり書くとネタバレになっちゃいますし)。
カバーが印象的です。表と裏と、一見左右対称の絵(田園の田舎道を走る一台のオートバイ)ですが、季節と天気が違い、そして裏にはお墓とオートバイの行く手に道の分岐が描かれているのです。これが「改変された歴史の分岐点」を意味することは明かです。そして空には、爆撃機の群れが。私の中で本書は、ウェストールの作品群ともゆるやかに重なり始めます。読書の幸福感がわき上がります。