長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ELLE』

2017-09-17 | 映画レビュー(え)

イゼベル・ユペールの辞書に“怖れ”という言葉がなければ、ポール・バーホーベンの辞書に“老成”という言葉もない。
2人が組んだ『ELLE』は見る者の先入観を打ち砕く、異能の1本だ。

冒頭、いきなりイザベル・ユペール扮するミシェルがレイプされる場面から映画は始まる。
ユペール、1953年の生まれの64歳。この後も劇中、再三再四殴られ、犯される。ところが事が終り、犯人が去ると彼女は何でもない事のように部屋を片付け、服を着替えて寿司の出前を注文する。今日は息子がディナーを食べにくる日だ。

ミシェルは何事もなかったように会社へ出勤する。彼女は人気エロゲー製作会社の社長なのだ。オタクなプログラマー達に檄を飛ばす。「そんなんじゃエクスタシーを表現できないわ」
病院へ行き、性感染症の検査を受ける。その合間にも頭によぎるのは昨日の事だ。落ちていた灰皿でレイプ犯の顔をしたたかに殴りつけてやれば良かった。ぐちゃぐちゃになるまで。

元夫、友人のアンヌ、その旦那(実はミシェルの不倫相手だ)とディナーへ行く。彼女はあっけらかんと話す「あたし、昨日レイプされたから」

信じがたい事にバーホーベンはこの映画をブラックコメディとして演出している。このレビューを読む限りでは全く想像がつかないと思うが、吹き出してしまうような場面が何度も出てくる。彼の意図を汲んだユペールはあらゆる間合いを決める完ぺきな演技で観客の度肝を抜き、魅了し、思いもよらない笑いを呼ぶ。その膨大なフィルモグラフィにおいて数々の難物監督を攻略してきた彼女だ。バーホーベンはむしろ気のおけない共犯者に過ぎないのだろう。

彼女は「あたし、嘘つくのやめたから」と言い放つ。
建前とか、気遣いとか、遠慮がなんだ。あたしは10歳で親父の大量殺人の片棒を担がされたんだ。レイプこそされなくても、唾を吐きかけられ、殴られ、侮蔑されて生きてきた。
でも、そんな事をするのは決まって関係のない奴らだ。他人の不倫スキャンダルや出自をネタに火を放ち、炎上するのを楽しむような奴らだ。

あのレイプ犯もそうだ。
映画の途中で明らかになるレイプ犯はまるで彼女を罰するかのように犯す。彼女が身を投げ出せば起たなくなるようなゲス野郎だ。社会的な地位を隠れ蓑にする奴の化けの皮をミシェルは一枚一枚はがし、ついには正義の鉄槌を下すのである。

 世の中、ゲスな野郎が増え過ぎた。“彼女”にぶん殴られるべきゲスがどうにも多すぎるのである。バーホーベンは黙っちゃいない。


『ELLE』16・仏
監督 ポール・バーホーベン
出演 イザベル・ユペール
 

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