電脳くおりあ

Anyone can say anything about anything...by Tim Berners-Lee

コンピュータ教育と脳

2008-10-18 22:09:08 | 子ども・教育

 戸塚滝登著『子どもの脳と仮想世界──教室から見えるデジタルっ子の今』(岩波書店刊/2008.2.27)は、脳とデジタル化された教育との関係を鋭くえぐっていて、久々に私の脳を刺激した。この本は、偶然名古屋の駅ビルにある三省堂書店で買ったのだが、こんなに素早く読んだ本は、久しぶりだ。戸塚滝登は、1952年生まれだから、私より4才下の、丁度団塊の世代の終わりころに生まれたことになる。そして、1978年から2003年まで、富山県の公立小学校で教諭をしていた。日本のコンピュータ教育のパイオニアの一人と言われている。

 富山県というのは、コンピュータ教育が盛んだったところのような気がする。ソフトウエアの開発ということでは、かなり先端的だった戸塚は、やがて、仮想空間だけに囚われている子どもたちの脳に何が起こっているのか気になってくる。私の体験も、どちらかといえば戸塚によく似ていると思う。私も会社の中でPCを仕事に使うことではかなり速いほうだった。それが、今の自分を作っていると思う。しかも、自分の脳の中にも、このデジタル機器の影響はありそうだ。

 コンピュータやケータイは、決して子どもだけの問題ではない。それは、子どもの脳とともに大人の脳にも影響を与えている。ただ、子どもの脳の場合は、決定的な影響を与えてしまうことになる。戸塚の言っていることはそんなに難しいことではない。一つは、脳は身体と共に育つのだということと、二つには脳が正常に育つためにはそれらの持っている臨界期を守らなければならないということ。そして、三つ目としては、仮想世界にのめり込んでいった脳は全く新しい人間を作り出してしまうこともあり得るということだ。

(1)子どもにバーチャルを一つ与えれば、それと引き替えにリアルな能力が一つ奪い去られる。……『トレードオフの法則』
(2)6歳の子どもの一日は、五十歳の大人の千パーセント分の価値があると考えよ。……『千パーセントの法則』
(3)幼い時代は直接体験と本物体験を最優先した子育てを。できるだけ本物を見せ、できるだけ現場へと連れて行き、五感と身体感覚を使わせて。……『桶の中の脳っ子の法則』
(4)仮想世界では何でも起こりうる。そしてそれはやがて現実世界にもしみ出てくる。仮想世界ではモラルは居場所を持ちません。仮想世界には門番などいないことを忘れずに。……『仮想世界の影の法則』
                 (同上・p258・259より)

 戸塚は、以上のような法則が成り立つと言っているが、20数年小学校でコンピュータ教育をしてきた身としては、つらい法則であるに違いない。こうした法則は、戸塚らがやってきたコンピュータ教育の大きな問題点であり、これらをしっかり踏まえなくて安易にコンピュータ教育をすることができないの恐ろしさでもある。戸塚は今、そのための反省を強いられている。それがこの本だと言うことになる。コンピュータ教育に携わるものはこうした問題を一度はじっくり考えて見る必要がありそうだ。

 ところで、この本を読んでいて、「算数能力と言語能力は分離している」という指摘は興味深かった。現在、小学校教育の中で「言語力の育成」ということが、強調されているが、この点は注意しておく必要がある。戸塚によれば、言語能力の発達ということは、必ずしも数学的能力の発達とイコールにはならないという。あえていえば、まったく別のことだという。思春期を過ぎたときに数学ができる子どもとそうでない子どもの差が出てくるのは、そのためだ。そして、掛け算の九九は、算数能力の問題ではなく、言語能力の問題だという。つまり、かけ算の九九が得意の子どもが必ずしも数学的能力の秀でているとはいえないということだ。

 また、数学と脳ということでは、次のウォレン・マカロックの言葉を引用していたが、これも含蓄のある言葉だと思った。

人はなぜ数が理解できるのだろう。そして人が理解できるこの数とは何なのだろう?(What is a man so made that he can understand number and what is number so made that a man can understand it?)

 これと同じ問いを、養老孟司も確かどこかでしていたように思う。養老孟司は、確か、数とは自然が持つ性質であり、人間の脳は当然自然であり、その自然がその自分の性質を理解するために作り出したモノであるからこそ、数を理解できるのだし、脳は数が理解できるような仕組みになっているはずであるというようなことを言っていた。

 いずれにしても、子ども時代とは、私たちが通過しなければならない「脳の経験」の世界であり、そして、そのいろいろな「脳の経験」こそが、いい意味でも悪い意味でも私たちの脳を育てて来たことだけは確かだ。

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1 コメント

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拙著をお読みくださってありがとうございました。 (戸塚滝登)
2008-11-13 22:04:47
拙著をお読みくださってありがとうございました。
読者の方々からたくさんの批評やお手紙、メールなどを頂いたのですが、偶然見つけたこのブログの記事が、一番深く重い内容で感服いたしました。素晴らしい批評を心から感謝いたしております。

本書と関連して、12月10日頃発売の小学館の教育雑誌『edu』の1月号に、脳と子育てについて、20ページほどの特集記事を執筆いたしました。よろしかったらご覧ください。本書で述べきれなかった論考を展開しております。ありがとうございました。

2008年11月13日  戸塚滝登(東京学芸大学)
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