福島県警捜査2課の警部(当時51)と警視(同52)が相次いで自殺した、衝撃的な事件から1年余りが過ぎた。県警は、警部が自殺した原因の一つを、警察庁から出向してきていた前捜査2課長(46)のパワハラとしていた。「捜査ができず、つらかったのでは」。そう話す警部の妻(52)ら関係者に改めて会い、思いを聞いた。
警部の妻によると、警部は会津若松市出身。県外の大学を卒業し、1985年4月、県警に入った。父親ががんを患ったため「地元へ戻って親をみてあげたい」という理由だった。
94年に須賀川署から県警本部捜査2課へ異動した時、警部が意気揚々と「頑張るぞ」と張り切っていたのを妻は覚えている。その後、警視庁捜査2課出向や福島北署での勤務を挟み、2010年に捜査2課の課長補佐(広域知能・金融犯罪特捜担当)になった。
04年には、オレオレ詐欺(なりすまし詐欺)事件関連の容疑者を県内で初めて逮捕するなど、刑事として23年間、多くの実績を残した。長男(15)には「オレオレ詐欺を福島で一番最初に捕まえたのはパパなんだぞ」と自慢していた。
東日本大震災では、南相馬市内の体育館で防護
文書作成を「地獄」と恐れて 警官パワハラ自殺から1年
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04年には、オレオレ詐欺(なりすまし詐欺)事件関連の容疑者を県内で初めて逮捕するなど、刑事として23年間、多くの実績を残した。長男(15)には「オレオレ詐欺を福島で一番最初に捕まえたのはパパなんだぞ」と自慢していた。
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