フィリピン国際結婚・菜の花の主婦日記goo版

南国フィリピン便りー結婚しフィリピン在23年。22才長女、20才息子、9才末娘のお母さんである私の毎日ー

貧しい地区と泥棒

2014年03月21日 03時45分35秒 | フィリピン社会



桃ちゃんが通っている体操教室、新しい場所に移ったんですが
そこからの帰り道、運転手さんが

「裏の方から帰る方法教えましょうか。」

と言うので、つい同意してしまいました。

私の住んでいる所はカティプナン通り沿いなんですが
マリキーナ市側から別のサブディヴィジョンを通って帰ることも出来るのです。

そのサブディヴィジョンには義姉が住んでいるんですが
彼女の家は川の側で、
最近、近所の家々が泥棒に入られてると話してました。

タガログ語で泥棒は「アッキャット・バハイ」と言いますが、
アッキャットは「登る」という意味で
バハイは「家」

この複合語が「泥棒」という名詞になります。

で、その裏から行く道、果てしなく遠かったけど・・・





マリキーナ川を渡らなきゃいけないのですが
橋にさしかかる所です。















あの遠くに丘みたいに見えるのがケソン市。
マリキーナ市は広大な盆地なんです。

私の家からちょっと歩くと
丘の端に出て来て、
マリキーナ市が見渡せます。

とは言っても、
家の場合、間にアテネオ大学キャンパスがあるので
泥棒の危険はそんなにはありません。
















泥棒の原因は川の水位でした。
橋の欄干で上手く写真に撮れませんでしたが
普通に歩いて渡れる水位とか。

特に義姉の家は川の直ぐ横にあって
金網があるとは言え、簡単にくぐれるみたいです。

マニラの問題は政府が住宅を整えてないこと。
日本には公営住宅などあるし、
私が子どもの頃、東京には都が作った長屋みたいな安く入れるアパートなどもありました。

こちらでスクウォッターと呼ばれる、
スクワット、つまりしゃがみこんだまま居着いてしまう
不法居住区は家賃があっても
それは仕切ってる人が違法に貰っていて
土地の権利は全然違う人のものだったりするわけですが
こういう地域が非常に多く、
この地域が大通りに面していたりすると
スリをしてそこに逃げ込むとか
泥棒の温床になっていたりします。

実際にそこに住んでいる人達も屋根や壁に穴を開けられて
知らないうちに盗まれてたとか、
住んでいる人も盗まれているのです。

住宅と教育の課題は一番に取り組んで欲しい問題です。




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<どうでもいい菜の花家の食卓>



ただ塩こしょうをして小麦粉をつけただけのシンプルなフライドチキンなんですが
電気の揚げ器を使うと
たった12分で外はパリっと、中はジューシーに仕上がります。













サンティスで小さいけど蕪を見つけました~。
蕪、大好きなのです。

ついでに左にある緑の野菜、蕪に似てるけど
名前はコールラビって野菜も購入。

初めて見る野菜って買いたくなりますよね。












コールラビは味を見ると蕪みたいな味だったので
生のまま千切りにしてサラダに入れてみました。
もうちょっと大きく切って
食感を楽しみたかったかも。













小さい方の蕪は日本風の煮浸し風にしたのだけど
今、とってもパセリにはまっていて
パセリを大量に投入。













2時間も圧力をかけて作った牛タン料理。
うちではマッシュポテトと一緒に頂きますが、
これはフィリピン流です。

私はその日に冷蔵庫にある野菜の切れ端とか
月桂樹の葉、にんにく、玉ねぎ、セロリの茎、パセリの茎、こしょうの丸ごと粒、タイムやローズマリーなど
その日によって適当なスパイスを一緒に入れて圧力かけ、
あとで全部濾してスープだけ使っています。

昔、ソースの作り方は今はシアトルに住んでいる主人の友達の家でパーティーがあった時に教えてもらいました。
当時、まだ26才くらいだった私~。
考えたら25年近く前の話しです。