【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

愛国心がない人

2010-03-08 18:46:00 | Weblog
 ノーベル賞が制定された直後、スウェーデンでは大騒ぎになりました。「これだけ巨額の資産を毎年国外に流出させるとは国益に反する」と主張する反対派がのろしを上げたのです。彼らはノーベルの遺書に従って動こうとする人々を「愛国心がない」と非難しました。
 で、ノーベル賞によってスウェーデンが何を得たか(国威、国益、科学的利益、教育的利益など)、についてかつての「愛国者」さんたちは、現在どう思っているんでしょうねえ。
 そういえば、日清戦争の下関条約交渉で李鴻章を襲った「愛国者」がいましたっけ。おかげで李鴻章に「弱み」を握られたと勝手に思った日本政府(伊藤博文と陸奥宗光)は本来しなくて良い譲歩(様々な日本に有利な条件を呑んだら休戦には応じてやる → 無条件で休戦)をしてしまいました。
 「愛国者」も「愛国心がない人」も、いろいろです。

【ただいま読書中】『ノーベル賞その栄光と真実 ──科学における受賞者はいかにして決められたか』イストヴァン・ハルギッタイ 著、 阿部剛久 訳、 森北出版、2007年、5800円(税別)

 著者が70人の科学系ノーベル賞受賞者にインタビューした体験から生まれた本です。「学問に王道なし」とは言いますが、もしかして「ノーベル賞への早道」はあるのでしょうか?
 本書は「ノーベル賞受賞者列伝」ではありません。まずはノーベル賞についての概観(歴史や選考過程など)が示され、次は「対比」です。ノーベル賞受賞者と、それと同じくらいの業績をあげていながら受賞を逃した人がペアにされて次々紹介されます。
 つぎは「不相応な認知」。たとえばインスリンの発見でバンティングと一緒に受賞したのは、一緒に研究した大学院生ベストではなくて、研究所の代表だったマクラウドでした。もちろんマクラウドには“功績”があったのですが、著者は「バンティングとベスト、それに3番目の受賞者としてマクラウド」の方が良い選択だった、と述べます。
 そうそう、受賞者のタイプには「一つのことを深掘りする」人と「次から次へ課題を変える」人とがあります。どちらが有利か、の結論は示されません。比較対照するにしても母集団が確定できないから無理な話でしょうけれど。
 「判断を誤った授与」もあります。たとえば、1926年に医学・生理学賞が「食道癌虫の発見」でヨハネス・フィビゲルに与えられましたが、これは完全な間違いでした。発見そのものが間違いだったのですから。そのせいでその後数十年「癌の研究」は受賞を逃し続けています。
 「逆境」のところも心が揺さぶられます。順風満帆の人生でノーベル賞を受賞、なんてことはまずありません。彼らはそれぞれが様々な“逆境”を乗り越えてきています。家庭の問題、戦争、迫害(特にユダヤ人……ナチスのが有名ですが、1930年代アメリカの反ユダヤ主義はけっこう露骨だったそうです)……
 逆境の逆、科学へ導くものも多彩です。本、親、教師、家族……ノーベル賞につながる道に一つのパターンはありません。それが「道」だったことは、あとになって分かることです。
 ノーベル賞受賞者の研究経歴で最も共通した特徴は「過去の受賞者または将来の受賞者の下で、あるいは受賞者に密接に交流のあった誰かと研究をした経験」です。類は友を呼ぶ? 朱に交われば赤くなる? ともかく「良き指導者」に恵まれることは、ノーベル賞につながるかどうかは別として、良い研究にはつながるようです。
 ノーベル賞を逸した人たちにも一章が当てられています。明らかに受賞者と同等の人が受賞せず、の例はたいへん数多くあります。これは、委員会よりも、委員会に推薦する側の問題、と著者は述べます。なおノーベル委員会での審議は、50年後に公開されるそうです。もしも「どうして○○が××年に受賞しなかったんだ」と強く疑問に思う場合には、××年の50年後まで生きておく必要がありそうです。