証拠の積み重ねで犯罪は立証されます。では検察がその過程でズルをしていないことは、どうやって立証すれば良いのでしょう?
【ただいま読書中】『ゴーンショック ──日産カルロス・ゴーン事件の真相』朝日新聞取材班、幻冬舎、2020年、1800円(税別)
「リニア談合事件」「文部科学省汚職事件(東京医科大学医学部入試での不正)」「三菱日立パワーシステムズ幹部の外国公務員への贈賄事件(日本での司法取引第一号)」などの大型案件を抱えていた東京地検特捜部に「ゴーンが日産の金を食い物にしている。アメリカ大手法律事務所が調査に乗り出している」という情報がもたらされたのは2018年3月。検察は秘かに動き始め、司法取引をこの案件に適用することにします。
2010年以降の相次ぐ不祥事(厚生労働局長村木さんを冤罪で立件・証拠のフロッピーディスクを改竄、「陸山会」での報告書捏造)で検察は深い傷を負っていました。検察改革で導入されたのが、「取り調べの可視化」そして「司法取引」でした。アメリカの司法取引は「自己負罪型」で自分の罪を認める代わりに刑が軽くなる制度です(アメリカの刑事ドラマで「さっさと自分がしたことを認めたら死刑ではなくなるようにしてやる」なんて言ってますね)。日本の司法取引は「捜査・公判協力型」で他人の犯罪を明かして代わりに自分は不起訴や刑の減免をしてもらう制度。これに対して警察からは「第三者の引き込み」(自分の刑を軽くするために無関係の第三者を陥れる虚偽の供述をする)の懸念からの反対論がありました。この「冬の時代」には、みんなの党元代表渡辺喜美の借入金問題、元経済産業相小渕優子の政治団体の資金処理問題、元経済産業相甘利明の現金授受問題……すべて強制捜査をしながらも政治家本人は起訴されませんでした。だからでしょう「特捜部は事件をやらない」なんてことも言われていました。
新しい手法を活かして「検察再生」のシンボルになりそうな事件、それが「カルロス・ゴーン事件」だったのです。日産は検察に協力。逮捕のターゲットであるゴーンとケリーを「会議」を名目に日本に呼びよせます。
「ゴーン逮捕」を最初に特ダネとして報じたのは朝日新聞。他のマスコミも大騒ぎをしながら追随します。しかし同時に「人質司法」に対する国際的な批判や、「役員報酬隠しは単なる形式犯」という批判も渦巻きます。東京地裁は勾留延長を却下。検察は「特別背任罪で3度目の逮捕」という荒技で勾留を延長させます。ただ、日産内部では、「これでやっと日産が“被害者”になった」という安堵感も流れました。役員報酬隠しだけだったら、日産も“共犯”ですから。次の保釈請求は「逃亡の恐れあり」と地裁が却下。弁護士の交代という“ドラマ”が差し挟まれ、逃亡しにくいようにいろいろ条件を整えての保釈請求はこんどは認められます。そういえばあのときの「変装による釈放」もまた一つの“ドラマ”でしたね。
この頃から海外マスコミの論調が変化し始めます。絶対的な味方だったはずのルノーは「ルノーの資金をゴーンが私的に流用」と発表。他にも様々な「私的流用」が報じられます。そして、4度目の逮捕。今度の容疑は、巨額の資金を中東の日産子会社からワンクッション置いて自分の口座に入れていたことです。このへんの話では「100万ドル」や「1000万ドル」が「単位」として使われていて、読んでいるこちらは頭がくらくらしてきます。そしてついに、まるでスパイ映画のような国外脱出劇。
日産はもともと「権力者」に支配されやすい会社なのだそうです。その実例が30年以上前に遡って描かれていますが、いやいや、これはまるで全体主義国家だわ。日産OBは「危機になると英雄が現れて会社を救うが、やがて独裁者となり、最後は排除される」と過去を振り返って言っています。ということは「歴史は繰り返す」のかな?